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第3話

 王都の街並みが視界に飛び込んで来た瞬間、エステラは手綱を思い切り引きスチームホースを急停止させた。馬の蹄を模した金属製の四肢が路面を深く掻き、鋭い金属音と共に全身から白い蒸気を激しく噴き出して止まった。


 「これ、どういうこと……」


 目の前に広がる光景はエステラの知る王都ではなかった。警報のけたたましい音に加えて、人々の悲鳴と怒号、金属がぶつかるような異音、そして建物の崩れる轟音が入り混じり、街は激しい騒乱に包まれている。

 そして逃げまどう人々が恐怖の眼差しで見つめるのは――


「あれは……オートマタ?」


 街を襲っているのは大量のオートマタだった。

 一般的にオートマタは登録された命令通りに動くだけの機械だ。ルベルシュ子爵家ではオートマタの使用者の安全を守るため、命令が認識できないときにはその動きを止める機能を搭載している。

 しかし今、街を襲うオートマタは明らかに異常を起こしているにも関わらず動き続けている。中には手足をめちゃくちゃに振り回して暴れまわるものや、目的もなく走り回り、人々や建物に衝突していくものもいた。


「意図的に狙っているわけじゃない……制御がきいていないんだわ」


 スチームホースを降り、倒れ込んだオートマタにおそるおそる近づいたエステラは、見覚えのあるフォルムに思わず息を呑んだ。


「……スルー式オートマタ」

 

 それは昨夜、王城でメディアナに紹介された新型のオートマタだった。

 動きを止めたオートマタからはしゅうしゅうと蒸気が漏れ、目の中には内部から漏れ出した黒い油が溜まっていた。


「分解してみないことには原因はわからないけれど……いったいどうしてこんな――」

 

 石畳には倒れたオートマタから漏れた機械油と水の混じり合った黒い液体が流れ、逃げ惑う人々が足を滑らせ転倒していく。王都の象徴であるはずの整然とした街並みは、一瞬にして地獄絵図と化していた。


 その時――


「――いやっ! 誰か助けてっ!」


 背後から聞こえてきたひときわ甲高い悲鳴に、エステラは弾かれたように振り返った。

 少し離れた建物の壁際に、荷運び用の大型オートマタが若い女性を追い詰めているのが見えた。大人二人分ほどの高さのその巨体はパチパチと火花を散らしながらめちゃくちゃに腕を振り回し、追い詰められた女性に容赦なく迫っている。


 考えるより早く、エステラの体が動いていた。

 スチームホースに飛び乗り、勢いよく手綱を引くと金属製の四肢が再び唸りを上げた。


「――伏せなさいっ!」


 エステラの叫びに、女性は反射的に「っ!?」と息を呑み、身を伏せた。

 スチームホースは蒸気を激しく噴き出しながら、石畳を削る轟音と共に瞬く間に加速し、獲物を狙う獣のようにオートマタへ向かっていった。


「……っ!」


 目の前にオートマタの巨体が迫り、エステラが固く目を閉じた次の瞬間、激しい衝突音が響き渡った。

 エステラのこだわりでひときわ頑強に組み上げた肩部分が、オートマタの胴体へと叩きつけられる。オートマタはその巨体にもかかわらず軽々と吹き飛び、地面を数度跳ねて行く。そしてゴロゴロと転がった後、身体中から蒸気を吐いて動きを止めた。


 手綱をきつく握り、衝撃に身を縮めていたエステラはゆっくりと目を開けた。ふう、と深くため息をつき女性を見ると、女性は震えながら呆然とエステラを見上げていた。


「怪我はありませんか?」


 女性は青ざめた顔をしながらも、小さく頷いた。

 

「だ、大丈夫です……ありがとうございました」

「それより、いったい何が起こっているの?」


 しかしエステラの問いかけに女性は首を振った。

 

「わかりません……オートマタたちが城からぞろぞろ出て来たと思ったら、急に暴れ出して」

「城から?」


 その言葉にエステラが眉をひそめた時だった。

 

「大丈夫ですか!」


 鳴り響く警報を切り裂くように、力強い声が響いた。見れば数人の騎士がこちらに向かって来るところだった。人々の避難誘導をしていた彼らは、どうやら先ほどの衝突音を聞きつけたようだ。


「騎士様!」


 騎士たちの姿を認めた女性は安堵の声を上げ、縋るように彼らの方へ駆け寄って行った。女性の無事を確認した騎士の一人がスチームホースに乗るエステラと、転がるオートマタを見比べると、状況を理解したように近づいてきた。


「ご協力感謝いたします。しかしまだ街中は危険です。あなた様もどうぞお逃げ下さい」

「ありがとうございます。でも――」


 エステラが返事をしようとしたその瞬間、 城の方角からドォン……と重く鈍い爆発音が響いた。空には新たな黒煙が立ち上り、その光景に誰もが呆然と立ち尽くすことしかできなかった。ようやく我に返った騎士たちが、焦燥に駆られたように小声で囁き合う声が聞こえてくる。


「城は誰が……」

「副長ですが……まさか……」


 彼らが副長と呼ぶ人物。それは今、エステラが心の底から探し求めていた人物に他ならなかった――


「グレン様……!」


 もう迷いはない。エステラは再び手綱を引いた。


 ◇


 王城の中心、シャンデリアの光が煌めき、真鍮とガラス細工が美しく輝いていた広間には、グレンの荒い息が響いていた。

 緊急招集に駆けつけたグレンたちが見たものは、見慣れたオートマタたちの狂気に満ちた姿だった。給仕や警備のために配備されているはずのオートマタが、蒸気を噴き上げながら無秩序に暴れていたのだ。


 そして今、この広間にいた最後のオートマタがグレンの目の前に倒れ伏した。


「これで最後か……」

 

 絨毯に漏れ出す黒い機械油を眺めながら、肩で息をするグレンは剣を鞘に納めた。愛用の剣は何度もオートマタの金属の躯体に叩きつけたせいで、すでにいくつも刃こぼれができている。もう使い物にならないだろう。

 同時にグレンは周囲を見渡し、この場で動いているものが自分だけだと確認する。先ほどの原因不明の爆発を受け、全員に退避命令を出したのだ。怪我人が倒れていないか確認しながら、床に転がるオートマタの残骸にグレンは重い息を吐いた。


(エステラが見たら悲しみそうだな)


 きっとエステラは残された残骸を大切に手に取り、暴走の原因を探ろうとするはずだ。いや、あの丁寧な日々の調整でそもそも暴走すら未然に防げたかもしれない。 


「くっ……!」


 その時、不意に動かした左腕が軋んだ。腕とのつなぎ目に鋭い痛みが走り、思わずうめき声が漏れる。

 数日前からうっすらと感じていた義腕の不調は、今日の異常なほどの戦闘で顕在化した。関節部分からは蒸気が漏れ出し、動きが鈍くなるのを感じる。


「やっぱりあの時の……」

 

 グレンの脳裏にスルー伯爵家のでの出来事がよぎった。

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