九十八話 枯れることのない涙
「狐調先輩! 狐調先輩! 大丈夫ですか?」
洋平は何度も声をかける。
「……うっ……。ここは……? 戻ってこられたのでしょうか……?」
「めっちゃ心配しましたよ! 親父に聞いたんすけど、狐調先輩の吸収が成功したみたいです! 意識が朦朧としたり、乗っ取られる感覚とかないですか?」
「大丈夫です。それに、父上と和解した上で吸収できましたので」
「そうですか! 狐調先輩の願いが少しでも叶ったなら、本当に良かったです!」
「ええ。あなたのおかげです。改めて感謝申し上げます」
狐調は深々と頭を下げる。
「いやいやいや、頭上げてください。俺もあのままご当主さんが死ぬのは、後味悪かったですから。俺のためでもあるっていうか……」
「ふふ。あなたはやはりお優しいですね」
そう言いながら、狐調は右手から《影魔法》を揺らめかせる。
「えェ……! 狐調先輩、影魔法使えるようになったんすか⁉ それともやっぱ乗っ取られて」
「これは違います。父上が……いえ、両親が遺してくれた力です……」
狐調は影の揺らめきを見ながら、静かに涙を流す。とめどなく溢れる輝きは地面に広がっていく。
「……そりゃ悲しいですよね……」
洋平がどうすればよいかと思案していると、恭介が軽くぶつかってくる。
そして小声で話す。
「洋平。女の子が泣いてるんだぜ? こう、抱きしめてあげるとかないのか?」
「あのな、親父。それ下手したらセクハラだぞ? 俺ァ狐調先輩とそんな関係じゃねェし」
「……ヘタレ」
「ア⁉ んだとコラ。親父だからって何言っても良いって訳じゃねェぞ……?」
「そんな洋平くんにコレやるよ」
恭介の手にはハンカチが握られていた。
「……コレならセクハラにはならねェな……」
「だろ? 泣いてる女の子にそっとハンカチを渡してあげる。こりゃ、俺だったら惚れちまうね」
「アホ親父。傷心中の女の子にそんな理由で近づくモンじゃねェよ。でもありがとな。俺じゃどうしていいか分からなかったから」
「どういたしまして。洋平の恋を応援したくてついな。まあ、どのみちあのまま放っておくのは男が廃るってもんだろ?」
「恋とかそんなんじゃねェよ。ったく何回言えば分かるんだ……。でも親父の言うことも一理あるわ。行ってくる」
洋平はそっと狐調にハンカチを手渡す。
「……ありがとう……ございます……」
狐調は消え入るような声で呟き、ハンカチで涙を拭う。
拭っても、拭っても涙は枯れることはない。
「…………俺は行きます。落ち着いたら、また話しましょう」
洋平は外に向かう。その時、袖を掴まれる。
「少しだけ……一緒にいてくれませんか? 少しで良いので……」
「良いですよ。どのみち俺も動くのしんどいんで、好きなだけここに居ましょう……」
狐調の隣に座る。
恭介の方へ目線を移すと、親指を立ててニコニコとしている。
バカヤロ。俺ァ下心で優しくしてるんじゃねェよ。
……強いて言えば、二割くらいだ、バカヤロ……。