九十六話 親子の本音
「親父! どうだった?」
「バッチグーよ! 何回か焼き殺されるかと思ったけどな。ハッハッハ!」
「順調で良かったよ。じゃあ、狐調先輩、この調子良いおっさんの手助けで、狐全の所まで行ってください」
「和泉洋平さん、和泉恭介さん……ありがとうございます。この御礼はいずれ……」
狐調は恭介のファントムピープルと共に業火の中へと入っていく。
◇◇◇
「父上……聞こえますか? 父上!」
「ごがぁぁぁああああああ!」
狐全は朱音の炎帝魔法で焼かれ続け、会話もままならない様子だ。
「狐調ちゃん。ちょいとおじちゃんが話しやすくするわ。まあ、あんまり時間は持たねェと思うから長話は勘弁ね。《幻影魔法――幻影消、痛覚、熱感》」
恭介のファントムイレースは、狐全の痛覚と熱感を元から存在しなかった幻のように消した。
狐全の叫びが急に止まる。
「父上……」
呼びかけるも返答はない。
「恭介さん、父上に触れても良いですか?」
「今の状態じゃ話すことも難しいだろうからな……。触れれば、呪いとして話し合えるのか?」
「ええ……。その通りです」
「分かった。ただ、狐調ちゃんと狐全に妙な動きがあればそん時は……」
「承知しております。その際は遠慮なくわたくし共々焼き尽くしてください」
「……あァ。気張れよ狐調ちゃん……」
「はい。ありがとうございます。それでは……」
狐調はそっと狐全に手で触れる。
怨嗟の渦の奥にある狐全を目指して、狐調の意識は進み続ける……。
◇◇◇
(父上……聞こえますか? わたくしです。狐調です)
(こ……狐調……か……? お主何故……。動けないはず。いやそれより、ここは危険……。お主は安全な場所で……)
(父上、わたくしはあなたを終わらせにきました……。完全に呪いの化身となったあなたを……)
(狐調! お主何を言っておる! 私は……! いや、この感覚……。私の肉体はとうに……)
(ええ……。父上の肉体、いえ存在そのものが呪いとなっています。呪いの奥の奥にある人間だった頃の意識体に何とか接続できて良かったです。意識体が残っているかは、正直賭けでしたから……)
(そうか……。私はもう既に……。して狐調、お主がここに理由は、今までお主の話を聞かなかった私へ最後の復讐にきたのか? それとも介錯でも務めてくれるという訳か……?)
(……どちらも……でしょうか。付け加えるなら、宮宇治家当主の娘としての責務です)
(責務……か。実にお主らしい答えじゃな。……狐調……私は道を間違えたのか……? 私は宮宇治家を守りたかった。それが責務であり、生きる目的だった。だが、最後に見た宮宇治家の者の顔は皆悲しみに満ちていた。今更、私の行動を後悔はしていない。それでも、皆にあのような顔をさせたのも事実。未来を考えての行動だったつもりだが、独り善がりだったのやもしれぬ……)
(……父上とは一度本音で話したかった……。あなたの考えていた陰陽師の栄華を取り戻すということに反対ではありませんでした。ただ何よりもずっと言いたかったことがあるのです。もっと皆を……いえ、わたくしを頼ってほしかった……。あなたはいつも、わたくしを子ども扱いしていました。勉強、修行を続けて、どれだけ強くなっても、です)
狐調は一度息を整える。
(わたくしはいつまでも幼子ではないのです。毎日自分で考え、いずれ宮宇治家の当主になっても皆に迷惑をかけないように努めてきました。何故頼ってくださらなかったのですか⁉)
(それは……。……お主の、狐調のことを想って……。……いや、違う。本当は怖かったのだ。調のように、私の前から急にいなくなることが……。私は調のことを愛していた。調が笑顔で居てくれれば、それだけで満足だった……。宮宇治家のことなどどうでもよいくらいにな。だが、無慈悲にも調は死んだ……)
(それは、わたくしを産んだ時に……。やはり、父上はわたくしのことを恨んでおられるのですね……)
(違う……! それは違うぞ、狐調! 私は、私は……。お主のことも調と同じくらい、いや、調の分も足すと二倍お主のことを愛している! ……すまぬ、妙なことを言っておるな……)
(……驚きました。父上がそのように声を上げるところを見るのが初めてだったので。……本来であれば、当主の娘として聞くことではないのは分かっています。それでも、聞かせてほしい。あなたはわたくしを恨んではいなかったのですか? 愛してくれていたのですか?)
(当たり前だ……! 私が愛した妻の……私のたった一人の娘なのだから……。私は呪いとして生を受けたお主のことが心配でたまらなかった。陰陽師という呪いに精通している者でもお主のことを怖れる者は多かった。何度も理不尽な目に遭っただろう……? 石を投げられ額から血を流して帰ってきたこと、軽蔑の目で見られてきたことも知っておる。私はそんな陰陽師の世界を変えたかった。狐調が安心して生きられる場所がほしかった。望みはそれだけだった……)