九十四話 狐全VS二人の天啓者
「深山ちゃん達も避難できたし、倒すか! 朱音ちゃん!」
「ええ。油断しないでくださいね、和泉さん」
「もちのろんよ!」
「ふざけた奴じゃ。すぐにあの世に送ってやる……!」
狐全は鋭利な影を自分の周囲で回転させて、ファントムミストを吹き飛ばす。
「おうおうおう。すげェ威力だな。ま、どこからが幻影かよく見極めるんだな……。《幻影魔法――幻影人》」
恭介と朱音の幻影が十数体出現する。
「減らず口ばかりじゃな。切り刻んでやる……」
狐全は恭介と朱音を同時に複数の鋭利な影で狙う。
しかし、攻撃は当たらない。
仮に当たったとしても幻影でできた偽物だ。
「小癪な……! よくできた作り物じゃのう……!」
「その作り物に騙されてるんじゃ、世話ねェよ! 《幻影魔法――幻影斬刃》」
恭介は幻影で作った刃――ファントムブレードを放つ。ファントムピープルもそれぞれが放っている。
ファントムブレードはおぼろげに見え、景色に溶け込みながら飛んでいく。
「くっ、威力まで同じか……。幻影が高精度で、マナ感知で本体を探すのも難しいか……」
狐全は小さく呟く。
「私がいることも忘れないで……! 《炎帝魔法――焔の魔球》……!」
朱音は狐全の側面に回り込んでいた。
そして、射出した巨大な魔球が狐全に接近する。
「警戒はしておったぞ……」
狐全は影の壁を創出し行く手を阻む。
しかし、魔球は影の壁を、弧を描くように躱す。
「巨大な魔球を精密に操作するのだな……」
狐全は無数の鋭利な影をもって引き裂こうとする。
「あまり、私の魔法を舐めないで……」
狐全の放つ鋭利な影は魔球に触れた瞬間に、ぐじゅっという軟体生物が潰れたような音を立て、消え失せる。
そのまま、煌めく球体は狐全へと衝突する。
「がぁぁああああああ!」
狐全の悲痛な叫びが響く。
狐全の身体は、二分の一が消し飛んでいた。
だが、影が消し飛んだ空間を埋め、すぐに元の大きさに身体を再生する。
ただし、輪郭があやふやに揺らめき続けている。
「ぐぬぅ……。お主ら只者ではないな……」
「目ん玉野郎。お前ェも只者じゃねェよ。人間であることを捨てちまってっからな……」
「今すぐ投降することをお勧めします。私達相手に君が勝てる確率は低い」
「まあ、深山ちゃんや、せがれ達が命懸けで時間稼ぎしてくれたおかげってのも大きいけどな。消耗してるマナはもちろん、人間としての意識を保ててるのがデカイ。信念も守るべきものも何もかも捨てて、完全な邪道に堕ちたら、呪いは暴走する……。そんなことは望まないだろ? 狐全さんよォ」
「……私は……宮宇治家は勝たねばならぬ。目的のためならば手段は選んでられん」
「このまま呪いの浸食を進めれば、お前ェの目的の陰陽師の栄華を取り戻すのは難しいと思うぜ? 完全に邪道に堕ちた肉体、心、魂は二度と元に戻らねェからな……。人間としての……宮宇治狐全としての意識もなくなるぞ……?」
「今すぐ対処すれば、完全に人間に戻れなくても、人間としての意識を残すことは可能かもしれない。私達は人間の一次元上の存在と関わりがある。『人間としての誇り』を持ち、生き続けたいならば協力します」
「人間としての誇り……か……。私の誇りは……」
狐全はゆっくりと狐調の方を見る。
「…………私は、私の思う宮宇治家を、狐調を守れる場所を創ろうとしていた。それが、誇りであり、生きる目的だ。私の妻、調が残してくれた希望。狐調は私と調の分身だ。調といまわの際で約束したのだ。私が狐調を守ると……! ……たとえ、人間としての意識を失うことになろうとも……!」
「馬鹿ッ! よせッ!」
恭介の言葉よりも早く、狐全は呪いに完全に身を委ねたのだろう。狐全を中心に影が円形に拡張していく……。
「朱音ちゃん! もう奴はダメだ! 天啓者として危険因子を排除する……」
「くっ……。消し去るしかない……!」