九十話 影との死闘
狐全がゆっくりと洋平達の方へ歩を進める。
「狐全、お前ェ!」
洋平は声を荒げる。
「小僧、うるさいぞ。何をお主が怒ることがある?」
「お前ェには人としての良心がねぇのか? それとも、呪いに乗っ取られて狂っちまったのか?」
「そんな訳がなかろう。全く、どいつもこいつも似たようなことを……。最終的に『陰陽師の栄華を取り戻す』という目的が達成できるかが重要なのだ。それ以外は些末なことよ。まあ、餓鬼に言っても分からぬのだろうな」
「……仲間を傷つけてまで手に入れる栄華ってのがどんなもんかは知らねェし、知りたくもねェ。反吐出るぜ」
「力無き者には何も変えられぬ。見たところ、狐調の呪詛魔法にも見放されたようだな。呪詛の存在を感知できぬ。それに、お主らはとうにマナが限界だろう。ここで死ぬがよい。安心せい。死んだ後の身体は私が有効活用してやろう」
狐全は自身の周囲に無数の鋭利な影を創出する。
「呪詛魔法はなくなったけど、浸食されてた分のエネルギーがマナとして還ってきてる。そう簡単に勝てると思わねェこったな」
洋平の言ったことは事実だ。人魂呪詛に浸食されていた部位には〝洋平の自由に扱えないマナ〟があった。
それが呪詛魔法から解放されたことで、使用可能となっている。とはいっても、量は多くない。
「志之崎さん、王誠先輩、空乃。俺の影魔法で刀を強化します。いきますよ? 《影魔法――纏影》」
三人の日本刀の表面を強固でしなやかな影が覆う。
「これなら、目ん玉影坊主の攻撃にも対抗できそうだね!」
空乃が影を纏った刀を眺め呟く。
「よし! みんないくぞ! 無理だけはしないでくれ」
「それはヨウ君もだよ! 死んだら、一生許さないよ!」
晴夏は真面目な口調だ。
「おう! 死にたくはないからな。目ん玉影坊主をいなす。人数差を活かすぞ!」
洋平達は固まって行動する。
戦闘目標は時間を稼ぎ、ユウカの言っていた増援を待つ事だ。
狐全は洋平達を包囲するように鋭利な影を移動させる。
「全方位囲まれたら厄介だ。常に全員で移動しながら、影を防いで時間を作るぞ」
志之崎が戦術を提案する。
――全員が同意する。
基本の戦闘スタイルは、前衛で志之崎、王誠、空乃が刀にて進路を斬り開く。
後衛で洋平、晴夏が《影魔法――棘影》、《超能力――念打撃、念斬撃》で討ち漏らした攻撃や、後方からの攻撃に対応するというものだ。
「ふん。思っていたよりも連携が取れているな。だが、いつまで持つ……?」
「志之崎師匠、あなたと共に戦えること誇りに思います。未熟だった俺を導いてくださり、ありがとうございました」
王誠は刀を振るいながら話す。
「俺はお前の師だ。当然のことをしたまで。何故、そのようなことを今言う?」
「……誰が死んでもおかしくない状況だからです。あなたへの感謝は、俺の口から必ず伝えたかったから……」
「謝罪と感謝は今日何度も聞いた。もう十分だ。今は目の前の敵に集中しろ。……だが、王誠。お前の気持ちは伝わった」
「すみません。そうですね。……ありがとうございます」
王誠は強く刀を握る。
「志之崎流剣術《青嵐》……!」
志之崎と王誠の同時に放つ青嵐は、漆黒の幕を斬り裂き、影を祓う。
「今の戦闘状態を継続できれば、何とか時間は稼げそうだな」
「そうだね。ヨウ君。早く増援が来てほしいところではあるけどね」
晴夏は《念打撃》で影を弾きながら答える。
ふと洋平の目に、ある人物が映った。
「狐全の前に、見覚えのある筋肉ヒゲがいやがる……」
「狐全様……ですよね? ワシも加勢しますぞ。まだ、何とか戦うことはできます」
「高上……。お主はやはり宮宇治家の者だな。奴らの進路を塞げ」
「御意」
高上は一気に加速し、洋平達の進路に立ち塞がる。
「おいおいおい……。このタイミングでかよ……。流石にヤベェ」
「高上……! 動けたの? かなりの怪我だったと思うけど?」
空乃は驚きを言葉にする。
「強き戦士よ。すまぬが、ワシは宮宇治家の人間。宮宇治家として負ける訳にはいかぬのじゃ」
高上は、右手のみで剣を握り突進してくる。
更に、高上の動きに合わせて狐全の影が追撃を狙ってくる。
「くっ……。流石に高上と影どちらも対応するのはきついね……」
空乃が高上の相手をしている間も影の攻撃は止まらない。いや、むしろ激しくなる。
志之崎と王誠も攻撃速度を上げるが、だんだんと対応が追い付かなくなっていく……。
「クッソ……。ヤベェな……。晴夏! 後方の防御は俺がなんとかする! 高上に念力で攻撃打ち込んでくれ!」
洋平は吼える。
「この猛攻一人で防げる? って迷ってる暇はないか。最速で済ませる……!」
晴夏は高上の顔面に向けて、手をかざす。
「まだ、打ち込めない……。確実に当てれるタイミングを狙う……!」
「申し訳ないけど、弱点狙うよ……!」
空乃は二振の日本刀での連撃の後、空中で身体を捻じり強烈な廻し蹴りを〝高上の左腕〟に打ち込む。
高上は咄嗟に反応し、何とか防ぐ。
しかし、ヒビの入った左手の骨の痛みは、想像を絶するものだったのだろう。
歴戦の戦士である高上も思わず苦悶する。
「今だ……」
晴夏は高上にできた一瞬の隙を衝き、顔面に《念打撃》を放つ。
「ごはッ……」
高上は意識外からの攻撃に、頭からのけぞりそのまま地面に倒れる。
「前方は何とか大丈夫そうだな……。後方は俺が死守する……!」
洋平は残りのマナをほとんど使い、《棘影》にて狐全の攻撃を防ぎ続ける。
「まずは小僧。お主からじゃ」
狐全は歪んだ笑みを浮かべる。
洋平の周囲に影人型が三体現れる。
「この技で隙狙うの好きだな。単調ジジイ……!」
ここで諦められっか!
「《影魔法――纏影》。俺ァ鞭も使えんだよ……!」
影を纏い強化された鞭で、影人型の攻撃を防ぐ。
といっても、物量の差は明白であり、洋平の身体に傷が増えていく……。
「終わりじゃ、小僧」
狐全は冷徹に声を出す。




