八十八話 忠義
洋平、晴夏、空乃はそれぞれを助けてくれた、命の恩人と共に合流できていた。
「晴夏! 空乃! お前ェら無事だったか……! よかった。本当によかった……!」
洋平は思わず、晴夏と空乃に抱きつく。
「ちょ、ちょっとヨウ君! みんなが見てる前で恥ずかしいよ……」
晴夏は顔を赤くしつつも、満更でもない表情だ。
「ヨウ! 生きててよかったよ。でも、今は抱きついてる場合じゃないと思うよ? がっつり戦場だしココ」
空乃は嬉しさを隠しきれていない表情だが、冷静な声を出す。
「あ、あァ……。すまん。マジで命賭けたから、お前ェらにまた会えて嬉しくてさ。あと、志之崎さん、小鳥遊さん、王誠先輩、騎召……さん、助けてくれてありがとうございました」
「和泉、オレを呼ぶ時は騎召でいいぜ。それより、聞きてぇんだが、あそこにいる人魂模様の丸い影の塊は狐調様か? それとも狐全様……?」
「狐全だよ……。俺が戦って何とか追い込めた。でも、そん時にどす黒い術符を狐全が飲み込んだ。そしたら、あんな化物みてェになっちまった……」
「……そうか。まあ、そうだよな。やっぱあの魔法は狐全様だよな……。オレはそこまでマナ感知の能力はねぇんだけど、それでもこの屋敷にいれば嫌でも気づいた。最初は、狐調様の呪詛魔法の暴走かと思って来たんだけどな」
「騎召、お前ェは狐調先輩の魔法だと思ったのか……。狐調先輩が言ってたことだけど、狐全の呪詛法術の研究成果みてェだ」
「分かった。つか、狐調様はどこにいるんだ? オマエと話してたんなら、近くにいるのか?」
「狐調先輩は……狐全の呪詛法術で無理やり動けなくされてる。狐全の奥で倒れ込んでるのが狐調先輩だ」
「は……? 嘘だろ? 攻め込んできてる敵がいる状況でか? そもそも今の状況は何なんだ……? あぁ~、まあいいわ。本人に直接聞く。あまり悠長に話してる時間もないだろうしな」
そう言い、騎召は狐全の方に歩いていく。
「狐全様! 和泉から大体の状況は聞きました。ただ、よく分からねぇことがあって。お話よろしいですか?」
「……お主には失望したぞ。あろうことか、敵を助けおって……。小僧から大体の状況を聞いたと言ったな? 敵の言葉を信じるのか? お主はどこに属していると思っている?」
「……敵を助けたのは、今の状況があまりにも不可解であり、情報収集のためにしたことです。そもそもあなたが狐全様だということも、さっき和泉から話を聞いて把握したところです。正直、今のあなたは見た目もマナも変化し過ぎてる」
「ふん。まあ、それはそうかもしれぬな。して、お主はどちらに属している? 返答次第ではお主も敵とみなすぞ……?」
「オレは宮宇治家の陰陽師ですよ。それは変わらねぇ。ただ、どうしても納得できねぇことがある。なんで狐調様を敵の前で、動けなくしてるんですか?」
「それは、狐調が私への反逆を企てたからだ。故に一時的に動けないようにしておる。私の後ろにいれば守ってやれるしな」
「反逆……。それって、前々から狐調様が言ってた、今の宮宇治家のマナ知覚の覚醒者探しも関係してますか?」
「……ああ、そうだ。私の命令に異を唱え、ついには、私自身に刃を向けおった。宮宇治家の栄華を取り戻すために必要なことだと何度も言っていたのだがな……」
「あなたは宮宇治家の当主だ。当主の決定は絶対ってのも理解してる。でも、今まで何度も説得しようとしてた、狐調様の想いはどうなるんですか?」
「狐調の想いを聞いた上での判断だ。そして、私の決定に従うのが、宮宇治家に属する者の役目だ」
「あなたの言う想いを聞くってのは、呪詛法術で動けなくして、洗脳するように何度も同じことを言い続けることなんですか? それは狐調様と向き合ったって言えるんですか?」
「……お主、私が間違っていると言いたいのか?」
「間違ってるとか間違ってないとかじゃねぇ! 娘の言葉を聞いてやってほしかった。そう思ってるだけです」
「それは、お主が両親から『男として生きる』よう言われたことからの同情か?」
「あの人達は関係ないですよ? オレが今まで狐調様と過ごす中で思ったことです。あの方はお優しい。狐全様に反抗することなんて滅多にないでしょう? そんな狐調様が何度も懇願したんだ。話をして、お互いが納得できるようにするべきだったと思っただけです」
「……はぁ……。お主ら小童は想いだとか娘だとか、納得できるかどうかなど些末なことを気にするのだな。大事なのは最終的に目的が達成できるかどうかだろう? 私が目的として掲げている『陰陽師の栄華を取り戻す』こと以上に重要なことなどない」
狐全は更に言葉を紡ぐ。
「陰陽師の栄華を取り戻すためにはまず、宮宇治家が力を持つことが必要だ。その邪魔をする者は誰であろうと容赦はしない。それだけだ」
「相手が娘であっても……ね。ある意味、誰をも公平に扱ってるってか。……オレはあくまで宮宇治家の陰陽師。ただ、狐調様が苦しんでる姿を見るのは気が引ける。狐調様が反逆しようとしたら、全力で止めます。それなら、呪詛法術を解いてくれますか? 要は、狐全様の邪魔をしなければよいのでしょう?」
「…………分かった。騎召、お主に狐調のことは任せる。ただし、狐調はまだ動けるぞ。私の創出する影の縄できつく縛り上げておけ」
「分かりました」
騎召は狐全から生み出された影の縄を受け取る。
「狐調様……苦しそうですね。すみません、このような状態なのに縄で縛るなど……」
「……騎召……。無事で……良かった……」
狐調は苦しげに、わずかに微笑む。
「そのようなお言葉を頂けて光栄です」
騎召は狐調を縄で縛る。
直後、騎召の右側頭部に狐全の影で作ったハンマーがめり込む。
倒れた騎召の頭からは血が溢れ、顔を濡らしていく。
「ぐっ…………。狐全……様……?」
「騎召……お主はもうマナがほとんど残っていないだろう? その状態では狐調は止められぬ。しばし、狐調と共に寝ておれ。死なぬ程度には加減しておる」
「騎召……? 騎召……! 騎召……!」
狐調はより一層苦しい表情で叫ぶ。
「狐調、お主は学ぶべきだ。勝ち抜くためには情を捨てる必要があることを。お主は宮宇治家の当主となる人間だ。時に情は足枷となる。そこで、宮宇治家のやり方を見ておれ……」
狐全はゆっくりと洋平達のもとへ向かう――。




