八話 火の玉女
第二グラウンドの大木に行くと、二つの人影が見える。
一人は眠っているように見える。おそらく、アイツが操っている犯人なのだろう。
そしてもう一人は見知った者だった。全身黒いローブを着ており、紅色の瞳。魔法覚醒時に襲ってきた女だ……。
「お前ェらがこの騒ぎ起こしてんのか? 火の玉女……」
洋平は威圧するように低い声を出す。
「君……あの時の……。火の玉女じゃない。私は成尾紅」
ぽつぽつと返答がある。
「そんな名前だったんだな。んなことより、この騒ぎ止めろ! 何が目的だ?」
「前と一緒……。魔法の覚醒者探し……」
抑揚のない返答だ。
「非人道的なやり方しやがって……!」
「止めたければ、止めてみて? 《火炎魔法――火炎球》……」
成尾は火の玉を複数作り一気に放ってくる。
「《体質同調魔法――火炎魔法》……!」
洋平の身体は火炎魔法そのものに変化する。
火炎魔法なら吸収できる。それに魔法も使える。
――成尾は洋平が戦うには〝相性が良い〟のだろう。そのまま、攻撃を吸収しながら距離を詰めていく。
「厄介な人……」
成尾は手の平サイズの石を、炎で手元に運び洋平に照準を合わせる。
「この前の戦いで魔法の特性は何となく把握した……」
そう言い、石に火炎魔法で爆風を当てて、砲弾の如く洋平に撃ち込んでくる。
「あァ……。そういう戦い方もあるのか。でも……《火炎魔法――火炎盾》……!」
洋平は盾を創出し石の砲弾を防ぐ。
石がガジュっという音と共に弾き飛ぶ。
――このまま一気に距離を詰める……! こっからは模倣じゃなく、俺のイメージする魔法の使い方だ――。
「《火炎魔法――噴射移動》……!」
炎を両手両足から噴出し、高速移動する。
成尾からの石の砲撃はあったが、火炎盾で防ぐ。
「とりあえず、火の玉女……。お前ェから倒す……! 《火炎魔法――炎の鉄拳》……!」
噴射移動の勢いを乗せて、炎を纏った拳を放つ。
刹那、洋平は複数斬撃を受けて宙を舞い、そのまま地面に倒れる。
「ぐ……。何だ? 何が起こった……?」
「成尾……。今のは危なかったじゃろう?」
後ろで眠っていたと思われる男が剣を持ち立っている。
白髪であり、髭がもじゃもじゃとサンタのように口の周りに生えている。また、顎髭は胸元まで伸びている。年は六十歳くらいだろうか。
一目見て分かる程、筋骨隆々で、目つきが鋭く百戦錬磨の戦士のような風格がある。
「高上さん、ありがとうございます」
成尾が頭を下げる。
「ワシの《憑依魔法》は解けてしまった。なかなかの精神力を持った童がおるようじゃのぉ。ヌシもなかなか面白い固有魔法をしておるの。どうじゃ? ワシらの仲間になるのは?」
「爺さん、お前ェらみたいな危ねェ方法使う奴らの仲間になんてなる気はねェよ」
洋平は即座に答える。
「ホッホッホ。勇ましいことじゃ。でも、この状況で勝てるのか? ヌシは今ワシの斬撃を受けてかなりの深手を負っておるじゃろう?」
「ハッ! んなもん、唾塗っときゃ治る」
とは言ったものの、かなり傷は深い……。
やはり物理攻撃は無効化できずモロにダメージがある。
おそらくかなりの使い手なのだろう。あの一瞬で上半身を三回斬られている。血が止まらねェ……。
「成尾、ヌシは補佐に回りなさい。ワシがあの童の相手をしよう」
高上は静かに呟く。
「分かりました」
成尾が指示に従う。
距離はある。一瞬で済ませれば何とかなるか……。
おそらく、この方法で回復できるはずだ。
「ウォオオオ」
叫びと共に、傷口に一気に炎をあてがう。
炎は洋平の体質同調の効果で、傷口に吸収されていく。少しの熱感と共に、傷口が塞がっていく……。
「ほう……そのようなこともできるのじゃな。では、ワシもある程度本気でいこうかの」
高上の目に攻撃的な光が奔る。
――洋平は噴射移動を主軸に、攻撃を躱しながら戦う。
火炎球や火炎放射も使用したが、高上には全て見切られ、カウンターでの斬撃を何度も受ける。
また、補佐として成尾からの石の砲撃もあり、洋平は、打撲と裂傷で身体中から血が流れ、意識すら朦朧としてくる。
マナも相当な消耗だ……。
「よく耐えた方じゃよ。そろそろ降参してはどうかの?」
高上が地に伏す洋平に向かい声をかける。
「……お前ェらは……何者なんだ?」
洋平は言葉を絞り出す。
「仲間になるというのなら、答えよう。でなければ、こちらに不利でしかないじゃろう?」
「あァ……。まあな……」
これだけの騒ぎになってるんだ。警察も動いてるだろう。
晴夏……ミドイケ……。悪ィ、お前ェらの頑張りに報いれねェかも……。
せめて無事でいてくれ……。
「……名くらいは教えてやろう。ワシは高上武揚。最終勧告じゃ。仲間になる気はないんじゃな?」
「…………それは無理だ……」
「そうか、残念じゃ……。惜しい人材じゃ、一度連れ帰るとするか……」
次の瞬間、成尾と高上の〝真下〟から荊と花が出現し、両者を吹き飛ばす。
「ギリッギリだったな。少年、助けに来たぞ!」
声のする方を向くと二人の女性がいた。
一人は今話していた二十代半ばの女性。
ローズブラウンの髪で非常に派手という訳ではないが目を惹く艶のあるボブ。背は一七五センチメートル程。目は切れ長で鋭く、男性的な魅力のある綺麗な女性だ。
「……動かないでいて……」
もう一人の二十歳程の女性が声を出す。
こちらは逆に女性的な印象だ。黒髪ロングで、目が大きい。身長は一五五センチメートル程。グレーのオーバーサイズTシャツに黒のズボン、バストやヒップが大きいのが何となく分かる身体付きだ。
「あなた達は……?」
洋平は何とか声を出す。
二人の女性は素早く洋平の近くまで走り込む。
「ユウカ様から聞いてるだろ? アタシは天啓者の裁奈早紀だ。ユウカ様は今別の務めで忙しいみたいだから、今日にアンタに連絡がいってたかは分からんが」
ローズブラウンの髪の女性は話す。
「……私は渡辺舞里です……」
黒髪ロングの女性も続けて自己紹介する。
「ユウカさんの言ってた……。助かります」
「とりあえず、アンタはそこで寝てな。ここはアタシ達で相手するよ……!」
裁奈は軽く舌舐めずりをする。
「ホッホッホ。まさか、増援が来るとはのぉ。はて、どうするか。憑依魔法が解けてしまった今の状況で、これ以上大学にいると人が来て厄介かの……」
「高上さん、撤退しますか?」
成尾が尋ねる。
「うむ……。そうするとしよう」
次の瞬間、成尾の火炎魔法での炎幕、高上の高速剣撃により土埃が舞い、視界を遮る。
「チッ。逃げたか……。まあ、今はコイツの保護と、大学内の状況確認の方が優先か。舞里、とりまコイツの回復は任せる。アタシは学校内の状況確認をする」
「分かった。裁奈さん」
その後、舞里は洋平の方を向く。
「……回復するけど、何も話さないで。男嫌いだから……」
舞里は淡々と敵意すら感じる言葉を発する……。
「うぇぇ……? うぃす……」
洋平は思わぬ言葉に、謎の言葉で返答する。
「《罪花魔法――回復魔花》……」
舞里が詠唱すると、洋平の周りに向日葵のような花が複数咲く。
洋平は温かな黄色の光に包まれる。
「痛みが和らぐ……。あざます」
できるだけ短く礼を伝える。
「……話さないでくれる?」
氷と話してるのかと思うほど、冷徹な言葉が返ってくる。
ありがとう! メンタルに深刻なダメージはあるけど、傷は回復するよ……! と心の中で応えておく――。