七十九話 バケモノ
狐全は影で洋平を運ぼうとする。
――刹那、洋平は狐全の右足首を強く握る。
「なっ……小僧、お主は死んでいるはず……!」
狐全は驚嘆の声を上げる。
「……《呪詛魔法――人魂呪詛、転移》。……まだだぜ……《影魔法――棘影》……!」
洋平の手を介して、人魂呪詛は狐全に転移していく。
狐全は人魂呪詛が一気に流入したことで、一時行動不能となる。
その隙を衝き、棘影が狐全の身体中を切り裂く……。
「がぁっ……。小僧……。何故だ……。いや、人魂呪詛を味方につけているのか……? 確実に貫いたはずの心臓が元通りになっている……?」
狐全は状況が飲み込めていない様子だ。
「……半分正解だぜ……。まあ、味方っつうか呪いは俺を蝕もうとしてるけどな……。俺の体質同調魔法は厄介だろ? 心臓を貫かれる少し前に、『心臓付近の呪われている肉体の部位を体質同調の応用』で増やした。結果、心臓の位置が知覚しづらくなったはずだ」
「なんだと……」
狐全は苦々しく呟く。
「呪いで強化されてる心臓は多少無理な動きをしても問題ない。だから『心臓の位置を本来あるべき位置から、影魔法で下に引っ張りずらした』。まあ、シンプルにその瞬間に『仮死状態』にはなったけどな。数秒後には影魔法の性質の伸縮で心臓は元の位置へ。そして、復活ってな訳だ」
「……では、私が刺し貫いたと思った位置に『心臓はなかった』のか……。だから、心臓が元通り……というより、そもそも傷つけられていなかったと……。……この戦術はお主が考えたのか? それとも……狐調か……?」
狐全は血まみれで倒れながら問う。
「……俺だ」
……本当は狐調から提案された戦術だ。
狐全の性格を考えると、体質同調される可能性のある他の部位ではなく、確実に致命傷を与えられる〝呪われた心臓〟を狙うだろうと言っていた。
だから、俺は負ける可能性が高まった瞬間に狐調の言っていた戦術を使った……。
「なあ、狐全さん。もうこんなことやめにしよう。『陰陽師の栄華を取り戻す』のは良いと思う。でも、今までのような危険なやり方は間違ってる。人を傷つけないように、正しく栄華を取り戻していけばいいんじゃないですか?」
「……小僧に何が分かる……? 陰陽師の数が年々減っていき、時に恐れられ、忌み嫌われる存在である我等の苦悩……。今動かなければ手遅れになる……! 私は宮宇治家の当主として、皆を守らねばならぬのだ……! このまま滅びを待つことなどできぬ……!」
狐全は転移した人魂呪詛を強引に抑え込み、素早く〝呪いのようにどす黒いマナが宿っている術符〟を飲み込む。
「おい! 何してんだ!」
洋平が声を出すと同時に、肉体が危険信号を発しているのを感じる。
そして〝危険〟は目視できる形で目の前に現れる。
巨大な影だ。どんどん膨れ上がっていく。
表面には狐調と同じく、人魂の模様が浮き上がっていく……。
「なん……だ……? 化物……」
洋平は思わず言葉を失う。
「私……は……宮宇治家……当主…………皆を守るため……ならば。……鬼にでも……化物にでもなろう…………。が……ぁぁぁああああああ!」
狐全はもはや人ではなくなっていた……。
巨大な影は、球形で四足歩行の化物と成る。
中央に一際大きな瞳が一つ。白目以外はハイライトが一切なく、全ての光を吸い込むような漆黒が広がっている。
身体中に広がる人魂の模様にも小さな目がついており、ギョロギョロと動いている。
横に大きく裂けた一つの口には凶悪な牙が並ぶ。
球形の輪郭は不鮮明な影のように、ゆらゆらと揺れておりどこかおぼろげだ。
……この化物は俺のマナ知覚力では、体質同調できない……。なぜなら、構成しているマナが理解できないからだ。
それにおそらく、影魔法と呪詛魔法をハイブリッドした化物なのだと思われる。
呪詛魔法が混ざっている以上、下手な体質同調は俺自身を蝕むだろう……。
「クソッ! どうする……? 仲間や街の人間への被害を考えると、この化物を放っておく訳にはいかない。ヤルしかねェか……!」
洋平は《影魔法――棘影》を狐全に向けて放つ。
しかし、狐全は巨大な口で棘影を荒々しい獣のように貪り、「ギャァハハッハハハッ!」と声を上げる。
その姿には元の気品ある当主の姿はない。
「嘘だろ……? 人魂呪詛の浸食による、強化をギリギリまで利用した一撃が……? 冗談キツイぜ……」
こいつァ、俺じゃ勝てねェ……。次元が違う……。
肉体、心、魂もだんだん人魂呪詛に耐えられなくなってきてる……。
……こうなりァ一か八か賭けるか……。
自分の命を捨ててでも戦うとかヒーローみてェだな……。
洋平は人魂呪詛の侵食に身を委ねる…………。




