七十六話 契約①
時は地下室で、洋平と狐調が契約を交わしたところまで遡る。
「結論から申し上げます。契約内容はわたくしの《呪詛魔法――人魂呪詛》を心臓にかけさせてください。あなたのマナを贄に、呪いによる全能力の上昇ができます。代償に肉体、心、魂は呪いに浸食されますが……。その能力が上がった状態で、父上を倒してほしいのです。今のあなたでは父上には勝てないので……」
狐調は真っ直ぐ洋平を見つめて言葉を紡ぐ。
「ほゥ……。何点か質問があるんすけど、まず何で狐調先輩の父親を倒してほしいんですか? 父親で宮宇治家の当主でしょう?」
「……わたくしは呪われた忌み子だとお伝えしましたよね。幼い頃に呪いが暴走したことがあるのです。それ以来、同じことが起きないように、父上に『法術呪符』という呪符を、わたくしの脳に入れられているのです。ちなみに、法術というのは陰陽師が古来より使用してきた、まじないの名称です」
狐調は一度言葉を切る。洋平の理解が追い付いているか確認しているようだ。
「法術呪符は、わたくしの行動を制限したり、命令通りに動かす効果を持っています。なので、わたくしでは父上に逆らうことはおろか、反抗一つできないのです」
「なるほど。狐調先輩の状況は分かりました。でも、なぜ倒すという話になるのですか? 父親から解放されたいから?」
「父上から解放されたいからではないです。……父上は一年ほど前からおかしくなりました。ちょうど、宮宇治家の人間にマナ知覚の覚醒者が増えてきだした頃ですね……。父上は典両区周辺の人間を襲ってマナ知覚の覚醒を促すように命令を出すようになりました。『宮宇治家の発展、陰陽師の栄華を取り戻す』という言葉を取り憑かれたように繰り返しています……」
狐調は悲しげな表情を浮かべる。
「わたくしは、そのような暴力的なやり方は正しくないと考えております。しかし、法術呪符がある以上、わたくしでは、父上を止めることができない。何度か言葉で説得を試みましたが、法術呪符を使用し動けなくされた上で『これは宮宇治家のためだ』と気が狂うほど何度も聞かされました……。わたくしは無力でどうしようもないのです…………」
狐調は涙を浮かべているのか、目元が少し輝いて見える。
「それは……辛い状況ですね……。……すみません、俺も仲間の命がかかっているので、確認です。あなたが困っていることは雰囲気で察することはできるけど、嘘をついている可能性もある。何か、俺を納得させられる証拠はありますか?」
洋平は〝自然と共感しつつある心を制し〟淡々と質問する。
「……そうですね……。物的証拠はコレくらいしかないです」
そう言い、狐調は人差し指で額をトントンと触った後、額にマナを集中していく。
すると、徐々に人魂の痣が浮き出てくる。
額から痣が広がるにつれ狐調は苦しげに呻き声を漏らす……。
「……もういいです。物的証拠は分かりました。俺もマナ知覚を狐調先輩の額に集中していた。何となくではありますが、脳を囲うように呪符が存在しているのは分かりました……」




