六十九話 晴夏の覚悟
場面は洋平と晴夏へと移る。
「罠はいくつか仕掛けてあったが、人の気配がねぇな。中央付近まで進んだんじゃねェか?」
洋平は晴夏の目を見る。
互いに罠による傷はあるが、マナ知覚力が上がった洋平達は、事前に罠を見抜いたり、防ぐことで大きなダメージにはなっていなかった。
「そうだね、ヨウ君。おっと……この先に一人いるよ……。多分、高上だ……」
晴夏の静かな怒りが伝わってくる口調だ。
大部屋の襖を晴夏が念力で吹き飛ばすと、そこには高上があぐらをかいていた。
「ホッホッホ、来たか童」
ゆっくりと高上は立ち上がる。
「高上、お前は舞里ちゃんの仇だ。絶対に倒す……!」
普段温厚な晴夏とは思えない語気だ。
「晴夏ァ、気持ちは分かるが相手は一人だ。二人で筋肉ヒゲダルマぶっ倒すぞ」
俺は晴夏を諭すように声を出す。
「……ヨウ君、ごめん。高上は僕が倒したい。狐調も倒さなきゃだけど、気持ちが抑えられそうにないんだ……」
晴夏は強く拳を握っている。
「……分かった。渡辺さんのこと考えると時間もねぇしな。でも、あの筋肉ヒゲは相当強い。ヤバくなったら逃げるんだぞ?」
「ありがと。でも、負ける気はないよ……。ヨウ君が奥の部屋へ進めるように、まずは足止めする。その隙に行って」
晴夏は集中力を高め、臨戦態勢になる。
「ワシと一対一で戦うつもりか……。良いじゃろう……」
高上は剣を構え、一気に加速する。
高上の動きの速さは尋常ではない。だが、晴夏は対応した動きをし続ける。
おそらく、テレパシーで高上の動きをリアルタイムで読みながら、その一手先の行動をしているのだろう。
「《超能力――念打撃、念斬撃》……!」
晴夏は高上の思考を読んだ上で攻撃を放ったようだ。
高上は素早く躱すも、驚嘆の表情を浮かべる。
おそらく、躱した先に〝既に〟念力での攻撃がきているからだ。
高上は剣でかろうじて防ぐ。
「ヌシ……前の戦闘時よりも強いな。前は狐調様の身体を借りて戦っていたこともあり、ヌシも全力ではなかったということか……」
「そうだね。それに、僕には僕のことを真に理解してくれる友達がいる。もう、迷わない……!」
「そうか。では、変わったヌシと一戦交えようかの……」
高上が突っ込んでこようとする。
刹那、晴夏は、高上が踏み込む瞬間を狙い、《念動力》で両足をピンポイントで後方にずらしたようだ。
高上は力を込めた足が不意に動かされたため、前のめりに転びそうになる。何とか前に出していた右足で踏み留まる。
直後、念打撃、念斬撃の嵐が高上を襲う。
「今だ! 行って、ヨウ君!」
「おう! 絶対負けんなよ晴夏。渡辺さん助けるぞ!」
洋平は奥の部屋へと駆ける。
◇◇◇
「ホッホッホ……。こんな芸当をできるとはのぉ。防ぎきれなかったぞ、童……」
高上は腕と脇腹に斬撃痕が二筋ある。
「あれだけ、打ち込んだのに当たったのは二ヶ所だけか……。やっぱり強いな……」
晴夏は背中に冷や汗をかいているのを感じる。
「もう一人の童は逃がしてしまったしのぅ。ヌシに集中して戦うとする……」
高上の目には晴夏しか映っていないのが直感で分かる。
全集中力を僕を殺すことに収束しているのだろう。
……無論それは僕も同じだ……。
高上は攻撃の瞬間や移動の瞬間の〝足の動き〟を晴夏が制限することにすぐに順応する。
先程よりも数段速く動き、時に速さに緩急をつけて攪乱してくる。
晴夏はテレパシーで高上の思考を読んだ上で動いているが、念力での攻撃が通じなくなってくる……。
「くっ……。捉えづらい……」
「どうした、童? 動きに対応しにくいか? このままでは、剣が届く所まで行くぞい」
念打撃、念斬撃を一瞬で使用するには、〝手を向けるという動作〟が必要だ。
動作なしでも念力は使用できるが、数秒溜めの時間が必要になる。
高上は晴夏の手の動きを見て、攻撃を予測し距離を詰めてくる。
――晴夏と高上の行動の本質は同じだ。
互いの思考や行動を読んで、最適な攻撃を仕掛ける。
ただし、戦闘経験値、瞬間判断のレベルが高上の方が明らかに高い。
「高上……。お前の方が強いのは認めるよ。それでも、僕は負けない……!」
「そうか……。ヌシにばかりあまり時間をかけられぬ。慎重に……手早く済ませるとしようかのぉ」
高上は更に速度を上げ、ジグザグに疾駆する。
晴夏も思考を読み、動きに対応した攻撃を放つ。
しかし高上は攻撃を躱し、念力を剣で弾き返す。
「僕の念力が完全に知覚できるのか……?」
「完全な知覚ではない。そもそも念力は発生している時間がごく短い。だが『ヌシの癖、念力が発生する直前の空間のわずかな歪み』に慣れれば防御も可能だ。ここまでじゃな童。ヌシは強い。恥じることはない……」
高上は念力を弾き返しながら、距離を詰めてくる。
「……念力が防がれるなら、武器を止めるまで……。《念鎖縛》……!」
両手を高上に向けて、鎖で剣を縛り付け地面に杭を打つイメージで固定する。
「ほう、そうきたか……」
高上はハンマー投げをするように剣を強引に振り回し、念鎖縛を破壊する。
そして、剣をハンマー投げ同様に投擲する。
「お前がそうすることは読んでた。規格外の筋肉ヒゲ……」
晴夏は剣を紙一重で躱す。
後方で壁に剣が突き刺さった音が響く。
「では、この後の展開も分かっておるということじゃな? ヌシで勝てるかのぅ?」
高上は晴夏の目の前まで接近する。
そして、素手で連続攻撃を繰り出す。
「《テレパシー×念身体強化――念読拳》……!」
晴夏は念身体強化で、能力を強化した上で、テレパシーでの攻撃先読みをして対応する。
「ほぅ……存外やるのぉ。徒手空拳は得意なのじゃがな……」
高上はそう言いつつも、晴夏に着実に攻撃を当て続ける。
身体中に痣が広がっていく……。
高上の攻勢に少しずつ後ろに下がっていく。
……でも予定通りだ。高上の意識が必ず僕からずれる瞬間があるはずだ……!




