六十七話 ワルキューレ
――「コレは……走馬灯か……。至王兄さん、毅王兄さん、懐かしいな……。昔はよくトランプやチェスをして遊んだっけな……。兄さん達は何をやっても強かった。俺が実力で勝てたことはなかった。兄さん達の慈悲で勝たせてくれたことは何度かあったな」
――「ああ……この光景は至王兄さんが十年前に失踪した時だ……。一族総出で探し回ったな。結局、見つけることはできなかった……。あの時からだ……俺がより『勝利』に固執しだしたのは。至王兄さん程の人でも何かトラブルなどがあれば、消えてしまう。それを肌で感じたから、俺は『勝ち続けないと自分が消える、価値がなくなる』と考えたんだ。『常勝こそが上道院の流儀』その本質はそこにあると思った。」
――「……あの時、俺に声をかけてくれた人の中でも二人が印象に残っている。一人は毅王兄さんだ。今までよりも揺るぎない威厳を感じさせる口調で『王誠、強くなれ。これは貴様の面倒を見られないという意味ではない。王誠が強くなってもなお、ままならぬこともあるだろう。その時は俺が守ってやる。だから安心して常勝を目指せ』と言っていた。あの言葉があったから、俺は至王兄さんが急にいなくなった不安を乗り越えられた」
――「もう一人は一臣だ。あいつは謝っていたな……。『絡瀬家の使命は上道院家の側近として、繁栄に貢献すること。いくら、至王様が上道院エネルギー株式会社の社長を一時的に我が兄に任されていたとしても、失踪、あるいは事件に巻き込まれることを防げたはずです。申し訳ございません。私は必ず王誠様を守ると誓います』だったか……。恐怖を必死に隠していた俺には、十分過ぎる励ましの言葉だったよ一臣。すまない……貴様の貢献に対して俺は何も返せていないままだ……」
「……随分と一人でお話されるんですね、王誠先輩。何か意外でした」
……何だ女の声が聞こえる……? 俺はあの時死んだはず……。俺はゆっくりと目を開ける。
「あぁ……やはり俺は死んだのだな……。凛とした美しい戦乙女が見える。俺はこのままどこへ行くんだ……?」
「え? ワルキューレ? 王誠さ~ん、頭大丈夫ですか?」
「問題ない。死に際の走馬灯で色々と思考の整理もできたしな。貴様……いや、あなたに話しても良いのだろうか? 俺の師匠の言っていた『本当の強さ』というものが分かった気がするんだ……」
「はぁ、まあ構いませんけど……」
「失礼、急に人間風情が自分のことを語るなど……。だが、どうしても今話したいのだ。少しばかり時間を頂戴する。俺は今まで勝つことこそが強さだと思っていた。だが、それは強さの一側面でしかない。本当の強さは『相手を思いやり行動に移すこと、護ること』だった……」
王誠は更に言葉を紡ぐ。
「俺はたくさんの人に思いやりを持って接してもらい、護ってもらっていた。叶うなら、死ぬ前に気づきたかった……。俺の至らなさから志之崎師匠、小鳥遊、月下空乃、他にも多くの人を傷つけてしまった。俺は何も分かっていなかった。……ありがとうワルキューレ。もう思い残すことはない……」
「…………では、ワルキューレから命じます。君は一度死んだ。今話していた気づきを胸に刻んで生きるなら、もう一度生を受けることを許しましょう」
「……良いのですか? 俺などがそのようなご慈悲をいただいて……」
「……ワルキューレは気まぐれです。折角目の前に生きる希望が見えたなら、必死に掴み取るべきだと思いますよ?」
「……ありがとうございます、ワルキューレ。あなたのおかげで俺は生まれ変われる……」
――何だ? 心が、魂が軽く感じる。ワルキューレとの対話のおかげか……。ありがとう、俺は変わると誓う……。




