四十一話 晴夏の過去
翌日。
洋平達は、いつものように探偵事務所の近くの山で稽古をしていた。
稽古も終わり、帰り支度をしている時に晴夏が声を出す。
「あ、レポート課題、事務所に置いてきちゃった……。舞里ちゃん、この後探偵事務所で少しだけ仕事あるって言ってたよね? 一緒についていっていい?」
「いいよ、晴夏ちゃん。一緒に行こっか」
舞里は優しく微笑む。
「ヨウ君と空乃ちゃんは先帰ってて」
晴夏がこちらに声をかける。
「了解。つか、俺レポート課題やってねぇわ……。家帰ってやるかァ……」
「ヨウ、単位ヤバいの多いんだから、課題ちゃんとやんなきゃダメだよ!」
空乃が釘を刺す。
「おう……。頑張るわ……。稽古もあるとなかなか大変だわ……。たまにはゲーム一日中したいなァ……」
叶わない夢を悲しく呟く。
「事件が解決すれば、できるよ! だから頑張ろ!」
晴夏は両手を曲げて見せる。
「そうだな。頑張るわ。じゃあ、晴夏も渡辺さんもお疲れ様~」
洋平と空乃は帰宅する。
◇◇◇
「じゃあ、行こっか。晴夏ちゃん」
舞里の声かけで二人は探偵事務所へと向かう――。
探偵事務所に到着し、無事レポート課題を回収する。
すると、舞里から話がある。
「晴夏ちゃん、今って三十分くらいお話できたりする?」
「いいよ。今日は用事も特にないし」
「……その……晴夏ちゃんは和泉君のことが好きなの……?」
舞里は聞きづらそうに尋ねる。
「うん、好きだよ」
晴夏はごく自然に答える。
「あ……そうなんだ。やっぱり……。お付き合いもしてるの……?」
「ふえぇっ⁉ 付き合ってはないよ! そりゃ、ヨウ君が付き合いたいって言ってくれたら、満更でもないかもだけど……」
晴夏は恥ずかしさで顔を赤らめる。
「……そっか。でも、さっき好きだって言ってたよね。いつかは付き合いたいとか……?」
「う~ん、付き合いたいとは違うかな。……正確に言うと、僕にとってヨウ君が『必要』って感じかな。僕のテレパシーとか気持ちを一番理解してくれてるのがヨウ君だからさ……。……ちょっと昔話してもいい?」
「昔話? いいよ、聞かせて」
舞里は素直に応じる。
「僕が超能力に目醒めたのは小学五年生の頃なんだ。当時は、急に人の心の声が聞こえるようになってすごく驚いてた。同時に他人の表向きに見える表情や動作と、心の中で思ってることの違いがとてつもなく気持ち悪かった……。あと、一気に人の心の声が雪崩れ込んでくるから、心が崩壊しそうになってたんだ……」
晴夏は当時を思い出し、少し青ざめる……。
「そうだったんだね……。大丈夫? 晴夏ちゃん、顔色が……」
舞里は心配そうな様子だ。
「大丈夫だよ! ここからがヨウ君のかっこいい物語の始まりだからさ!」
晴夏は先程とは打って変わり、表情が明るくなる。
「ヨウ君はすごいんだよ! 僕が苦しそうにしてるのにいち早く気づいてくれた。親ですら『何を言ってるの? そんな訳ないでしょ』って言ってたのに。ヨウ君はね、小さい頃から仲良かったんだ。超能力に目醒めて困惑してた僕に、その日のうちに声をかけてくれたんだ。『晴夏、お前ェ何かあったのか? いつも楽しそうなお前ェが辛そうな顔してんぞ……。俺で良ければ話聞くぞ』ってね」
晴夏は洋平のセリフだけ少しイケボに変換する。
「へ~、意外と気がつく人なんだね……和泉君」
舞里は素直な感想を述べたようだ。
「そうそう! その意外性もギャップでね! ……あ、コレは話が逸れちゃうね。僕はその時の一言で救われた。一番しんどい時に気づいてくれた。それがどれだけ嬉しくて、救いになるか……。ヨウ君はね、テレパシーで心を読んでも『悪意も善意も感じない凪』みたいな感じなんだ。何も考えてないのか? って最初は思ったけど、ヨウ君の心配そうな顔と今までの優しい行動を考えるとそんなことはないってすぐ思った。きっと『特殊な心』を持ってるんだよ。ヨウ君のそんな心をテレパシーで読んでると、すごく落ち着くんだ……」
「それで時折、和泉君の心を読んで休んでたんだね」
舞里は納得した顔をする。
「うん! それに、小学生の間はほとんど毎日、できる限り僕と一緒にいてくれた。『俺の心読んでお前ェが落ち着くなら、いくらでも読んでいい。そん代わり変なこと考えてる時もあるから、あんま気にしないでくれよな』って言ってくれた。普通は四六時中、人に心を読まれる可能性があるなんて、嫌だと思うんだけど、ヨウ君は一切迷わずそう言ってくれた。本当に優しい人なんだ!」
「そっか。それだけのことをしてくれたなら、好きになってもおかしくないね……。辛い時にそのことを理解して助けになってくれることは、救済になる……」
舞里は少し儚げに呟く。
「そうなんだ。僕にはヨウ君が必要だ。だから、僕も『ヨウ君にとって必要な人間』になりたい……。そう思ってずっと生きてきた。……まあ、あわよくば、ヨウ君と永遠に一緒に居たいけどね……」
晴夏はやや光を欠いた瞳で呟く。
「晴夏ちゃん、本当に良かったね。和泉君と出会えて……。きっと誰も代わりにはなれないよ……」
舞里は少し瞳を潤ませる。
「うん! 誰も代わりになんてなれない。……まあ、それはみんな一緒だけどね。舞里ちゃんの代わりにも絶対誰にもなれないからさ」
晴夏は明るく笑う。
「……私……? 私の代わりなんていくらでも……」
舞里は驚いた表情になる。
「何言ってるの? 舞里ちゃんの代わりなんていないよ! こんなに優しくて、人の心の傷が分かる人なんていない。というか、僕は出会ってからの一か月半で舞里ちゃんのこと好きになったよ! 稽古も丁寧につけてくれるし、大助かりだよ!」
晴夏は再度、明るく笑う。




