三十七話 傲慢たる男
三日後。上道院エネルギー株式会社、応接室にて。
「毅王兄さん。お時間いただきありがとうございます。実は折り入って頼みがありまして」
王誠は真剣な表情で話しかける。隣には、付き人として絡瀬がいる。
「王誠から頼みか……。珍しいな何だ?」
毅王は短い言葉だが、やや温かみのある声で返す。
「毅王兄さんのボディーガードで『志之崎』という相当な剣術を使う侍がいるでしょう? あの侍を俺の師としたいのです」王誠は真っ直ぐ毅王を見る。
「それは何故だ?」毅王は短く問う。
「……恥ずかしながら、剣術で負けてしまうことがありまして……。もう二度と負けないように自分を鍛えたいのです」王誠は丁寧に答える。
「昔から上道院家の繋がりで剣術を習っており、負けなしだった貴様が敗れたか……。……少し話は変わるが、四日前の木曜日に『魔法を使えるという奴』に襲われたのだが王誠、貴様は何か知っているか?」毅王は全てを見透かすような眼光で王誠を見据える。
「……魔法ですか……。それは、漫画やアニメに出てくるようなものですか?」
王誠は何も知らないという顔で答えを返す。
「そうだ。俺が会った奴は荊の魔法を使っていた……。本当に知らないんだな?」
「知らないです。ただ、その話が本当なら毅王兄さんは大丈夫だったのですか? お怪我などされていませんか?」
王誠は表情を大きく崩すことはないが、心配している雰囲気を出す。
「怪我はしていない。それこそ、志之崎が相手をしてくれた……。貴様の提案とタイミングがあまりに重なったのでな。気になったから尋ねたまでだ」
「そうでしたか……」
「……どうも何か危険な感じがする。貴様が更に武術を身に着けたいというなら叶えてやろう。『常勝こそが上道院の流儀』だ。俺は別でボディーガードを増強しておこう。志之崎にはこの後、王誠の師として剣術を教えてもらうように依頼しておく」
「ありがとうございます。毅王兄さん」王誠は頭を深々と下げる――。
◇◇◇
同日夕方。上道院コーポレーション所有の道場にて、三人が顔を合わせる。
「志之崎さん、俺は上道院王誠です。兄の上道院毅王から話は聞いていると思います。これから、稽古よろしくお願いします」
黒スーツに身を包んだ王誠は軽く頭を下げる。
「……ああ、よろしく頼む。俺は志之崎刀護だ。それと、毅王さんから話を聞いているとは思うが、既に一人弟子を抱えている。横にいるこの女性だ」
志之崎は手を隣の女性に向ける。
「小鳥遊美鈴です! 典両大学の上道院王誠君だよね? 有名人だから美鈴知ってるよ! これからよろしくね!」
青色の羽織袴を着た美鈴が明るく挨拶する。ちなみに、この羽織袴は志之崎の真似をして、弟子入りして以来着ているものだ。
「ハッ、そういう貴様も有名人だろう? 小鳥遊美鈴。典両大学三大美女の一人。まさか貴様も志之崎さんの弟子になっていたとは夢にも思わなかったぞ……」
王誠は志之崎とは明らかに異なる言葉遣いになる。
「王誠……。言葉遣いから教えてやらないといけないのか? お前の方が美鈴より年上だとは思うが、言い方がキツ過ぎるだろう……」志之崎は静かにたしなめる。
「……これは失礼しました。認めた人間以外と話すのは苦手なのです」王誠は嫌味な笑顔を向ける。
「美鈴……王誠君のこと嫌い……」美鈴は言葉通り、嫌いということが伝わる顔をする。
「構わんぞ。下民にいくら嫌われようと俺には何も関係がない。むしろ、いなくなってくれた方が都合が良い」
王誠が本心から思っていることが伝わってくる。
「そんな言い方……!」美鈴が話している途中で志之崎が声を出す。
「王誠……お前のことは毅王さんからの依頼で弟子にするつもりだ。だが、不遜で相手を不快にさせる言動……剣術を学ぶ者として相応しいとは思えない……」
「……金で雇われている身でありながら、随分と高尚なことを言うのだな。志之崎さん、俺はあなたが強いことは聞いています。だが、認めている訳ではない。そもそも、俺より弱いようなら、師とは呼ばない」
王誠の口調が悪くなっていく。
「……今のお前は剣術を学ぶに値しない。俺にも仕事を選ぶ権利はある。誠実に学ぶつもりがないのなら、今すぐに俺の前から去れ……」志之崎は静かに怒りを込める。
「フハハハハ! そもそも格が違うんだ。言うことを聞かせたければ力で示してくれ!」
王誠は竹刀立てから竹刀を一本投げ渡す。
「……こういうやり方は好まん。……だが、お前のような『本当の強さを分かっていない奴』には必要なのだろうな。力で示すという……暴力で認めさせるということが……」
志之崎は物悲しい声色で話し終えた後、竹刀を構える。
「何でも分かっているようなことを言うんだな。暴力、金、身分、人間に格の違いを分からせるには十分なものだろう?」
王誠は当たり前の常識を言葉にしているようだ。
「……お前がそれを心底信じているうちは見えないのだろうな……。すぐには分からないだろうが、俺の言葉は心に刻んでおけ……。……いくぞ!」
志之崎は竹刀を振るう――。
◇◇◇
十秒後。一瞬のうちに竹刀を叩き落され王誠は慌てていた。
そして、落ちた竹刀を取ろうとするも、志之崎に竹刀を首筋に添えられる……。
「貴様ァァあああ……!」王誠は鋭い瞳を更に刃のように尖らせる。
「……コレが『今のお前の力』だ。お前が態度を改めるなら、稽古をつけよう。そうでないなら、たった今から俺は毅王さんに連絡を取り、毅王さんの用心棒に戻してもらう」
志之崎は淡々と言葉を紡ぐ。
「この俺が……また負ける……。常勝こそが上道院の流儀……。このまま負けてられるか……」
「王誠君……。瞬殺だったね……。でも、頑張って勝とうとする気迫は感じたよ」
美鈴がしゃがみ込み目線を合わせて話しかける。
「黙れ下民! 俺は勝ち続けなければならないんだ! 負けは許されない。負けることは存在価値の否定。死と同義だ……!」
狂気に駆られた目で王誠は声を荒げる。
「……でも、負けは負けでしょ? それを認めないと次頑張ることができない気がするけどなぁ」
美鈴は思ったことをそのまま言葉にする。
「下民は気楽なものだな……。次があるから、今負けても良いとはな……」
「王誠君……それは違うよ? 次絶対に負けないために、『今の負け』を認めるんだよ。そうしないと、今と何も変わらない、変えられない……」
美鈴は悟ったような表情をしている。
「何を言って……」
「……いや、違うのか……? 俺の見えている世界と貴様の見えている世界は? だから、俺は理解できないのか? 下民、いや小鳥遊。俺は間違っているというのか……?」
王誠は答えを求めるように美鈴を見る。
「えぇ……? 見えてる世界は違うと思うよ。生きてきた環境も違うし、物事の感じ方も違うでしょ? 間違ってるかどうかは分かんない。でも、王誠君の考え方はあんまり好きじゃないなぁ。人を見下したり、勝ちたいがために負けを認めないのは、自分のプライドを守りたいだけの人に見えちゃうね」
美鈴は素直な表情で言葉を出す。
「それは……。……いや、実際そうなのかもしれないな。……小鳥遊! 貴様の考えに全て共感はできない。だが、俺の考えが正しい訳じゃないとも思えた。礼を言う」
王誠は立ち上がり、軽く頭を下げる。
「あ、別にいいよ。美鈴思ったこと言っただけだし」
美鈴は屈託のない笑顔を向ける。
「志之崎さん、いえ、志之崎師匠。大変失礼しました。俺の不遜な態度どうか許していただけないでしょうか?」王誠は頭を下げる。
「……二度と同じような態度を取るな。俺だけじゃなく美鈴に対してもだ。それを守るなら稽古をつけよう」
志之崎は静かに諭すように言葉にする。
「分かりました。志之崎師匠、小鳥遊、これからよろしくお願いします」
王誠は再度頭を下げる。
「うん! シノさん厳しいけど、優しいから一緒に頑張ろう!」美鈴は明るく微笑む。
「美鈴、一瞬で矛盾が生じているぞ……。まあ、いい。二人共これからよろしくな」――。




