三十話 オムファタールの覚悟
同時刻、洋平は空乃に言われた位置を参考に北の方角へと向かっていた。
《体質同調魔法、メモリーオブマナ――火炎魔法》を使用し、《噴射移動》にて急いで移動する。途中でスマホに通知が来て、少し立ち止まり確認する。
「仲間からの連絡か?」
スマホの画面には、〝瓜生〟という名前が映っていた。メッセージの内容は以下のものだ。
「やあ、ちゃぱつん。久しぶりだね。元気かい? ちょうど今、モデルの仕事先でもらった美味しいプリンが十個あるんだ。探偵事務所のみんなにも食べて欲しくて、典両区に戻ってきてるんだ。もし近くにいれば、渡しに行ってもいいかい?」
「おいおいおい、このタイミングでミドイケ先輩帰ってきてるのか……」すぐに瓜生に電話をかける。
「もしもし、和泉です。ミドイケ先輩、今どこですか?」
「やあ、ちゃぱつん。随分焦った様子だね。プリンがそんなに気になってるのかな? 大丈夫、まだ開けてないよ。場所は典両区北にある、『典両鉄塔』の近くだよ」
「典両鉄塔……! 近くに魔獣みたいなのはいないですか? 仲間がその近くで魔獣を見かけてるんです!」
「え……魔獣? そんなのはいなさそうだけど……。いや、あの美しい銀髪……深山さんかな……?」
瓜生の声色に一気に緊張が走る。
「な……。深山がいるんすか? すぐに逃げてください! 俺も向かいます。とにかく、その場を離れてください!」
しかし、瓜生からの返答はなく〝ガシャッ〟という何かが擦れたような音が聞こえ、そのまま電話が切れてしまう……。
「おいおい、嘘だろ……。ミドイケ先輩……。空乃の言ってた大体の場所は典両鉄塔の辺りだった。魔獣を率いてるのも深山なのか……? そんなことより、早く行かねェと!」
洋平は出力を上げた《噴射移動》で典両鉄塔へと向かう。
◇◇◇
典両鉄塔に着くと、そこには身体中が裂傷で血まみれ、髪すら赤黒く染まっている瓜生の姿があった……。
「ミドイケ先輩! 深山ァァァ! お前ェ……何でんなことするんだ!」
洋平の怒号が響き渡る。
「……ちゃぱつん。逃げ……て。彼女は……強い」
瓜生は何とかこちらに顔を向ける。
「あれ? 和泉先輩じゃないですか! 瓜生先輩に聞いても誰と話してたのか教えてくれないし、誰かをかばってるとは思ってたんですけど。まさか和泉先輩だったとはね……」
深山はどことなく愉しげに声を出す。
「ミドイケ先輩……。俺のために……。深山ァ……なんでここまで痛めつけた……?」
洋平は怒りを何とか抑えつつ問いただす。
「……まあ、誰と話してたのか教えてくれないし、私に《魅了魔法》使おうとしたこと。あと、何回も『こんなことは止めるんだ』って言ってきたからですかね? 鬱陶しいじゃないですか。自分のしてることを、したり顔でたしなめられると……」
深山は当たり前に思ったことを言っている印象だ。
「……お前ェの考えはよく分かった。ミドイケ先輩、ちょっと待っててくださいね。このイカレ銀髪すぐぶっ倒します。その後、救急車呼びますから」
「和泉先輩……。まさか私に勝つ気なんですか? 一カ月前に隙を衝いて、催涙スプレーで何とか逃走したあなたが……? 無理でしょ?」
深山は過去の怒りと共に、俺に対する明らかな嘲りを感じさせる。
「あんまりナメてると痛い目に遭うぜ? 《火炎魔法――火炎球》」
詠唱と同時に、十数個の火の玉を洋平の周囲に漂わせる。
「そういえば、『完全コピー』って相手に合わせて発動するんじゃないんだ……。今も火炎魔法使ってるよね……?」
深山は疑問混じりに問いかける。
「『完全コピー』……。その言葉を使うってことは、上道院の関係者か、お前ェ……?」
「……はぁ……。もう面倒くさいなぁ……。瓜生先輩といい、和泉先輩といい……。一々詮索しないでくれる? まあ、戦闘不能にして連れてくからいいけど」
深山は明らかに苛立ちを表情に出す。
「……できればいいな、イカレ銀髪……。《火炎魔法――噴射移動》……!」
洋平は一気に深山の近くに移動する。そして、勢いを乗せたまま《火炎魔法――炎の鉄拳》を打ち込む。
深山は洋平の攻撃を躱し、〝獣の手に変化してできた爪〟にて裂撃を放つ。
瞬間、洋平は火炎球で深山の攻撃を牽制する。
「へぇ~、案外やりますね、和泉先輩。成尾ちゃんみたいな戦い方だ」
深山は少し感心したような声になる。
「火の玉女と一緒ね……。まあ、他人の技パクッてでも俺ァ勝つぜ……」
「そうですか。がっかりさせないでくださいね?」
深山は更に一段スピードを上げて、攻撃を繰り出す。
「速ェ……けど、空乃程じゃねェ」
洋平は反射神経と火炎魔法による細かな炎の噴射で攻撃を全て躱す。そのまま、《火炎魔法――火炎放射》を放つ。
深山は火炎放射を両手で内から外に振り払い、左右に散らす。
「ちっ、直撃と思ったんだがな……」
深山は思っていた以上に〝頑丈〟だ。中途半端な攻撃じゃダメージすら入れられないだろう。
「良い動きですね、和泉先輩……。どこまで耐えれるか楽しみです」
深山は残虐な笑みを浮かべる。
「《獣化――狼女》」
深山がそう呟くと、姿が〝人間から狼女〟へと変わっていく。
毛色は艶やかな銀のまま、金に輝く瞳は狼そのものだ。服は見えなくなっている。おそらく、服を覆う形で変身しているのだろう。気づけば目の前には、元の姿より一回り大きな〝美しい怪物〟がいた。
「お前ェ……その姿。魔法か? いや、何か違う気がする……俺のマナ知覚がそれは『魔法じゃない』と告げている。お前ェ何者だ……?」




