二十九話 出逢い……
一方その頃、北の方角にある河川敷を歩いている女性がいた。小鳥遊美鈴だ。
「今日のマジックの練習も楽しかった~。実家に帰った時にアンナさんに見せれるマジックもっと増やしたいなぁ~」
美鈴は実家にいるメイドのアンナが喜ぶ顔を想像して頬を緩める。
そんな様子を後方から、うかがっている生き物がいた……。
「なんか、さっきから後ろに気配を感じるような気がするなぁ」
美鈴は後ろを振り返る。すると、七十センチメートル程のコウモリの魔獣が今にも襲い掛かろうとしていた……。
「キャァァア!」
美鈴は叫びを上げて、コウモリの噛みつきを避けようとするも、右肩の一部をかすめる。
「痛い……。何なの? あのコウモリさんみたいなの……」
美鈴は血が滴る右肩を抑えながら、魔獣を見据える。
魔獣は血を味わい、更に凶暴に豹変する。そのまま、高速で美鈴へと突っ込んでくる。
「うぅ……。このままじゃ食べられちゃう……」そう言い、美鈴は近くに落ちていた三十センチメートル程の木の棒を手に取り、迎え撃とうとする。
しかし、美鈴の振り下ろした木の棒を魔獣は簡単に喰い千切り、そのままの勢いで美鈴をはね飛ばす。
「……怖い……。このままじゃほんとに死んじゃう……。誰か、助けて……!」美鈴は叫び声を上げる。
次の瞬間、高速で突っ込んでくる魔獣は両断される……。
そこには、三十歳程の男がいた。
その男は〝現代から程遠い〟風貌をしている。黒の羽織袴に黒髪の総髪……現代風に言うならば、伸ばした髪をオールバックにし、後ろで引き結んでいる。腰くらいの高さまで髪を伸ばしているためロングのポニーテールにも似た見た目だ。
右手には日本刀を一振持っている。一言で表すならまさに〝侍〟だ。そして、ギターケースを背負っている。何とも異質な印象である。
「…………美鈴助かったの……? お兄さんは一体……?」美鈴は恐怖と驚きもあり、何とか声を絞り出す。
「……俺は通りすがりのただの男だ。……それより、大丈夫か?」淡々とした返答がある。
「あ、大丈夫です。その……ありがとうございます。お侍さん!」
「……ああ」一言のみ返事がある。
「あの……!」美鈴が話しかけようとした時に男が声を上げる。
「下がっていろ。まだいるようだ……」
美鈴が目を男から離すと、目の前には先程のコウモリのような魔獣三匹と、豹のような魔獣が一匹、唸り声を上げながらこちらを見ていた。
「あんなにたくさん……」美鈴は不安げに声を出す。
「俺からあまり離れるな。俺が護る……」ごく短い言葉だが、不思議と安心感と信頼感がある。
男はギターケースを肩から下ろし、左手に持つ。そして、いち早く攻撃を仕掛けようとした豹の魔獣に、刀での攻撃と見せかけたフェイント後に、ギターケースを振り抜く。豹の魔獣は予想外と思われる一撃をモロに喰らい三メートル程吹き飛ぶ。
直後、コウモリの魔獣が三匹同時に男に襲い掛かる。
――刹那「志之崎流剣術――《青嵐》」
男は無駄のない動作にて、流れるようにコウモリの魔獣を八つ裂きにする。
そこに豹の魔獣が隙を狙い、飛び掛かってくる。
「志之崎流剣術《散らし風》」豹の魔獣の突進をいなし、バランスを崩させる。豹の魔獣は振り返り、すぐに攻撃を繰り出そうとする。
しかし、男が刀の鞘を直線的に猛スピードで投擲したため、豹の魔獣は一瞬怯む。そして、男は一切の迷いなく、突撃し的確に豹の首を斬り落とす。
魔獣達は灰のようになりパラパラと消えていった。
「……大丈夫か?」男は美鈴の方へ身体ごと向ける。
「…………」目の前で一瞬のうちに起こったことに頭がついていかず美鈴は口をパクパクとしている……。
「……すまない。お嬢ちゃんに見せるようなものではなかったな。帰り道に気を付けてくれ」そう言い男は歩き始める。
「あ、あの! 待ってください!」美鈴の大声に男が立ち止まる。
「美鈴は、小鳥遊美鈴っていいます! 十九歳の大学生です! お兄さんのお名前教えてほしいです……!」
「……俺は志之崎刀護だ」一言、最低限の返答がある。
「志之崎刀護さん……。あのっ、そのっ……。……美鈴、惚れました!」美鈴は顔を赤らめながらも興奮気味に伝える。
「……は?」志之崎は硬直している。
「その剣術……とっても美しいです……。すっかり惚れ込んじゃいました! 美鈴に教えていただけませんか?」美鈴は真剣な表情で志之崎に頼み込む。
「……お嬢ちゃんは剣道か何か習っているのか?」志之崎は平常心を取り戻したようで、冷静に問う。
「ううん。美鈴、マジックは得意だけど剣術とかはやったことないの。見ててください!」
美鈴の左手から炎が一瞬舞ったかと思うと、右手には赤い薔薇の花が出現していた。その薔薇の花を志之崎に手渡す。
「……たしかに上手だな……。それで、何故剣術を習いたいという話になるんだ?」
一瞬、薔薇に目を向けた後、志之崎は問いかける。
「もう……。何回も言わせないでくださいよ! あなたの剣術に惚れたからです」
美鈴は相変わらず純真な瞳を志之崎に向ける。
「……好奇心でするようなものじゃない。それにお嬢ちゃんは大学生なのだろう? 剣術を習う必要性があるのか……?」
志之崎はあくまで冷静に質問をしているようだ。
「好奇心とか必要性とかそんなんじゃないんです! あなたの剣術に惚れた。だから、美鈴も同じように剣を扱えるようになりたい。理屈とかじゃないんです!」
美鈴の声に熱がどんどんとこもっていく。
「……お嬢ちゃんの言いたいことは分かった。だが、無理だ。俺は今、とある人の用心棒の仕事をしている。道場を開いている訳じゃない」
「え……そんなぁ……。美鈴はあなたに剣術を教えてほしい。……美鈴お金結構持ってます。美鈴の用心棒として働くっていうのはダメですか?」
美鈴はもはや手段を選ばないといった表情で問いかける。
「……それは、今の雇い主に断りを入れさせて、俺を『金で買う』ということか?」
志之崎は怒りの感情を込めているのが分かるが、淡々と尋ねる。
「いや、そんなつもりじゃ……。うぅ……でもそうなりますよね……。ごめんなさい」
美鈴は目をウルウルとさせながらも素直に謝る。
「……はぁ……。お嬢ちゃんの申し出は嬉しい。それに、何故か分からないが、お嬢ちゃんとの『縁』を切るのは良くない気がする。こんな風に思うことは初めてだがな……。……用心棒の仕事がない合間で良ければ剣術を教えよう。どうだ……?」
「え……? いいの? やったぁ! 美鈴、すごく嬉しいです!」
美鈴はぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ。
「友達も連れて来て、一緒に教えてほしいなどとは言わないでくれよ。俺は本来、剣術を教える立場ではないのだからな……」
「はい、お師匠! 美鈴頑張ります!」
美鈴は身体を忙しなく動かし、喜びが溢れ出す。
「……お師匠とは呼ばなくていい」
「えぇ……? う~ん、じゃあ、『シノさん』って呼んでいい? 美鈴のことは美鈴って呼んでほしいです!」
「……『シノさん』……。どことなく懐かしい響きだな……。構わないぞ……美鈴」――。




