二十五話 マジック女子
翌日月曜。典両大学、夕方。
「今日は特に問題なかったな。というか、深山も来てないし、王誠も絡瀬もいなかったな……。学生何人かに聞いてみたけど、知らないって言ってたし」洋平は二人の方を向く。
「そうだね。深山さんはあの一件以来、学校に来てないっぽいね。上道院先輩と絡瀬先輩は上道院コーポレーションの仕事関係で、授業を休むことはたまにあるらしいけどね」晴夏は安心と不安の入り混じった表情をする。
「う~ん。とりあえずは何もなければ、それはそれでいいじゃん! 私達三人で見張りつつ、稽古もして備えよ!」空乃が明るく提案する。
「そうだな。そうすっか!」和泉達三人は歩き始める。
すると、何やら人だかりができているのが見えてくる。すると、空乃が大声を出す。
「あ、あの子! 典両大学三大美女の小鳥遊美鈴ちゃんだ! 可愛い~! 現世に舞い降りし天使~! 美鈴ちゃ~ん! こっち向いて~」
空乃はマジックショーをしている美鈴に向かい黄色い声援を送る。
美鈴はマジックショーと書いてある看板を立てて、机の上でマジックをしている。近くに四人、燕尾服風のマジシャン衣装を着た人がいる。おそらく、マジックサークルのメンバーなのだろう。
その中でも美鈴は一際輝いて見える。
同学年のため、十九歳か二十歳だが、顔が小さくあどけなさの残る大きな瞳をしている。背は一五〇センチメートル程。まるで、幼い可憐さを残すことを目的に作った人形のようだ。少し長めのシルクハットをかぶっており、ハットから零れる色素の薄い茶色のロングヘアが非常に麗しい。服は青の燕尾服風のマジシャン衣装。衣装の影響もあってか、どこか別世界の人間に見える。
「みんな~! マジック見てくれてありがとう! コレで最後です。最後は筒の入れ替えショーで~す! ここに赤と青の筒があります。コレを紙袋に入れます」そう言い、赤と青の筒を長方形の紙袋に入れて、向きを観客から見て側面側が見えるようにする。
「赤の筒を取り出しますね。そして、この紙袋の後ろに隠します。ここで魔法をかけます。ワン、ツー、スリー、はいっ!」
美鈴は紙袋の向きを正面に戻した後、赤い筒を後ろに隠す。〝魔法〟をかけた後に筒を手前に持ってくると、筒が〝青色〟へと変わっていた。
「なんと、魔法をかけたことで中身が入れ替わってしまいます」そう言い、紙袋の中から〝赤色〟の筒を取り出す。観客は驚きの声を上げている。
「以上、マジックショーでした! みなさんありがとうございました!」美鈴と他のメンバーは頭を下げる。
そして、美鈴は頭を上げた時に和泉達の方を見てウインクをする。
「ね! 見た? 私の方を見て美鈴ちゃんがウインクしたよ! ヤバい。意識飛びそう!」空乃は興奮して飛び跳ねている。
「バカヤロ、空乃。今のは俺を見てウインクしたんだ! あんな天使みてェなウインクは初めて見たぜ。確実に俺のハート目掛けて放ってたね。俺には分かる」洋平も興奮気味に声を上げる。
「いやいや、何言ってんのヨウ? ヨウにあんな天使みたいに可愛い子がウインクする訳ないじゃん。寝ぼけてんの? 完全に私に向かってウインクしてたよ!」
「おいおいおい、聞き捨てならねェな。俺なんて今日星座占い二位だったんだぜ? ウインクの一つや二つもらってもおかしくねェよ!」
「ヨウ、星座占い信じてるの? ちなみに、私は星座占い一位だったけどね。普通に私の方が運勢良いと思うけど?」
「あァ……? アレだよ、アレ。……天使は平等に微笑むんだよ!」
「はいはい。二人共その辺にしとこうか。何か人だかりできつつあるからね~。嫌だよ、すごい痛いファンみたいな目で見られてるよ僕ら」晴夏が冷静に声を出す。
「ありゃ、ほんとだね。まあ、天使のウインクはみんなの宝だし、喧嘩するのは良くないね」空乃は校門の方へ歩き始める。
「そうだな。みんなの宝を独占しようとした俺が浅ましかったんだ……。ごめんな空乃」
「いいよ、その気持ちは分かるし。……まあ、さっきのは完全に私に向けてのウインクだったけどね」
「そっかそっか。どう見ても、確実に俺目掛けてだったけどな? まあ、ウインクのお裾分けだと思っとくわ。コレが大人の余裕って奴さ……」
「……二人とも大人げないよ。恥ずかしいから、早いとこ探偵事務所向かおうか……」晴夏は呆れつつ二人の背中を押して進んでいく――。
◇◇◇
途中で晴夏が着替えのためにアパートに戻り、晴夏の家の前でしばらく待つことになった。
「そういえば、前聞きそびれてたんだけど、何で晴夏って稽古の時女装してるの? 趣味的な?」空乃は純粋に疑問を口にする。
「あァ~。まあ、色々あってな……。渡辺さん、男が苦手なんだってさ。それで、女装してたらマシみたいで、晴夏が女装することになったんだ。今じゃもう、お互い下の名前で呼び合う仲なんだぜ」洋平は少し嬉しげに返答する。
「そうなんだ。舞里ちゃんも大変だね。でも言われてみれば、舞里ちゃんがヨウと目を合わせてる瞬間ってないかもね。まあ、この間会って少し話した程度だけど……」
「空乃、お前ェも下の名前で呼んでんのか……。何か俺だけ取り残されてる気分だわ……」
「う~ん。仕方ないと思うよ。舞里ちゃんも慣れて、ヨウと話せるようになったらいいね」空乃は優しく微笑む。
「そうだな。いつかそんな時が来たらいいな」洋平も微笑み返す。
「ごめん。お待たせ二人共」女装した晴夏がバタバタとアパートから出てくる。
「おう、行くか!」
相変わらず、ドストライクな見た目だ。何かこう、何度も見てると違う扉がそのうち開くんじゃないかと思えてくる……。
「ヨウ君……いつもありがとね。何か嬉しいよ……」晴夏は頬を赤くする。
「あ、コラ晴夏。テレパシーの乱用禁止! 俺も心をどうしていいか分からない時があるの!」変な気分のまま声を大きくする。
「あれ~? もしかして、お二人さんそういう……」空乃はニマニマしながら声を出す。
「もう、からかわないでよ空乃ちゃん! 照れるじゃん……」晴夏は恥ずかしそうに両手で顔を隠す。
「ちょいちょいちょい、晴夏さん? 何かマジな反応だよ、それ。誤解を生みそうだから止めなさい」リズミカルにツッコミを入れておく――。




