二話 女の子のような〝男の子〟
翌日。
典両大学に通学するために、一人暮らしをしているアパートを出る。少しすると声が聞こえてくる。
「ヨウく〜ん! おはよう!」と晴夏に抱きつかれる。
ほぼ毎朝抱きついてくる幼馴染の小岩井晴夏と、典両大学に登校するのが日課のようになっている。
晴夏はいつも元気だ。肩まで伸ばしたストレートのブロンドヘア。幼さの残るブラウンの瞳、可愛らしい童顔。
背が一五〇センチメートルのため、洋平と二〇センチメートル差がある。まるで、子どもが飛びついているようだ。更に声が高いため、〝男〟でありながら女子高生と見紛う程だ。
「晴夏、お前ェ会うたびに抱きついて飽きないか?」
洋平は呆れつつ尋ねる。
「え? 飽きないよ? ヨウ君に会うと安心するし!」
晴夏は純真な瞳を向けてくる。
「そうか……まあ、いいけどな。幼馴染だからこのやり取りももう慣れたわ」と笑う。
「そんなことより、昨日もゲーム? 目にクマが少しあるよ」
晴夏が洋平の顔を覗き込む。
「あァ~、『カイザーキング』のカードバトルアプリが面白くてな。ついついやり過ぎちまうんだよなァ」
本当は天啓者になったことを悶々と考えていたんだけどな……。
「そっか……。ゲームばっかりしてたらダメだよ。……あと、もし何か相談したいことあったら言ってよ」
晴夏は少し悲しげに言葉を発する。
「……そうだな。相談する必要が出たらするよ!」
意識的に元気に返答する。
「うん! 僕はヨウ君の味方だからね!」
晴夏は子どものような笑顔を洋平に向ける。
◇◇◇
大学に到着した。
晴夏とは学科が同じで選んでいる授業もほぼ同じなため、一緒に教室まで移動する。
教室に着いてどこに座ろうかと考えていると、声が聞こえてくる。
「お~い! ヨウ、晴夏~。ここの席で授業受けようよ!」
女性が立ち上がり手を振っている。
「おう。空乃、ありがとう」
そう言い、晴夏と共に席に向かう。
月下空乃は大体おしゃれなジャージとハーフパンツでいることが多い。動きやすい方が楽だからとのことだ。
背は一六〇センチメートル程で、身体が全体的に引き締まっておりスタイルが良い。パープルグレーのショートヘアで目は紫水晶のようにキラキラと紫に輝いている。
「空乃ちゃん、おはよう! 今日の人文科学のレポート難しくなかった?」
晴夏が問いかける。
「うんうん。すごい難しかった! テキスト見てもよく分からなくて、最終ネットで調べたよ」
空乃は笑いながら答える。
「だよね~。テキストのどこに載ってるか毎回教授が教えてくれたらいいのに……。まあ、調べるのも勉強なんだろうけどさ」
晴夏は口を尖らせる。
「ヨウはレポートできたの?」
空乃が明るく声をかけてくる。
「……そういや、レポート課題あったんだな……。結構レポートの加点高い授業だっけ……?」
洋平は昨日に天啓者になったことを色々と考えており、課題のことなどすっかり忘れていた。
「ヨウ……。前もゲームし過ぎてレポートしてなかったような?」
空乃は大きな目を少しばかり細める。
「ゲームをしている時間こそが俺の生きがい……。授業の単位よ、許せ……」
「ちょ、ヨウ君! まだ単位諦めちゃダメだよ! 三人で留年せず卒業しようって言ってたじゃん! この授業必修科目だし」
晴夏がやや大きい声を出す。
「うん……。そうだな……! 明日からゲームする時間減らすよ……」
儚げに洋平は呟く。
「いや、今日から減らして!」
二人のツッコミが教室に響く。
◇◇◇
放課後になり、空乃はテニスサークルに行く。
「晴夏、この後時間あるか?」
洋平は晴夏の方を向く。
「あるよ! どこ行く? 映画とか行っちゃう?」
食い気味に晴夏は言葉を続ける。
「いや、ゆっくり話したいし俺の家で話さないか?」
「ヨウ君の家……。ってことは人生ゲームだね!」
嬉しそうな笑顔を向けてくる。
「晴夏、遊ぶんじゃなくて相談があるんだ……」
今日一日考えていたが、昨日にあったことは晴夏にも共有しておくべきと判断したから……。
「相談の方か! いいよ! お菓子とジュース買ってから行こ!」
晴夏は子どものように無邪気に微笑む。
◇◇◇
買い物を済ませ、自宅に着いた。
「じゃあ、早速で悪いんだけど話していいか?」
洋平はプリンとシュークリームを嬉しそうに眺める晴夏に向けて声をかける。
「うん。大丈夫だよ」
晴夏から返答がある。
「実は、昨日変な女に襲われたんだ。信じがてェとは思うけど、火の玉とかの魔法を使ってた」
「え……ヨウ君大丈夫? 変なこととかされなかった?」
晴夏が心配そうに声を出す。
「変というか、半殺しにされたくれェだな……。正直めっちゃ怖かったわ……。それで、この話を晴夏にした理由だけど、力を貸して欲しいんだ。というのも……」
洋平が話している途中で晴夏が話し始める。
「今『テレパシー』でヨウ君の思考を読んだけど、さっき言ってたことは本当みたいだね……。それに、僕は『念力』も使えるし戦闘面でも力になれると思う」
晴夏は真剣な声だ。
「ああ、助かる。でも、晴夏は戦うのは難しいだろ? そもそもテレパシーの力を制御するのに一年近くかかった……。念力も普段から練習してる訳じゃねェと思うし」
「それはそうだけど……。ヨウ君が危ない目に遭うなら僕も戦うよ!」
晴夏は語気を強める。
「ありがとう。でも、晴夏は戦わなくていい。俺も昨日に魔法の覚醒が起こったばっかだから、しばらく修行はいると思うけど俺が戦うよ。晴夏にはテレパシーとかでサポートをして欲しいって思ってる」
「……ヨウ君にだけ危ない役目を任せられないよ。ヨウ君の思考にあった『ユウカ』さんとは話せるの? 魔法のこともだし、僕のことも聞きたい」
晴夏は真っ直ぐ洋平を見つめる。
「……そうだな。ユウカさんにも聞いてみるか。魔法のこともまだよく分かってないしな。あァ~、でも俺としかユウカさんは話せないと思う。口に出して俺は話すけど、ユウカさんの声は晴夏には聞こえないだろうな……」
「そういうものなんだね。とりあえず分かったよ。聞きたいことができたら、ヨウ君に言うね」
「ユウカさん! 聞こえますか~!」
洋平はユウカに呼びかける。
(聞こえてますよ。どうしました?)
ユウカが優しい声で返答する。
「今後の動きについて聞きたいっす。とりあえず、今俺の目の前にいる晴夏にも協力してもらおうと思ってるんです」
洋平が話し終わるとすぐに晴夏が自己紹介をする。
「ええっと。ユウカさんの声は聞こえてないんですけど、僕は小岩井晴夏といいます。テレパシー、念力の超能力が使えます。でも、普段は色んな人の声が聞こえすぎて、苦しいのでテレパシーを使うとしても基本的に和泉君にだけ使ってます」
(なるほど。この子があなたの幼馴染ね……。私の声が聞こえないのも不都合があるでしょう。テレパシーを通じて話に入れるようにしますね)
ユウカはそう言い、何か呪文を唱える。
「晴夏、俺の心をテレパシーで読んでくれ。そうすればユウカさんとの話に入れるみてェだ」
「うん!」
そう言い、晴夏が洋平の心を読む。
どこか不思議な感じだ。精神世界に三者がおり、会話をしているような感覚になる。
(小岩井晴夏、さっきは自己紹介ありがとう。私はユウカ。地球のマナバランスを取る存在、バロンスに任命された執行者と呼ばれる存在です)
「はい! テレパシーでヨウ君の心を読んだので、大体状況は分かってます!」
(話が早くて助かります。現在、マナ知覚の覚醒者が典両区を中心として増える傾向にあります。覚醒が起こると魔法や超能力に目醒める者が出てくるでしょう。そして、和泉洋平が襲われたように〝意図的に覚醒〟を促している者がいるようです)
「それってやっぱり望ましくないですよね? 俺普通に死ぬかと思ったし……」
洋平は昨日の出来事を思い出し、身体を軽く震わせる。
(そうですね。そもそも、全員がマナ知覚の覚醒をする必要もないですからね。無理やり、ましてや昨日のように手荒な手段となると負傷者や死者が出る可能性がある……)
「ですよね……。ヨウ君にユウカさんが声をかけたのは、危険なことをしている人を止めてほしいからなんですか?」
晴夏が深刻そうな声で尋ねる。
(そうです。現在、マナ知覚が大きく進んでいる地域は少ない。ここ典両区が最もマナ知覚が進んでいます。協力してもらえると助かるのです)
「なるほど……こんなこと聞くのお二人に失礼かもですけど、何でヨウ君なんですか? 年中ゲームしてて、学校の単位も落としがちで、無気力なちょっとアレな人ですけど……」
晴夏が真面目な顔で尋ねる。
「ちょいちょいちょい、晴夏……お前、急に敵になるなよ……」
虚しい声が部屋に響く。
「あ、いや悪い意味じゃないよ! 何か大きな理由があるのかと思って……」
フォローされると余計悲しみが深まるんだが……。
(和泉洋平の固有魔法は稀有なものです。特に魔法が出現した世界においては……。そして正義の心を持ち合わせている。小岩井晴夏、あなたも助けられているから分かるでしょう?)
「それは……。そうですね。僕にとってはヨウ君以上に優しくて、必要な存在はこの世にいませんから……」
晴夏が少し顔を赤らめ答える。
「晴夏、恥ずかしいから、そんなに持ち上げるなよ」
洋平は少し早口で応える。
(仲が良いのですね。そうそう今後の動きですけど、とりあえずは〝意図的に覚醒を促している者〟を探して欲しいです。ただ、お二人の魔法、超能力を鍛えないと返り討ちにあってしまうでしょう。ただ問題が……)
「問題……?」
洋平と晴夏は同時に声を出す。
(ええ、和泉洋平。あなたの固有魔法は〝体質同調魔法〟です。この魔法は現在解析している限りだと、相手の魔法属性と同じ体質になれます)
ユウカは間を少し空け言葉を紡ぐ。
(もっと正確に言うと、マナレベルでの体質の同調を行うことで、本来ならダメージになる攻撃を〝全く同じ魔法を結び合わせるように取り込む現象〟が起きます。結果、ダメージの無効化、かつマナの吸収、傷の回復ができます)
「ほえぇ……そんな仕組みなんすね……」
(問題は体質同調魔法でできることが、〝相手の魔法属性と同じ体質になれることのみ〟ということです。対魔導士には良い魔法ですが、物理攻撃に弱いのと、〝鍛える手段がない〟のです。昨日の戦闘で分かりましたが、相手の魔法を〝知覚した瞬間〟に魔法が発動し、体質同調できるようですから)
「それは……良いことじゃないっすか? 鍛えなくても強いなら」
洋平は素直に尋ねる。
(そうとも言えますが、現在の状態が完成形となると伸びしろがない……。あと、相手の魔法に依存する魔法とも言えるので、攻撃魔法が使えるかどうかも相手次第ということです)
「あァ~、たしかに。それに体質同調して相手の攻撃を無効化できても、その相手の魔法を巧く扱う方法をその場で考えないとですもんね」
洋平は顎に手を添える。
(また、体質同調魔法の解析は進めておきます。とりあえず、今できることとしては、身体を鍛えることだと思います。運動をして、動ける身体を作ってください)
ユウカは丁寧に説明する。
「了解っす。でも、運動苦手なんだよなァ……。まあ、やるっきゃねェか」
(そして、小岩井晴夏。あなたは超能力を使えます。ただ、精神負荷が大き過ぎて戦闘などで使うのは危険でしょう。私はあなたの過去の状況も見させてもらっています。人の感情が洪水のように流れ込み、精神を正常に保つことが難しかった……。無理をすることは勧められないです……)
ユウカは憂いのある話し方をする。
「……僕は超能力が目醒めた時から、この能力が嫌いでした。きっとヨウ君と出会ってなかったら、人と話すことも難しい状態だったと思います。でも、この能力でヨウ君の役に立てるなら、力になりたい……!」
晴夏は声量を上げる。
(……そうですか。……超能力も魔法と同じく〝マナを使い〟〝イメージ、想像力〟をもって〝現象〟として起こすものです。マナを使う方向性が異なるだけで、源となるエネルギーは同じです。現在使えるテレパシー、念力を鍛えましょう。どちらも鍛えれば戦闘時に強みになるはずです)
「分かりました。どちらも鍛えてみます!」
晴夏が強く応える。
(それでは二人共、こちらの都合で巻き込んでしまった部分も大きいですが、これからよろしくお願いします。できる限り一緒に進んでいきますので、遠慮なく声をかけてください)
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
洋平と晴夏は同時に返答する。
「晴夏……本当に良かったのか? 危険なことに首突っ込むことになると思うけど……」
「いいよ! 僕はヨウ君に出会って救われた。その恩を返したいし、力になりたい。それに他人事じゃないでしょ? 僕だって襲われる可能性十分ある訳だし」
晴夏は微笑む。
「……そうだな。ありがとな。一緒に街を守ろうぜ!」
洋平は晴夏に拳を向ける。
「ふふふ。急に勇者気取りだね。ヨウ君と一緒なら頑張れるよ」
晴夏は拳をコツンと合わせる――。