十八話 スーツの男達
大学が再開されてから、一週間は特に大きな動きはなかった。
洋平と晴夏は授業終わりにいつもの山で裁奈と舞里に稽古をつけてもらった。
洋平は鞭の扱いを裁奈の厳しい教育のもと学習し、ある程度は鞭を扱えるようになった。
そして、裁奈から余ってる鞭を一本もらった。
八日目。
「今のところ怪しい動きとかもないね。このまま何もないといいんだけど」晴夏が話す。
「だな。みんなの平穏を脅かすのは絶対にダメだ……」洋平はやや低い声で答える。
「ふふふ。そのセリフってアニメ『カイザーキング』だよね。ヨウ君好きだよね~」
「カイザーキングは俺のバイブルだからな。平穏を愛する俺にとっちゃ具体化されたヒーロー像だ」
「平穏って良い言葉だよね。僕も『心平穏に生きられる』ことを望むよ」晴夏は願うようにゆっくりと言葉にする。
「空乃もサークルずっと休んでくれてるしな。早く解決してェ……」
そんなことを話していると、放送が流れる。
「人文科学科二年生の小岩井晴夏さんは至急、三号館のA教室に来てください。配布書類があります。繰り返します……」
「ん? 晴夏のことじゃん。何か配布書類あるみたいだな」
「何だろ? まあとりあえず、行ってくるよ。先に事務所行っててもいいよ。話長いかもしれないし」
「分かった。先行っとくわ。じゃあ、また稽古終わりに会おう」
「うん! 僕もだいぶ強くなったからね! 稽古の成果見せてあげるよ!」晴夏は手を振りながら三号館の方へ向かっていく。
さて、俺は事務所に向かうか……。そう思い歩きだして十秒程すると、ブライトネイビーのスーツを着た同年代の男に話しかけられる。
短髪の黒髪、メガネをかけており知的で真面目な印象を持つ。目は細く冷淡な光を放っている。身長は一八〇センチメートル程だろう。
「あなた、和泉洋平さんですよね? 少しお話よろしいですか?」丁寧な声色だ。
「そうですけど、あなたは誰ですか?」洋平は訝しげに尋ねる。
「失敬、私は絡瀬一臣と申します。どうしても聞きたいことがありまして……。あなた魔法を使われますよね?」絡瀬は淡々とした口調で尋ねる。
「……魔法って何のことですか? ゲームの話?」
晴夏が呼び出されていなくなった途端に話しかけてきた……。おそらく、今までの魔法事件関連の者だろう。あえて、とぼけて様子を探るか……。
「シラを切るのですか……? コレを見ても?」
スマホの画面を見せてくる。そこには、魔法で椅子に拘束されている空乃の姿があった。
「お前ェ……。空乃に何をした……!」怒りで声量が一気に上がる。
「しー。静かにしてください。こんなところで騒ぎを起こしたくはないでしょう? 彼女は私の《束縛魔法》で動けなくしています。もちろん、遠隔操作で攻撃も可能です。私の言う通りに何もせずついて来てくれますか?」メガネの奥の瞳が冷酷に光る。
「ちっ、どこに連れていく気だ?」洋平は睨み付けながら問いかける。
「彼女の所ですよ。そこで待っておられる方がいます。あなたに会ってみたいそうなので」
「誰だそいつは?」
「これ以上は何も言えません。大人しくついて来てください」
そう言い、大学の裏手にある駐車場まで案内される。
停まっている高級車に乗るように指示され乗り込む。既に運転席には三十代程の男が座っており、そのまま車で十分程移動する。
「どこに行く気だ?」洋平が問うも返ってきたのは沈黙だけだった――。
◇◇◇
「ここです。降りてください」絡瀬に指示され、降りる。そこは廃ビルだった。
「ここに彼女もいます。あなたが余計なことをしなければ、彼女は解放します」絡瀬は相変わらず淡々とした物言いだ。
「分かってる」洋平は一言のみ返答する。
洋平と、絡瀬の二人は廃ビルの三階まで上がる。
すると、魔法で椅子に拘束されている空乃ともう一人男がいた。
その男は、品のある高級ブランドの黒いスーツを着ている。髪は肩まであるホワイトベージュ、目つきは鋭く顔立ちが良い。身長は一八五センチメートル程。また、左手につけている銀時計が目立つ。
「ヨウ⁉」空乃は不安げな表情で声を発する。
「空乃! 大丈夫か? お前ェ! 何が目的だ⁉ 空乃を解放しろ!」洋平は声を荒げる。
「貴様……うるさいぞ。騒いだからといって何が変わる? そんなことも分からん阿呆のようだな」黒スーツの男は髪を軽くかき上げる。
「何だと⁉ ぶちのめしてやるよ……!」
洋平は一気に突っ込もうとするも、絡瀬が声で制する。
「和泉さん? 何度も言ってますよね? あなたに選択権はないんです。まず王誠様の話を聞いてください」
冷酷に、そして次妙な動きをすれば空乃に危害を加えるということが伝わってくる口調だ。
「一臣が説明しないと理解できんとはな……。期待外れもいいところだ。和泉洋平、何故こんな奴にあいつらが手こずるのだか……」男は呆れたように声を出す。
「あァ? あいつらって誰だ? つか、お前ェは誰なんだ?」
「口を慎め下民。俺は上道院王誠。貴様らとは格が違うんだよ……」明らかに侮辱的でいて、王者の風格すら感じる言い方だ。
「上道院……? お前ェ……典両大学三大美男で、かつ上道院コーポレーションの御曹司の?たしか三男だったか……」
「そうだ。貴様のような下民でもその程度は分かるようだな」
「ハッ! 俺ァお前ェらみたいなイケメンとか金持ちが嫌いなんだよ。だから知ってるだけだ。有名人気取るなよお坊ちゃま。……つか絡瀬、お前ェも典両大学三大美男だったな? 今思い出したぜ……」
「そうですが、そんな他人の付けた肩書に興味はありません」絡瀬は抑揚なく答える。
「クソムカつく野郎共だな……。で? 空乃を人質にとって何がしたいんだ? 俺にビビッて人質なしじゃお話すらできませんってか……?」
「下民……貴様は重大な勘違いをしている。この女は貴様が逃げ出さないようにしている『杭』に過ぎない……。さて、本題だ。貴様、俺と戦え。他の者では捕らえることができなかったそうだな。その逃げ足だけは評価してやる」
王誠はそう言い、両手から雷を発生させる。
「あァ……そういうことか。人質プラス二人がかりじゃないと戦えないビビり坊ちゃまなんだなァ……」
「黙れ下民! 『俺』と戦えと言ってるだろう? 一臣は女の見張りだ。せいぜい、俺のマナ知覚を上げることに貢献できるよう努力しろ……」王誠は苛立ち混じりに声を上げる。
「そうかよ。じゃあ、遠慮なくボコらせてもらいますね? お坊ちゃま。《体質同調魔法――雷魔法》……!」
洋平の身体は雷魔法そのものに変化する。
「それが貴様の固有魔法か。来い……! 《雷魔法――雷槍》」王誠の詠唱と同時に雷の槍が創出され、洋平目掛けて投擲される。
「ぶち抜いてやるよ……。《雷魔法――雷纏》……!」
雷槍は洋平に触れると同時に洋平の身体に取り込まれていく。
雷纏にて、雷で神経を刺激し、身体能力を引き上げ、一気に加速する。
「聞いていた通りのようだな。まあ、本番はここからだが。《火炎魔法――炎の弾丸》」
王誠の右手から燃え盛る弾丸が洋平の心臓付近に撃ち込まれる。
「《体質同調魔法――火炎魔法》……」体質同調魔法は、炎の弾丸を〝知覚〟した瞬間に発動する。火炎魔法に変化した洋平の身体は炎の弾丸を取り込む。
「対応速度が尋常じゃなく早いな。半自動で発動するような魔法か……」王誠は分析を呟く。
「さあな? 坊ちゃんで攻撃できるかな……?」
洋平はそう言い、《火炎魔法――噴射移動》で一気に両手両足から炎を噴射し、距離を詰める。
「マナの質を見ても俺の魔法と同じように見える。『完全コピー』ができるのか。まあ、面倒な敵ではあるが、少し実験するか……」
「んな余裕やらねェよ!」噴射移動からの《火炎球》を複数放つ。
「フハハ、当たるといいな……?」
王誠は《噴射移動》で両足から炎を出し、バック宙して火炎球を躱す。そして、右手は雷魔法、左手は火炎魔法を発動する。
「さて、こういった場合、貴様はどう対応する? 《雷魔法――雷砲》、《火炎魔法――炎砲》……!」同時に曲線を描きながら砲撃魔法が飛んでくる。
洋平に魔法が直撃し、爆音が鳴る。
「ヨウ!」空乃が叫び声を上げる。
「大丈夫だ空乃……。同時攻撃もやっぱあるよな……」洋平の身体は雷魔法へと変わっている。
「予想通りだな。雷砲にはマナを少しばかり多めに込めた。貴様がそこまで知覚した上で雷魔法に変化したのかは分からんが、少なくとも、同時攻撃の際にはマナ量が多い方を優先するようだな」王誠は淡々と分析と結果を話す。
「ハハ……。理系っぽいなお坊ちゃん。まあ、マナ量が多い方を吸収できれば、ダメージを受けてもそれ以上に回復できるから問題ねェよ」
「そうか、まあそれも予想通りだな。次だ下民。この攻撃にはどう対応する? 《合成魔法》《雷魔法×火炎魔法――雷火砲》……!」
火炎魔法と雷魔法を合わせた、より強力な砲撃が放たれる。
「んなしょっちゅう、当たるかよ」
洋平は《雷纏》で身体能力を上げ雷火砲を躱し、王誠に突っ込んでいく。
「完全コピー後の魔法の扱いも存外上手いな。マナ知覚力をそれなりに鍛えたか……。まあ、俺には及ばんがな。《合成魔法》《雷魔法×火炎魔法――爆撃雷火》……!」
雷と火炎属性の広範囲爆撃が洋平を襲う。
洋平はギリギリで爆撃雷火を躱しつつ、距離を詰める。
「色んな技使うんだな、坊ちゃん。ぶん殴れるとこまできたぜ……。《雷魔法――雷の鉄拳》」雷を纏った拳が王誠に当たる――刹那、洋平は左胸に強烈な衝撃を受ける。
そのまま、四メートル程吹き飛ぶ。
「ガハッ……ガハッ……。お前ェ、俺の攻撃位置予測してやがったのか……」左胸からは血が滴り落ちている……。