十七話 ドS女王様 決着
翌日以降の五日間は同じような稽古がずっと続いた。
「ちゃぱつん、僕の《魅了魔法》にも随分慣れたみたいだね。かなり、マナを込めてるんだけど、命令が通じてない感じがするよ」
瓜生が瞳孔周辺にハート型の模様の浮いた目で話しかける。
「はい。ジャンプさせられたり、『俺はちゃぱつんだ!』って早口言葉言わされたり、タップダンス踊らされたりして、俺の精神力とマナ知覚力は鍛えられましたから」
「ふふ……。この一週間実に楽しい時間だったよ。何気にちゃぱつんは全力でしてくれるから、何回か吹き出してしまうこともあったね……」
「全力なのはミドイケ先輩の魔法の能力っすよ? 俺別に楽しんでしてた訳じゃないんで」
「またまた……。結構全力だったと思うよ。僕は良いと思う!」瓜生は親指を立てる。
「ちょいちょいちょい。俺芸人じゃないんで、みんなを笑わすためにしてたんじゃないっすよ?」
「うんうん。そうだね」瓜生はにこやかに微笑む。
「何か俺だけ全力みたいになってねェか……」
「瓜生、アンタは魔法の扱いの飲み込みが早い。《憑依魔法》で操られて魔法を使えるようになっていたのも大きいだろうが、暴走することも今ならないと思うぜ」裁奈が声を出す。
「ありがとうございます! 良かったです! 明日から大学が再開になりますが、僕はしばらく休学してモデルの仕事に専念します。もちろん、魔法は使いません」瓜生は丁寧な口調で返答する。
「おう。それでいいと思う。瓜生自身のことも見ていたが、無闇に魔法使うような奴じゃないとは思ってる。まあ、仮に騒ぎ起こしたらアタシがボコってでも止めてやるよ」裁奈は口角を上げる。
「僕が魔法を自分のためや人を傷つけるために使ってる時は遠慮せず、ボコってください。まあ、オムファタールたる僕は魔法に頼らず、人々を魅了してみせますよ……!」瓜生は左手を胸に当て、絶対的な自信を感じさせる言い方をする。
「オーケーだ。頑張れよ、オムファタール」裁奈は笑いながら返答する。
「ミドイケ先輩、これからはあまり会う機会もないかもですけど、頑張ってくださいね! 俺応援してるんで!」両腕を曲げて見せる。
「裁奈さん……ちゃぱつん……! 僕頑張ります! お二人も頑張ってくださいね! そういえば、今日もいつもみたいにこの後は実戦訓練ですか? 僕は毎回先に帰らせてもらってますけど」
「そうだ。和泉をとっとと戦えるようにしねぇといけないからな。今日で一旦の仕上げにしたいところだな」裁奈はそう言い、俺の方を鋭く見る。
「俺だって早く強くなりたい。負けないですよ……?」裁奈を鋭く見返す。
「そっか……。ちゃぱつん改めて頑張ってね。お二人共今までありがとうございました。晴夏君と渡辺さんにも挨拶したら、帰りますね」瓜生はお辞儀をした後、晴夏達の方へ向かう――。
◇◇◇
「……さて、じゃあいつもみてぇに稽古するか。両手出せ」裁奈は手錠を取り出す。
「最初は裁奈さんの趣味押し付けてるんだと思ってたっすけど、手を封じられた状態でも躱す身のこなしの練習だったんすね。俺のギリギリ躱せるかどうかの速度で鞭も振ってたし。三日目まではマジでヤバい女だと思ってましたよ」洋平は笑いながら話しかける。
「ん? あぁ~そんなとこだな。まあ、駄犬が涙目で逃げ回ってるのを見るのは愉しいけどな。それと、アタシへの闘志は消すな。戦場で闘志失ったら終わりだ……。それに闘志もない駄犬に鞭打っても何にも愉しくねぇからな」裁奈は狂気的な瞳で語りかける。
「あァ~。なるほどね……。ドSなのは女王様自身の気質なのね……」
「何うだうだ言ってんだい。アンタにしゃべってる余裕はねぇだろ?」裁奈は素早く鞭を打つ。
洋平はギリギリ鞭を躱す。
ここ一週間鞭で打たれ続けて、裁奈の動きの癖や、鞭の軌道の予測、洋平自身の動けるスピードなどが感覚的に理解できていた。
また、瓜生との稽古で精神力、マナ知覚力が上がっているのも大きいだろう。鞭での攻撃に対する恐怖心を制する精神力、マナ知覚力が上がったことで、身体一つ一つの部位の動きへの知覚が研ぎ澄まされていた――。
「躱すことに集中すれば、そうそう当たらないっすよ」
「ハッ! 手加減してやってんだよ。駄犬、あんま調子乗んな。徐々に追い込んでやるから、すぐへばるなよ……。愉しみが減っちまうからな……!」裁奈は舌舐めずりする。
「躱すだけで終わりませんよ? 女王様。今日こそ、一撃ぶち込む!」
裁奈の挙動に合わせ、予測を立てて動いていく。鞭は打ち込まれる途中でも軌道を変えられる。ただし、軌道を変えるには裁奈自身が鞭を振るなどの行動がセットになる。完全には読めなくても、ある程度絞り込んだ動きなら稽古を続けた今の俺なら躱せる。
「フン、一週間前より動きが洗練されてきたね、駄犬。次はこの動きに順応してみせろ」
裁奈はそう言い、鞭の真ん中を持ち〝鞭の先端とグリップ〟の両方で攻撃するようになる。鞭の距離が半分になった代わりに、ヌンチャクのようになった鞭が二方向から攻撃を仕掛ける。
「うおッ! 速い……」
一撃入れたいけど、この速度の二方向からの攻撃は捌ききれない……。ダメージ覚悟で突っ込んでもいいけど、多分一度当たれば連続攻撃もらってゲームオーバーだ。どうする……? 手が使えないから行動が絞り込まれる……。いや、手が使えないなら……。
「ドS女王様……。ワンちゃんに噛みつかれる覚悟はできましたか?」
「あ? 駄犬が何ナメたこと言ってんだ? ヤレるもんならやってみな……」裁奈は悦楽と期待の混じった声を出す。
鞭が当たらない範囲のギリギリを洋平は一気に駆け抜ける。
「腰抜け犬が……逃げてんじゃねぇよ」裁奈の声が聞こえる。
走った勢いで自分がこけないようにややカーブして急速ターンする。そして、走った速力を右足に集中させ地面を蹴り上げる。裁奈の顔面目掛けて砂が舞う。
「何するかと思えば目眩ましかよ」裁奈は砂を素早く躱す。
「『左』に躱すと思ってました。砂の飛ぶ方向考えれば右だと砂が舞ってますもんね」予測した方向に俺はタックルする。
「ハッ! アタシをコントロールしたつもりか駄犬? 対応なんて余裕だぜ?」裁奈は鞭をヌンチャクのように振るう。
「一撃は覚悟の上っす」鞭の先端が首筋から右斜め下に鞭痕をつくる。
痛ッエ……。でもグリップはもらう……! 次の瞬間放たれるグリップを手錠の間の鎖で勢いを殺しつつ、両手で抑え込む。このまま一瞬の隙を衝く……!
「やるじゃねぇか……和泉」裁奈はそう呟いた直後、鞭から手を離し、ガラ空きになっている洋平の上半身に連続で打撃を入れる。
「ガハッ……」洋平は口から呻き声が漏れる。
「ご褒美だ、駄犬」そのまま廻し蹴りが洋平の顔面をぶち抜く……。
「ほぉ……。まだそんな目できんのか……。アンタ意外と根性あるんだねぇ」ニヤニヤと裁奈は洋平を見下ろす。
「まだ……。一撃入れれてねェ……からな」
とはいえ、もう動くのも厳しいくらいだが。
「駄犬……。アタシはアンタを少々ナメてたみてぇだな。手枷付きでこんだけ動けりゃ、雑魚に負けることはねぇだろ。ただ、アンタの魔法は相手に依存した魔法とも言える。シンプルに体質同調で魔法ごと取り込める敵なら『最強』だろう。ただ、相手も馬鹿じゃねぇ。体質同調で単純な攻撃が効かないと分かれば、他の手段で攻撃される。それでも負けないためには身体能力、柔軟に適応した戦い方ができねぇとダメだ。まあ、アタシが言わないでも分かってるか……」
「うす……。女王様の言う通りと思うっす。俺は俺の平穏も守りたいけど、他の人の平穏も守りたい。そのためなら強くなります」
「ハッ! そんな理由であんだけがむしゃらに戦ってたのかい? アンタ面白れぇな。まだ、基礎身体能力と回避能力を引き上げただけだ。明日からも稽古つけてやる。今度は攻撃能力も上げてやるよ。アタシの教育は厳しいけど、やるか?」
「もちろん。よろしくお願いします! それに、裁奈さんの教育がクソ厳しいのは一日目から分かってるので」軽く笑いながら返答する。
「フン……。駄犬……回復してやるから、じっとしてろ」裁奈は《回復魔法》を発動する。
回復してもらいながら話す。「和泉、明日から大学が始まるんだろ? 大学には行くのか?」
「行くつもりっす。大学に友人もいますし、俺を襲った奴もいるので。まあ、俺襲った奴は今のところ学校に来てないんですけどね」
「そうか……。何故か知らんがアンタの周りで魔法関連の事件は起きがちだ。どうすっかな」裁奈は悩んだような顔をする。
「何悩んでるんですか?」
「いや、場合によっちゃ、探偵事務所しばらく閉めて大学に舞里と潜入してもいいかもと思ってな。ただなぁ……今動いてる仕事もあるから、ずっと大学にいる訳にもいかねぇんだよな。舞里は男嫌いだし、大学にずっと行かすのは流石に難しい」
「……裁奈さん良い人っすね。でも、そこまでは大丈夫ですよ。それぞれに仕事や生活があるし、稽古つけてもらえるだけで十分です」
「あぁ~。まあしゃあねぇか。……舞里は大学休学してんだ。ちなみにアンタらと同い年だ。今はアタシの探偵事務所で助手のバイトしてもらってる。舞里も常に動ける訳じゃねぇが、何かあったら動いてもらうよう頼んどくわ。アタシもできる限り協力する。グループメッセージに何かあったら連絡してくれ」