十六話 ドS女王様
翌日も裁奈探偵事務所で午前中は仕事の手伝いをし、午後から稽古をつけてもらった。
今日はミドイケ先輩に負けないというつもりで臨んだのが、いつの間にか「俺はちゃぱつんだ!」と連続で十回言っていた。
洋平はどうやら、精神力とマナ知覚力をもっとつける必要があるようだ……。
そして、今日は洋平の実戦稽古も裁奈がつけてくれることになった。
瓜生は用事があるとのことで、先に帰った。
「んじゃあ、実戦稽古といこうか。アンタ実戦経験は何回くらいあるんだ?」
裁奈が尋ねる。
「ええっと。合計三回っすね。最初に訳も分からず火の玉女に襲われたのと、大学の深山って女に襲われたのと、裁奈さんに助けてもらった大学での騒動の時です。あの時はマジで助かりました。ありがとうございます」
洋平は軽く頭を下げる。
「気にすんな。ヒガ様からの依頼でもあったし、天啓者同士なんだ協力しようぜ。つか、それなりに戦ってはいるんだな……」
「いや、でも全部逃走してたり、裁奈さん達に助けてもらったりで、ボロッボロですよ? ランニングしたり、筋トレしたりは一応してますけど、正直自分のこと弱いと思ってます」
思わず肩をすぼめる。
「まあ、そう思えてるなら上等だよ。今から稽古もするしな」
そう言い、三メートル程の鞭をカバンから取り出す。
「ん? 鞭っすか? コレで稽古?」
思わず目を丸くする。
「ホレ、両手出せ」
裁奈が近づいてくる。
「あ、ありがとうございます」
鞭を渡されると思った、洋平の両手はガチャリと手錠で固定される。
「ハ? えっ? 俺手錠はめられてんすけど。何するんですか……?」
「何って? 何回も言わすなよ、稽古だよ」
裁奈は嗜虐的な瞳で鞭を舐める。
「おいおいおい。裁奈さんソッチ系っすか? 俺痛いの嫌なんですけど……」
「痛みがないと何も学べねぇだろ? アンタみたいな不出来な弟子はよぉ……。だから、アタシがよく教えてやるよ……」
「ちょ、ちょ、マジで言ってます? この状況で何するんですか……?」
「キャンキャンうるせぇよ……駄犬。アンタは黙って、鞭打たれときゃいいんだよ……。嫌だったら、必死に躱すんだね」
「何か犬に格下げされてるし……」と言ってる間に、裁奈は鞭を振り上げ、洋平目掛けて打ち付ける。
「危なッ……!」
間一髪躱すも、鞭が当たった木には鞭の跡が残っている……。
「マジで怪我するレベルなんすけど……。えっ、コレ躱し続けるんですか?」
「はぁ……。何回も言わねぇと分かんねぇのか……。すこぶる頭が悪いみてぇだな。身体で覚えろ駄犬。アタシの鞭は痛ぇぞ……?」
裁奈は暴虐な瞳で冷徹に言葉を発する。
「あ、ダメだ……。この人……目イッちゃってるわ」
「しゃべれるくらい余裕があるんだな駄犬。速度上げてくぞ……?」
裁奈は洋平のギリギリ躱せるか、躱せないかの速度で鞭を振るい続ける――。
◇◇◇
「はァはァ……。クソが……。十分以上経ってんじゃねぇか……?」
洋平は身体中、鞭による傷や痣だらけだ……。
「もうギブアップか? 駄犬。アタシとしてはもっと情けねぇ鳴き声聞かせてほしいけどな」
「ドS女王様よォ……。手錠かけたくらいでいい気になるなよ……。俺ァ『平穏』を愛してるんだ。痛いのも辛いのも嫌いなんだよ……」
「ふ~ん、で? 駄犬に何がデキんだ? アタシに何かデキるとでも思ってんのか?」
「お前ェの鞭の動きは何度も見た。躱して、一撃入れてやるよ……!」
「……駄犬。口の利き方から教えねぇといけねぇみたいだな。痛くするぜ……」
裁奈の目に残虐な光が奔る。
裁奈の鞭は先程よりもキレが上がっていた。
だが、洋平もただ鞭を受け続けた訳じゃない。
裁奈の挙動、鞭の軌道、手錠をかけられていてもできる動き、これらを総合して行動に移せばいい……!
「ハッ! さっきよりは多少マシな動きになったな、駄犬。ほら、あと五歩だ。近づいてこいよ。できるならな……」
「言われなくてもぶっ飛ばして差し上げますよ。女王様……!」
一気に加速し、蹴りを入れようと足を振り抜く……。
刹那、軸足にしていたもう片方の足を鞭で払われる。
「なッ……」
洋平はその場でバランスを崩し、倒れ込む。
「無様だなぁ、駄犬。アンタじゃアタシに一撃すら入れられねぇ。もういいや……。『裁奈さん、回復してください』って頼めば回復してやるよ」
裁奈は洋平を見下ろしながら言葉にする。
「おいおいおい……。俺もナメられたもんだな……。んなこと……」
話している途中で激しい鞭の一撃を腹部に入れられる。
鞭は痛覚を異常に刺激する。身体が痛い、危険だと警鐘を鳴らす。
「……早く言えよ駄犬。これ以上痛いのは嫌だろ……?」
恍惚とした表情で裁奈は呟く。
「…………裁奈さん、回復してください……」
「ハハハ。よく言えたぞ、駄犬。回復してやろう」
そう言い、裁奈は《回復魔法》を発動する。
――傷はほぼ回復したな……。俺の平穏を脅かす存在は許さねェ――。
洋平は両手両足を使い、思いっきり跳びあがる。
直後、むにゅっと柔らかい感触を感じる……。
ん……? 洋平はどうも裁奈の胸に頭から突っ込んだようだ……。
「発情してんじゃねぇよ、駄犬!」
鞭のグリップで鳩尾を強烈に突かれる。そのまま、後ろに倒れたところへ、鋭くしなる鞭が左肩に当たる。
「ガハッガハッ…………。痛ッてェ……」
「おい、駄犬。わざと胸狙った訳じゃねぇだろうな? ……だが、今の闘志は良かったぞ……。その闘志を忘れんな。ヤラれることに慣れた犬しばいても面白くねぇからよぉ……。その傷は回復してやらん。今日一日身体に刻み込んどけ」
裁奈はやや熱を帯びた声で話した後、そのまま晴夏達の稽古をしている所へ向かって歩いていく。
「……クソッ……。次は絶対に負けねェ……! …………女王様の胸柔らかかったな。てか、俺手錠かけられっぱじゃね……?」
何か複数の感情が一気に溢れてきてる感じだ……。