十四話 女装男子の優しさ
一方その頃、晴夏と舞里は稽古をせずに話し込んでいた。
「あなた……女装が趣味なの?」
舞里は淡白に質問する。
「え? いや、趣味ではないよ。たま~にするくらいかな。たま~に」
晴夏は少し照れながら答える。
「そう……。あなたは超能力でテレパシーも使えるのよね?」
「そうだよ」
「じゃあ……私の心も読んだの……?」
「……無意識にだけど、読んじゃった……。渡辺さんが男嫌いな理由も何となくは分かってる……」
晴夏はあえて舞里から目を離すことはしなかった。
「それで女装? 私に気を遣ったの……?」
舞里は目線を逸らす。
「そうだね。僕にはこのくらいしか思いつかなかった。仮に女装したところで、渡辺さんの感じている嫌悪感がなくなるとも思ってないけどね」
晴夏は素直に思っていることを伝える。
「ふーん。……逆にあなたは嫌じゃないの? 嫌悪感どころか敵意を向けられてる相手に稽古頼むなんて」
舞里は軽く睨むように晴夏の方を見返す。
「そうだねぇ……。渡辺さんとは会ってすぐだから、素直に答えた方が良いタイプなのか、オブラートに包んでゆっくり仲良くなった方が良いタイプのか分かんない。でも、長く男と話すのは嫌。それだけは分かる。だから素直に話すね。普通に嫌だよ? 気まずいし」
「……すごく……はっきり言うのね……」
舞里は軽く驚いた表情をする。
「うん。テレパシーで心読まれながら話すのも嫌だろうし、僕もしたくない。だから、僕の素直な気持ちを伝えた。……僕は今まで、テレパシーの能力で、口で言ってることと、心で思ってることが違うことの気持ち悪さ、恐怖を、心が壊れそうになる程知ってるから……」
「……あなたも心が壊れそうになったのね……」
十秒程間を空けて舞里は言葉を紡ぐ。
「私も……心、魂が殺されそうになった……。私は大学に入ってしばらくしてストーカーに…………」
言葉を発する前にパニック発作が起こる。
「うっ……ぐっ…………」
舞里はぜぇぜぇと荒い息遣いになる。
「渡辺さん……! 君の話はしないでいいよ。発作の頓服薬とかあったりする? お水持ってるよ」
晴夏は焦りつつも話しかける。
「……うぅ……。だい……じょうぶ。少ししたら、落ち……着くと思う」
舞里は青ざめた顔だ。
「とりあえず、お水近くに置いとくね。離れとくから、安心して。僕は君の味方だよ……」
そう言い、舞里の視界に入らない所で待機した。
十分程すると、舞里から話しかけられる。
「ごめん……まだ、やっぱり難しいね……」
「渡辺さんは何も謝ることはない。むしろごめんね、僕の稽古つけようとしてくれたから……」
「それは違う……。私はあなたを選んだ。たとえマシだったという理由でも。あなたに興味があったのも事実だから……」
「それは……男性恐怖症を克服したいから……?」
「……それもある。けど、それ以上に和泉君と小岩井君。尋常じゃなく仲の良かったあなた達に興味があった……。あなたはどこか中性的な『心、魂』を持っていそうだと感じた。勝手な話よね……」
舞里は俯く。
「ううん、そんなことないよ。僕も渡辺さんを見て、可愛らしい子だな。でも……何か重いものを背負ってるな……って思ったもん。人に対して何かを思うことに良いも悪いもないよ。相手に害を及ぼすのはもってのほかだけどね」
「……そう。小岩井君は優しいのね……」
「そうかな? 渡辺さんも十分優しいと思うよ? 僕が色々打ち明けたから、自分も話さなきゃって思ってくれたんじゃない? 僕は勝手に素直な物言いしただけ!」
晴夏は微笑む。
「……ありがとう。……私……昔から人と話すの苦手で、友達いないの……。良かったら友達になってくれない? あなたなら、多分……大丈夫な気がする」
舞里は初めて、晴夏の目をじっと見つめる。
「いいよ! なろう! 友達!」
晴夏は嬉しさで顔が明るくなる。
「いいの……? こんな私で?」
舞里は嬉しさ半分、戸惑い半分といった表情だ。
「何言ってるの? 渡辺さんは優しいし、僕も友達になりたいもん!」
「……ありがと。……名前で呼んでもいい?」
「全然いいよ! 僕も呼んでいいのかな?」
「……うん。舞里でいい」
「じゃあ、舞里ちゃん、これからよろしくね!」
「こちらこそ、晴夏ちゃん……」
数秒、間が空く。
「…………ちゃん? 僕一応男だけど、晴夏君じゃダメ?」
「……ちゃんの方が呼びやすい……。ダメ……かな……?」
舞里は俯き加減で、潤んだ瞳をのぞかせる。
あぁ~、こういう時に無意識にテレパシーで心を読んじゃうのは本当に良くないな……。相手にとってもだし〝自分〟にとっても。
相手の心が分かると、期待している返答が分かってしまう。そうなったら、こう答えたくなるじゃん……。
「いいよ。晴夏ちゃんで……!」