十三話 オムファタールの魅了魔法
魔法講義終了後、三十分の休憩を挟んでから、探偵事務所の近場の山に行き、稽古をつけてもらうことになった。
「そんじゃ、稽古つけっか。あんま長いとアタシもしんどいから、二時間くらいな。アタシは和泉と瓜生を見る。舞里は晴夏を頼んだぞ」
裁奈が声を出す。
「……分かった、裁奈さん……」
淡々と舞里が声を出す。
「よろしくね! 渡辺さん」
晴夏が無邪気な笑顔を向ける。
「……あまり話さないで……」
渡辺は顔を背ける。
「あゎゎ。ごめんね。じゃあ、行ってきます」
晴夏と舞里は少し離れた所へと移動していく。
「そいじゃ、どっちから稽古する? それか、瓜生の《魅了魔法》を和泉に使って、どっちも稽古するのもアリだけどな」
裁奈は真面目なトーンで言葉にする。
「えぇ……? 魅了魔法って女性にしか効かないんじゃないっすか?」
洋平は思わず尋ねる。
「ちゃぱつん……。オムファタールである僕なら、性別なんて壁、容易に超えてみせるよ」
瓜生は自信満々に答える。
「う~ん、何かコレで俺が魔法かかったら、ミドイケ先輩に魅了されてることになるんすよね。なんか……どうなんだろ……」
「ちゃぱつん、魅了するのは女性だけじゃない。それに男性にも限らないよ? 僕は全ての生物を魅了する、そんな存在になりたいんだ……!」
瓜生の声は熱を帯びる。
「ミドイケ先輩……。めっちゃ強欲じゃないっすか。全ての生物を魅了するとか野望デカすぎないですか?」
「ふふ……。僕は全てを魅了するために生まれてきたんだ。そのための努力も怠っていない。さあ、ちゃぱつん、そこに座って……。そして僕の目を見るんだ」
「分かりましたよ。そこまで言うなら、俺を魅了してみてください」
……よくよく考えると、何で俺ァミドイケ先輩の言う通りに動いてんだ? まさか……コレもオムファタールの力か……。
二十秒程見つめ合う。どことなく、心が動いているような感覚はあるが、特に大きく変わった点はなかった。
瓜生が魔法の発動に疲れを感じたため、一旦休憩する。
「はぁはぁ……ちゃぱつん、どうだい? 僕の魅了は?」
「そうっすね……。まあ、その……俺そこまで尻の軽い男じゃないんで。この程度じゃ効かないですかね……?」
なんとなく、ミドイケ先輩に勝った感があるな……。
「和泉、こっち向け」
裁奈に頬を鷲掴みにされ、顔の方向を変えられる。
「ぐぇ……。ちょいちょいちょい、何すか。裁奈さん?」
「ほんの少し、目にハート型の模様が浮いてる。和泉、頭ん中で声は聞こえないか?」
「えぇ? う~ん、何か『ちゃぱつん、ちゃぱつん』聞こえてますけど、コレってミドイケ先輩がずっと呟いてるんじゃないんですか?」
「ちゃぱつん……僕を何だと思ってるんだい? そんな変態じゃないよ。さっき、魔法を使ってる時はちゃぱつんを魅了するために『ちゃぱつん、ちゃぱつん』って心の中で思ってたけどね」
「ほーん、なるほどね……。和泉、アンタしれっと魅了されてるよ」
「え? マジすか?」
「推測も含むが、瓜生の魅了魔法は『目を見た相手に任意の命令を下せる』能力だ。今の実験で分かったが、男女は関係ないようだ。まあ、女の方がかかりやすそうだけどな。今回は意味のない単語だったから、何もなかったが『ジャンプしろ』とか命令をしたらすると思うぜ」
「ほら! ちゃぱつん、僕に魅了されてるじゃないか!」
瓜生は嬉しそうな顔をする。
「……そんな……俺がミドイケ先輩に……。嘘だ……! 料理がうまくて、言葉の端々に優しさを感じて、かつ顔が良いのにそれを嫌味っぽく感じさせないだけなのに……」
「和泉~? アンタめっちゃ瓜生褒めとるぞ……?」
裁奈はやや笑う。
「またしても、人を魅了してしまったか……。僕はなんて罪深い男なんだ……」
「ミドイケ先輩……。俺負けたくないっす。ちょっと休んだらもう一回魔法やってみてください。俺……負けないっす」
「望むところさ……。さあ、始めようか……」
「何か、ボケ渋滞してきてんな……。まあいいや。この訓練は双方にとって良いものだと思う。瓜生は魔法を自発的に使うことで、魔法コントロールの練習になる。和泉は瓜生の魔法にかからないように精神力、マナ知覚力を鍛えられる。一石二鳥だ。どっちかが暴走したら、アタシの荊罰魔法で止めてやるから、頑張りな」