一話 死にかけながら受ける〝天啓〟
拙作「星の代理戦争~Twin Survive~」の十年後のお話です。
「独立作品」なので、「マナの天啓者」から読んでも大丈夫です!
夜。都内にある典両区の空き地で一人の男が襲われていた。
「ちょいちょいちょい、待て待て待て! 何で俺ァ襲われてんだ⁉」
洋平は声を荒げる。
「君に覚醒の可能性があるから……」
女は定型業務のように機械的に答える。
女といっても、全身黒いローブで覆われており、フードもかぶっている。胸の膨らみがローブ越しでも分かるのと声が高音のため、女だと何とか判断できる程度しか情報がない。
「覚醒? 何言ってんだ? それにその炎はなんだ⁉ 火薬を使ってるようには見えねェし……」
洋平は恐怖する。情報量が少なすぎる……。
今日もいつも通り大学に行って、夕飯の買い出しに行こうとしていただけなのに……。
「コレは火薬じゃない。『魔法』と呼ばれるもの。君に魔法を使える可能性を感じた。だからこうして追い込んで、魔法の覚醒を促してる訳……」
女は淡々と言葉を紡ぐ。
「……は? 意味分かんねェぞ」
「まだ覚醒しないなら、更に追い込むまで……《火炎魔法――火炎球》」
女は両手に火の球を二つ作る。そして、高速で洋平目掛けて放つ。
「おいおいおい、こんな所で死ぬのは御免だぞ……」
火の球の一つを何とか躱す。
しかし、女からすればブラフに過ぎなかったのだろう。
直後、鳩尾付近にもう一つの火の球が命中する。
「ガハッ……」
鳩尾から身体全体に広がっていく痛み。
また、煙と炎を吸ったのか、鼻と喉が焼けるように痛い。
溢れる涙がその場で蒸発していく……。目が潰れそうだ…………。
し……死ぬ……。身体中の血が沸騰してるみてェだ……。熱い……熱い……。助けて…………。
何だ……過去の記憶が甦る……。コレって走馬灯か……? 親父、母さん…………。
すると聞いたことのない神聖な声が聞こえてくる。
(和泉洋平。ここで死んではなりません。あなたには稀有な魔法の才がある。街を守るためにそしてあなた自身を守るために……)
脳内に直接話しかけられている感覚だ……。
――瞬間、意識が戻る。
「ガハッ……ガハッ……ゴボッ…………」
その場で嘔吐する。血液混じりの体液が飛び散る。
熱傷の痛みが酷い。呼吸もしづらい……。
(和泉洋平。あなたの魔法の覚醒を促します。時間がないので少し手荒にいきますよ)
神聖な声が聞こえた後、自分自身の存在そのものが大きく揺さぶられている感覚がある。
なん……だ? これ……? でも明らかに変わった。世界の見え方、感じ方……〝知覚〟の仕方が変わった……。
より鮮明に、より詳細に全ての〝モノ〟を認識できている感覚だ。
「……ゴボッ……ゴボッ…………。……あァ~、気分悪ィ……。けど、何とか……できそうかも……」
再度、吐瀉物が口から溢れ出る。
何とか女を見据える。
「この感じ……覚醒したの……? 良かった。でも君……不思議なマナをしてる。今まで感じたことのないもの……」
やや驚嘆混じりの声が返ってくる。
「…………マナ……? 『あらゆる物質、非物質に宿るエネルギー』とかいう奴か……?」
洋平は息を少しずつ整えた後、尋ねる。
「そう。君、何やら詳しそう。仲間になってもらうならちょうどいい……」
「……詳しくなんてねェよ。興味がちょっとあるだけだ。つか、急に襲い掛かってくるような女の仲間になんて俺ァなりたくねェぞ……」
徐々にふらつきが減ってくる。
「そう。じゃあ、実力行使」
短く女が話した後、火の球が複数飛んでくる。
こんな訳わからんとこで死ねるか……! 何としても生き延びてやる……!
魔法使えるんだよな? 俺? 一体どんな魔法が使えるんだ……?
次の瞬間火の球が複数洋平に直撃する…………。
ヤバい……!
「……ん? 痛くねェ。むしろ傷が回復した……?」
洋平は身体を見回す。そこで、明らかな異常を目にする。
身体が炎に変わっている。
正確には、自分の身体の形を残したまま、炎の魔法そのものになっているようだ。
茶髪だった地毛も炎のように赤くなびいている。
「君……。その『固有魔法』は何……?」
女は驚いた様子だ。フードから少し目が見える。
紅色の瞳だ。まつ毛が長くどこか妖しい印象を抱く。
「こいつァ……何だ……?」
直後、神聖な声が聞こえる。
(間に合ってよかった。あなたの固有魔法は〝体質同調魔法〟です。相手の魔法属性と同じ体質になれます。結果、ダメージの無効化、傷の回復ができます)
「ええっと……。何かよく分かんねェっすけど、攻撃無効化できるんすか?」
洋平は声に出して質問する。
その様子を見ていた女は「君、誰かと話してる? 幻聴でも聞こえてる?」疑問混じりの声かけをする。
「あ、コレ俺にしか聞こえねェのか……。まさか……俺、選ばれし勇者とか……⁉ いや、選ぶならこんな死にかける前にして欲しかったなァ……」
期待半分、落胆半分といったところだ。
不思議と恐怖の感情は薄れていた。
(それは、ごめんなさいね。まさか、こんな状況になるとは思っていなかったの)
神聖な声が謝罪の言葉を出す。
「あ、いやいやいや。こちらこそ、ごめんなさい。今のは急な事態に焦って、愚痴を零した感じです。めっちゃ感謝してます!」
早口で感謝を神聖な声の主に返す。
「……頭のイカれた人……。ずっと一人で話してる。でも、魔法の才はありそう。連れてく」
女はゆっくりと、そして敵意を持って言葉を発する。
「攻撃が効かねェなら、怖さも減るぜ……! いくぞ!」
と言いつつも、攻撃一撃入れたら逃走する算段だけどな……! 勝てる気がしねェからよ……。
「《火炎魔法――火炎球、火炎放射》……」
女の詠唱が聞こえる。火の玉が一気に複数放たれ、洋平を正面から火炎放射が包み込む……。
「……流石に自分から炎に飛び込むなんて、怖すぎだわ……。でも、手が届く所まで来たぞ!」
女に突っ込む。そして、洋平も《火炎魔法――火炎球》を放つ。
「その技……! 《火炎魔法――火炎盾》」
女は驚きつつも、火炎で創出した盾で攻撃を防ぐ。
「もう一発喰らェ!」
そう叫び、右手を振る動作をする。女は今までの状況から攻撃がくると判断し、防御姿勢をとったようだ。
洋平はそのまま、女の横を通り過ぎ全力ダッシュで逃走する。
……魔法に覚醒したみてェだけど、そんなすぐに戦闘できる訳がねェ。それに、俺ァ〝平穏に暮らせるのが一番の望み〟だ。
「君……あの流れで逃げる……?」
女の声が聞こえる。
直後《火炎の矢》が飛んでくる。
そして洋平の背中を貫く……。
「ゴアッ……。……流石に衝撃はくるな……」
だが、同時に火炎の矢は〝洋平の身体に取り込まれる〟。
「何なの……あの人……」
空き地に一人残された女は、呆然と呟く――。
◇◇◇
洋平は全力ダッシュで逃げながら、神聖な声の主に問いかける。
「あの~、この身体が炎の状態ってどうやって戻すんですか?」
(魔法は〝マナを使い〟〝イメージ、想像力〟をもって〝現象〟として起こすものです。元の身体に戻すイメージをもってください)
「了解っす」
言われた通りに念じる。すると、洋平の身体は元通りに戻った。
服なども燃え尽きてるのではないかと思ったが、そのままだった。
とりあえず、ダッシュで家に戻り息を整える。
その後、神聖な声に話しかける。
「ありがとうございました。今更ですけど、あなたは一体何者ですか?」
(私はユウカ。地球のマナバランスを取る、〝超上位存在バロンス〟に任命された〝執行者〟です。私はあなた達人間の一次元上の存在にあたります)
「え……超上位存在……? 何ですかそれ……?」
(正確には違いますが、神様……という認識が最も近いですね)
「神様……。じゃあ、ユウカさんは神の使いってことですか?」
(まあ、そのようなものです)
「神の使いがなんで俺なんかに……?」
急な話過ぎてよく分からないながらも問う。
(あなたの魔法の才、そして正義の心を見込んで声をかけさせてもらいました)
「なるほど……。魔法の才能は正直よく分かりません。でも正義感はそこまで強い方じゃねェ気がするんすけど、俺で大丈夫ですか?」
やや自信なさげに尋ねる。
(あなたは優しいでしょう? 過去の行動も少しばかり見させていただきました。普通の人はあそこまで、寄り添い続けることはできないです。それに〝平穏を望む心、魂〟は大事な要素です)
「え……。過去の俺の行動を見てたんすか? シンプルに恥ずいな……。えっと、どのタイミングを見て優しさを感じたんですか?」
(小学生時代の幼馴染の男の子とのやり取りです)
「そんな昔から俺のこと見てたんですか?」
じわじわと恐怖が胸の内に広がっていく……。
(執行者には超常的な力をバロンスより与えられます。その一つとして、特定の人間の過去を見ることができるのです。ある程度、〝影響力のあるタイミング〟に絞り込むことも可能です)
「なるほど……それで、俺の過去の行動を知ってたんすね……」
仕組みを知り安心した反面、胸の内の恐怖はいまだに取れない。変な感覚だ……。
(話を本題に戻しますね。あなたに声をかけたのは、この街を守る役目を担っていただきたいからです。具体的に名称も伝えれば私の〝天啓者〟として行動してほしいのです)
「ええッ……。魔法が使えるようになったみたいではありますけど、俺普通の大学二年生っすよ? 街を守るとかは流石に……」
驚きのあまり言葉に詰まる。
(安心してください。あなた一人で街を守ってもらおうとは思っていません。私と同じように執行者は他にもおり、天啓者もちょうどここ典両区にいます)
ユウカは安心感のある口調で言葉を紡ぐ。
「それはちょっと安心しました。けど、俺ァ平穏に暮らせればそれでいいんです。できれば、俺なんかより才能も正義感もある人を探してもらった方がいいかと……?」
洋平は単純に役目を果たせる気がしないのと、自分の平穏を脅かされるのは困るという考えから返答する。
(そうですか……。あなたは稀有な魔法を扱えて、かつ私が見込んだ良き心の持ち主です。それにマナ知覚の覚醒者は典両区を中心として増えている傾向です。ご友人や知人が巻き込まれる可能性もあるのです……)
ユウカは丁寧な声色で、淡々と洋平を追い込む発言をする。
「それは……。……ユウカさん……あなた性格悪いって言われません?」
(良い性格してるね、とは何度か言われました)
少し楽しげに返答がある。
「……俺の幼馴染のことも知った上でのお話かと思います。俺ァ自分の平穏も守りたいけど、大切な人達の平穏も守りたいです……。ユウカさんの天啓者になればみんなを守れるんですか?」
(必ずとは約束できません。ただし、あなたの固有魔法の解析、バロンスより許可があれば一次元上の情報でも共有が可能です)
「なるほど……。あくまで『人間界』で動くのは俺って感じっすね。でも情報共有とか俺の固有魔法について教えてもらえるのは助かります……。正直、色々思うところはありますけど、ユウカさん。あなたの天啓者になります」
(そう言ってもらえてよかった。一緒に街を守りましょう!)
ユウカは嬉しげに声を出す。
(あ、そうそう。私と話す時は言葉を口に出す必要はないですよ。念じてください)
(そうだったんすね……。そういうことは早めに言って欲しかったっす。なんか俺がひたすら独り言を呟いてたみたいじゃないですか……)
軽く笑いながらユウカに〝念じる〟ことで返答する――。