自覚する想い
フィールドワークで遭難トラブルがあったものの、その後の魔獣観察の授業は通常通りに戻っていた。
エヴリンは遭難中、ギルバートに思い切って、どうして自分に敵意を抱いていないのかや東マギーアのことを少し聞いてみて少し誤解が解けた。
それにより、二人の距離は近付いた。
しかし、現在エヴリンの中では新たな問題が発生していた。
ある日の昼休み。
友人達と昼食を終えたエヴリンは、ひと足先に魔法薬学の授業に向かおうとしていた時のこと。
「やあ、エヴリン嬢」
「……ご機嫌よう、ギルバート様」
学園の廊下でギルバートと会った。
エヴリンは思わずギルバートから目を逸らしてしまう。
「エヴリン嬢、次回の魔獣観察の授業のことだが」
「ごめんなさい、ギルバート様。今急いでいるの。その、次は魔法薬学の授業だから」
「ああ、そうか。済まない」
エヴリンは素早くギルバートの元を去る。
最近ギルバートと会ってもいつもこうなのだ。
(どうしよう……。あの時の遭難以降……ギルバート様の顔をまともに見ることが出来ないわ)
エヴリンの顔は赤く火照っていた。エヴリンは両手でその顔を覆いしゃがみ込む。
エヴリンの脳裏に占めるのはギルバートのことばかり。ドラゴン型魔獣の攻撃により川に落ちた際、迷わずエヴリンを助けに来てくれたこと。小型魔獣の攻撃から守ってくれたこと。左足を挫いた際、エヴリンを横抱きにして運んでくれたこと。そしてふとした時のギルバートの優しさや笑顔。
(ギルバート様のことばかりだわ。本当はもっと話をしたい。だけど、ギルバート様と一緒にいたら心臓が煩くなる。まともに考えられないわ)
エヴリンは最近魔獣観察の授業以外でギルバートを避けてしまっていたのだ。
(ギルバート様のことが……好きになってしまったわ……)
止められない恋心に戸惑ってしまう。
(ギルバート様は東マギーアのお方。私は西マギーアの人間。色々な問題が絡んで来るわ……)
ギルバートとの交流で、東マギーアへの恐怖と誤解は少しだけ解けていた。
しかし個人同士では打ち解けることが出来ても、国同士が絡む問題は個人同士だけで簡単に解決出来るものではない。
(私、どうしたら良いの? それよりも、これからの魔獣観察の授業、ギルバート様とまともに話すことが出来るかしら?)
エヴリンは大きなため息をついた。
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数日後の昼休み。
エヴリンは友人達と学園のカフェテリアでランチを食べていた。
「エヴリン様は、ソルシエ魔法祭ってご存知?」
「ソルシエ魔法祭? それは何かしら? ソルセルリウム帝国のイベントなの?」
友人の口から聞き慣れない単語が出て来たので、エヴリンは首を傾げる。
「ええ、そうよ。ソルセルリウム帝国帝都ソルシエで開催される大きなのお祭りよ。光の女神ポース様と闇の神スコタディ様に感謝を捧げると共に、ソルセルリウム帝国の更なる繁栄を願ったものなの」
「ソルセルリウム帝国屈指の規模のお祭りなのよ。もうすぐ開催されるのだけど、お祭りの日はもう凄い騒ぎなのよ」
エヴリンの友人達は皆ソルセルリウム帝国の令嬢なので、ソルセルリウム帝国の祭りやイベントなどに詳しいのである。
「まあ、それは見てみたいものね」
エヴリンはソルシエ魔法祭を想像し、少しワクワクした。
「お祭りは毎年五日間開催されるのだけど、最終日にソルセルリウム帝国帝室の方々が咲かせた光の花と闇の花を大聖堂にあるポース様とスコタディ様の像の前に捧げるイベントかあるの」
「そのイベントで、一緒にポース様とスコタディ様の像の前に花を捧げに行った男女は結ばれるという言い伝えがあるのよ」
令嬢達はうっとりとした表情である。
「結ばれる……!?」
エヴリンの脳裏にギルバートの姿が浮かぶ。
「あら、エヴリン様、目の色が変わったわね。意中の相手がいるのかしら?」
「それは……その……」
一人の令嬢にニヤニヤと詰め寄られ、エヴリンはたじろぐ。
「意中の相手がいる人はそんな風に楽しめて良いわね。私の婚約者はソルシエ魔法祭に興味すら示していないわ」
「あら、諦めずに一緒に光の花と闇の花を捧げに行ってみてはどうかしら? ご婚約者の方との絆が深まるかもしれないわよ」
「私は、幼馴染を誘ってみようかしら? ずっと好意を寄せているのだけれど、想いを伝える勇気が出なくて……」
「これを機に頑張ってみてはいかがかしら?」
令嬢達は光の花と闇の花を捧げるイベントの話で盛り上がっていた。
(ギルバート様と一緒に光の花と闇の花を捧げに行ったら……私達は結ばれるかしら? ……その前に、ギルバート様は誘っても来てくれるかしら?)
エヴリンの胸の中に、期待やときめき、そして不安が広がる。
(でも待って。そもそも単なる言い伝えよね? ギルバート様と一緒に光の花と闇の花を捧げに行ったとしても、結ばれるとは限らないわよね……。だけど……)
エヴリンは悩み始めていた。
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魔獣観察の授業にて。
ソルシエ魔法祭のことを聞いたエヴリンは、授業中チラチラと隣にいるギルバートのことを見てしまう。
ギルバートは目の前にいる魔獣の特徴をノートにまとめていた。
「エヴリン嬢、どうしたんだ?」
「あ……」
ギルバートはエヴリンからの視線に気付いたようだ。
「何でもないわ」
エヴリンは咄嗟に目を逸らしてし、目の前の魔獣について必死にまとめ始めた。
(ソルシエ魔法祭の最終日、ギルバート様と一緒に行きたいけれど……ギルバート様を誘ったら、気持ちに気付かれてしまうわよね……)
エヴリンは軽くため息をつく。
「エヴリン嬢、大丈夫か?」
エヴリンがいつもの様子とは違うことに気付いたギルバート。彼は優しくエヴリンを案じてくれている。
その声は、エヴリンの心臓を高鳴らせる。
「大丈夫よ。ありがとう」
ギルバートの優しさに、嬉しくなり泣きそうになってしまう。
(やっぱり……ギルバート様のことが好きだわ)
色々と思い悩む中、その気持ちは確かなものだった。
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数日後。
この日は授業がない休日である。
エヴリンはあらかじめ寮の管理人に外出届を提出していた。
この日エヴリンは帝都ソルシエの店に買い物に行くのである。
(こうしてソルシエの街を回るのは初めてかもしれないわ)
エヴリンは帝都ソルシエの街並みを新鮮な気持ちで眺めていた。
普段エヴリンは休日、魔法薬学の本を読んだり、寮にある実験室の使用許可を取り魔法薬の調合をしているのだ。
初めてソルセルリウム帝国に来た時と同じように、帝都ソルシエの街には最新の魔道具が至る所にある。
空にはドラゴン型魔獣が移動手段として飛び交っている。
(ついつい無駄遣いしてしまいそうだわ)
エヴリンは最新の珍しい魔道具を見て目をキラキラと輝かせた。その目はまるでサファイアのようである。
(だけど、今日の目的は本屋よ。魔法薬学の第一人者が書いた最新の本が出たから、絶対に買わないと)
エヴリンは心躍らせながらソルシエで一番大きな本屋に向かった。
「わあ……凄いわ……!」
本屋に入ると、エヴリンは思わず簡単の声を漏らす。
数多くの種類の魔導書や、魔法薬学などに関する本が取り揃えられていた。
更に、大きな本屋なので高い位置の本は人間に従順な小型魔獣が取ってくれる。
このラベンダー色の毛並みをしたマーモセットのような魔獣は本棚の壁を伝って軽々と高い場所まで登り、客の希望した本を素早く取ってくれるのだ。
自分の体よりも大きな本も軽々と運んでいる。かなり力持ちの魔獣である。
「わあ、ありがとう」
エヴリンも魔獣に頼み、お目当ての魔法薬学の本を取って来てもらった。
代金を支払い、ウキウキした様子で本屋を出たエヴリン。
(一番の目的は果たしたし、後はソルシエの街をぶらぶらと歩こうかしら)
「エヴリン嬢?」
そう思った矢先、エヴリンは声をかけられた。
ドキッと胸が高鳴るエヴリン。
優しく凛としたその声は、エヴリンがよく聞いたことがある声だ。
「ギルバート様……」
エヴリンは少しぎこちない笑みになってしまう。
(どうしよう、今会うとは思わなかったわ。……髪型とかドレスは変じゃないかしら?)
エヴリンは途端に自信をなくしてしまう。
「エヴリン嬢も街に出掛けていたのか。偶然だな」
ギルバートはフッと笑う。
「そうね。魔法薬学の本を買いにね」
エヴリンは本が入った鞄を大切そうにギュッと抱き締める。
「そうだったのか。……エヴリン嬢、今から時間はあるか?」
「……ええ、まあ」
ギルバートに聞かれ、エヴリンは少し緊張しながら頷いた。
「良かった。じゃあもし良ければ一緒に街を回らないか?」
「え……!?」
突然のギルバートからの提案に、エヴリンは目を大きく見開いた。
(それって……デート……!?)
エヴリンの脳内はパンク寸前だった。
「いきなりだから駄目だったか?」
ギルバートは少し肩を落とす。
「駄目ではないわ。……一緒に街を回りましょう」
エヴリンは咄嗟にそう答えていた。
こうして、エヴリンはギルバートとソルシエの街を回ることになった。
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