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少しずつ変わりゆく認識

「もうほとんど乾いたな」

「ええ、そうね」

 焚き火のお陰でエヴリンとギルバートの制服は乾いていた。

 時間はもう一時間くらい経過したかと思われる。

「……ここはどこなのかしら? 先生や他の生徒達がいた場所からどのくらい離れているのかも分からないわね」

「ああ。ここで助けを待つか、移動するか……」

 ギルバートは少し悩む。

 その時、ガサガサと二人がいる近くの茂みから音がする。

 エヴリンとギルバートはハッと茂みに目を向けて警戒する。

「何かいるぞ」

「ええ。何かしら?」

 その瞬間、茂みから複数体の魔獣が二人を目掛けて飛び出して来た。

 鋭い牙を持つ、小型の魔獣だ。

「気を付けろ! あれは小型だがかなり凶暴な魔獣だ!」

 ギルバートは臨戦態勢に入る。

 その言葉を聞いたエヴリンも身構える。

 ギルバートはこちらに攻撃して来た魔獣を炎の魔力で灰にする。

 エヴリンも水の魔力で魔獣に対応した。しかし、エヴリンの攻撃は魔獣に避けられてしまう。

 エヴリンはその魔獣に再び水の魔力で攻撃しようとした。しかし、別の魔獣がエヴリン目掛けて攻撃して来た。咄嗟のことなのでエヴリンは避けられない。

(駄目だわ!)

 エヴリンは攻撃によるダメージを最小限にする為に咄嗟に受け身になる。

「きゃあっ」

 しかし上手く受け身を取れず、その場に倒れてしまった。

「エヴリン嬢!」

 その時ギルバートがエヴリンの元に駆けつけ、炎の魔力で二体の魔獣を灰にした。

 更にその勢いで残りの魔獣にも攻撃するギルバート。

 ギルバートから発せられる炎の魔力は力強く、あっという間に魔獣は灰になる。

 エヴリンは思わずギルバートから目が離せなくなる。

(……凄い。あんなに強い魔力……初めて見たわ……)

 ギルバートの魔力の強さは圧倒的だった。

 魔獣は一体残らずギルバートにより倒されたのだ。


「エヴリン嬢、大丈夫か?」

 地面にへたり込んでいるエヴリンに手を差し出すギルバート。

「ええ……」

 エヴリンは手を取り立ちあがろうとした。しかし、左足にズキリと痛みが走る。

「あっ……!」

 その痛みに、エヴリンは顔をしかめた。

「挫いたのか……」

 ギルバートは困ったような表情になる。

 そして次の瞬間、エヴリンの体はふわりと宙に浮いた感覚になった。

「えっ!?」

「少し失礼するぞ」

 エヴリンは何とギルバートに横抱きにされていた。

「ちょっとギルバート様、何しているのよ? 下ろしてちょうだい」

 突然のことに驚き、エヴリンは軽く抗議する。

「エヴリン嬢、君は今左足を挫いて歩けないだろう? 安全だと思われる場所まで俺が運ぶ。ここにはさっきの魔獣がまだいるかもしれないだろう」

「でも」

「良いから、君は何も気にするな」

 ギルバートはフッと優しげに笑った。

 不覚にもドキッとしてしまい、エヴリンは黙り込む。


 ギルバートはエヴリンを横抱きにしたまま歩き始めた。

 エヴリンの華奢な体は、ギルバートのがっしりとした体に包み込まれる。ギルバートはエヴリンを落とさないよう、しっかりと横抱きにしていた。こうして体が密着していると、男女の体格差を思い知る。

 エヴリンの心臓は煩く、心音がまるで周囲に聞こえているのではないかと思ってしまう程であった。

(……ギルバート様は何も思わないのかしら?)

 エヴリンはチラリとギルバートを見る。

 ギルバートはやや硬い表情で、周囲に危険な魔獣がいないが警戒しながら進んでいた。

「ん? エヴリン嬢、どうかしたか?」

 しかし、エヴリンの視線に気付いたようで、フッと表情を和らげる。

「いえ、別に……」

 エヴリンは思わずギルバートから目を逸らしてしまった。

(……どうしてドキドキするのよ。それに……ギルバート様はどうしてそんなに優しいの……? (わたくし)、さっきから全然役に立っていないのに……)

 エヴリンは俯く。

「……ギルバート様、どうして(わたくし)を見捨てないの? (わたくし)、最初のドラゴン型魔獣出現の時からずっと足手まといでしょう。それに……(わたくし)は西の人間。東の人間である貴方にとっては敵なのよ。それなのに、どうしてさっきから(わたくし)を助けてくれるの? どうして(わたくし)を敵視しないの?」

 それはずっとエヴリンが疑問に思っていたことだった。

 ギルバートはずっとエヴリンに敵意を向けたことがなかったのだ。

 それが不思議で仕方なかった。

「こんな状況で、敵だろうが味方だろうが関係ないだろう」

 頭上から、優しげな声が降って来た。

「え……?」

 予想外の答えに、エヴリンは顔を上げる。

 ギルバートは優しげな表情である。

「それに、俺達は西だろうが東だろうが関係なく、同じ人間なんだ」

 ギルバートは優しい表情できっぱり言い切った。彼の真紅の目は力強い。

 その言葉に、エヴリンは目を丸くする。

「ギルバート様って不思議な人ね。東マギーアは魔道具を制限して平民に不便な暮らしを強いる悪い国。東マギーアの人間は悪人だって教わったのに、貴方は全然悪人じゃないもの」

「何だそりゃ。西では俺達東のことをそう言っていたのか」

 ギルバートは苦笑する。

「ええ……まあ。……(わたくし)も、お祖父(じい)様からそう言われ続けて来たわ。それに、どうしてあんなに便利な魔道具を制限するのかが分からない。魔道具を使えば平民の生活は発展するのに」

 エヴリンは思っていたことを口にしてみた。

「俺達は別に魔力を持たない平民を虐げているわけじゃない。大切にすべきなのは、光の女神ポース様と闇の神スコタディ様から授けられた力だと考えている。だから、平民に何かあれば、魔力を持つ王族貴族が率先して彼らを助ける。俺達はノブレス・オブリージュの精神で生きているんだ。だから俺達は己の魔力を鍛えることを重視している」

 ギルバートに力説され、エヴリンは更に目を丸くした。

 それらは初めて聞くことだったのだ。

 今まで西マギーアで、東マギーアは平民を虐げる悪い国だと教わっていたエヴリンにとっては衝撃的だった。

「そう……だったのね」

 まだ少しだけ半信半疑ではあるが、自分の中にある東マギーアに対する思いが少しだけ変わり始めていた。

「その、じゃあ東マギーアでは、(わたくし)達西のことをどう教えられているの?」

 エヴリンは恐る恐る聞いてみる。

「まあ、あんまり良くは言われていない。西は魔力を持たない平民を守ろうとしない怠惰な国、悪い国。光の女神ポース様と闇の神スコタディ様から授かった力を蔑ろにして魔道具なんかに頼るならず者国家。己の魔力を鍛えようとしない愚か者だと教えられた」

 ギルバートは苦笑しながら答えた。

 予想通りの答えにエヴリンは苦笑してしまう。

「やっぱり悪く言われているのね。でも(わたくし)達は平民を守ろうとしていないわけではないのよ。何かあった時、適切な魔力を持つ貴族や王族がその場にいるとは限らない。そんな時、魔道具があれば解決することだってあるのよ。だから、平民達には問題が起こった時、自分達で解決出来る手段を与えているの。別に、光の女神ポース様と闇の神スコタディ様から授かった力を蔑ろにしているわけではないわ」

 エヴリンはソルセルリウム帝国へ行く日、西マギーアの道で起こったトラブルを平民達が魔道具で解決したことを思い出していた。

「だろうな。東と西、お互いに信条が違うだけだ。どちらが良い、悪いではないと思う」

「そうかもしれないわね。でもギルバート様はそれでも不思議よ。東の人間なのだから、もっと西の人間である(わたくし)を敵視していてもおかしくないのに」

「それは……多分祖母の影響だろうな」

 ギルバートは少し考える素振りをし、そう答えた。

「ギルバート様の……お祖母(ばあ)様?」

「ああ。俺の祖母は割と西マギーアに対して友好的な人間なんだ。もちろん、そういう発言をしたら売国奴だと罵られかねないから大っぴらにはしていないが。それでも、こっそり俺に西は悪い国というわけではないと教えてくれたんだ」

「まあ……」

 エヴリンは意外そうに目を丸くした。

「それに、東の人間だからと言って全員が全員西を敵視していたり憎んでいるわけじゃない。東マギーアにいる俺の友人達も、西に対してそこまで敵視していない者達が多い。まあ、エヴリン嬢が想像するように西に敵意むき出しの人間もいるが」

「……東の方にも、色々いらっしゃるのね」

「ああ。……西の人間も、東の人間も、お互い悪い国だと刷り込まれてしまう。そう教えられて……そう育てられたからそうなってしまう。ある種の洗脳だ」

「洗脳……」

 エヴリンはハッとする。

 祖父からいつも言われていたから、西マギーアの学園でそう教わったから、東マギーアを悪い国だと思っていたのだ。

「自分で東マギーアを見たわけじゃないのに……悪い国だと思い込んでいた……」

 今まで信じていたこと、教わって来たことに、少しひびが入った。

「……東マギーアのことを……もっと知りたいわ」

 少し迷いはあるが、それはエヴリンの本心だった。

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