予期せぬトラブル
魔獣観察の授業は複数回目になり、生徒達は学園外の森の魔獣を観察することになった。
エヴリンもギルバートと共に学園外の森で魔獣観察をしている。
「エヴリン嬢、あの魔獣は見たことがあるか?」
「どの魔獣かしら?」
「ほら、あの木の上にいる」
エヴリンはギルバートが示した方向を見る。
その木の上には確かに魔獣がいた。鳥と小型の哺乳類が合体したような魔獣である。
「あれは……見たことないわね。図鑑で調べてみるわ」
エヴリンは図鑑をパラパラとめくる。
「この魔獣かしら?」
エヴリンはそれらしき魔獣が載っているページで手を止めた。
ギルバートは図鑑と魔獣を交互に見比べる。
「ああ、多分そうだ。特徴も一致する」
「それなら、今日のレポートにまとめておきましょう」
「そうだな」
エヴリンとギルバート、西マギーアと東マギーア。敵国ではあるが、二人はこうして協力することが出来ていた。
(彼は東マギーアの人間なのに……何だか不思議な感じよね)
エヴリンは魔獣についてノートにまとめながら、チラリと横目でギルバートを見た。
ギルバートは別の魔獣を観察し、特徴などをノートにまとめている。
エヴリンは視線を魔獣に戻し、更に色々とノートにまとめた。
「きゃー!」
「うわ!」
「凶暴な魔獣だ!」
その時、エヴリン達よりも少し離れた場所で悲鳴が聞こえた。
エヴリンとギルバートはハッとして悲鳴の方を見る。
大型の魔獣が生徒達に襲いかかっていた。ドラゴン型の凶暴な魔獣である。
魔獣は炎を吹いており、被害は大きそうである。
先生は何とか生徒達を守ろうと対応していた。
「エヴリン嬢、逃げるぞ! あれは討伐隊じゃないと太刀打ち出来ない!」
「そうね」
エヴリンはギルバートと共に魔獣から離れようとした。
しかし魔獣はエヴリン達の方にも向かって攻撃を放つ。
口から火を吹いたのだ。
「きゃあっ!」
魔獣からの攻撃により、エヴリンは道を踏み外して川に落ちてしまう。
「エヴリン嬢!」
ギルバートは迷わずエヴリンが落ちた川に飛び込んだ。
(苦しい……! 助けて……!)
エヴリンは水面に顔を出そうとするが、川は思ったより深くおまけに左足を岩場に囚われてしまっている。
息苦しくなり空気を求めて口を開くが、ゴボッと冷たい水が入るだけ。
岩場に挟まった左足を何とかしようとしているが、岩はびくともせず左足も自由にならない。
じたばたともがいてもどうにもならず、体力が削られていくだけである。
このままでは息が持たない。
そう思った瞬間、エヴリンの左足が解放されたような感覚になる。
(ギルバート様……!)
ギルバートがエヴリンの左足を挟んでいた岩を退けてくれたのだ。
エヴリンはギルバートに抱えられて川の水面に顔を出すことが出来た。
ようやく空気を吸い込むことが出来たエヴリン。ゴホゴホと咳き込み、必死に空気を取り込もうとする。その呼吸は浅い。
「エヴリン嬢、大丈夫か!?」
「……ええ」
エヴリンは力なく頷く。
かなりの時間水中にいた為、体力を奪われていた。
泳ぐ力はなく、エヴリンはギルバートに抱えられながら川岸まで向かった。
川岸までたどり着いたエヴリンは息を切らせながら力なく座り込む。体力の限界だったようだ。
「……かなり流されたみたいだな。俺達がフィールドワークをしていた場所から多分かなり離れてる」
ギルバートは周囲を見渡し眉をひそめる。
「……申し訳ございません」
こうなったのも、自分が魔獣の攻撃を受けそうになり、道を踏み外したせい。
エヴリンは俯き、肩をすくめて謝る。
「君が謝ることはない。これは予期せぬトラブルだ。恐らく学園側も予測出来なかっただろうな。誰のせいでもない。それに、君が無事で良かったよ、エヴリン嬢」
「ギルバート様……」
フッと笑うギルバートに、エヴリンの気持ちは少しだけ軽くなる。
その時、エヴリンはくしゃみをする。
びしょ濡れの体だが拭くものはなく、風邪を引いてしまうまでは時間の問題になりそうだ。
「寒い時期じゃなかったことは幸いだが、このままでは風邪を引く。エヴリン嬢、少し待っていてくれ」
ギルバートはそう言い制服が含んだ水を絞り、すぐに木の枝や落ち葉などを集めた。そして、炎の魔力を発動させ、焚き火を起こした。
ギルバートは炎の魔力を持っているのだ。
「今はお互い濡れた服を脱げる状況ではないが、こうして焚き火に当たっていれば少しはマシだろう。そのままだと体温も奪われるだろうし」
「ありがとう、ギルバート様。炎の魔力ってこういう時便利ね」
「そうだな」
ギルバートはフッと笑った。
二人はしばらく黙って焚き火で濡れた服を乾かした。
沈黙が二人の間を流れる。
聞こえてくるのはパチパチとした焚き火の音。
それから、そよそよと森を吹き抜ける風の音。
木々や草花が風により擦れる音。
人間や魔獣の気配すらしない。
穏やかな森である。先程の魔獣からの攻撃が嘘のようだ。
まるでこの世界にエヴリンとギルバートしかいないかのようである。
エヴリンは軽くため息をつく。
「ギルバート様……その、ごめんなさい。私、水の魔力を持っているのに全然泳げないし川の中で何も出来なかったわ」
何も出来なかった自分が悔しかった。
「エヴリン嬢は水の魔力を持つのか。俺とは正反対だな」
初めてエヴリンの魔力を知ったギルバートはクスッと笑った。
水と炎。確かに正反対である。
「だけど、関係ないんじゃないのか? 水の魔力を持っていたとしても、川や海、水の中で強いとは限らない。俺も炎の魔力を持っているけれど、火の中に入ったら普通に死ぬぞ。火傷だってする」
ギルバートがおどけたように言うので、エヴリンは思わずクスッと笑ってしまう。
「それは……そうなのですが」
エヴリンは少し俯いて黙り込む。
再び、二人の間に沈黙が流れた。
焚き火の炎は少し弱くなって来た。
「まだ制服が乾いていないな。この火力じゃ足りない」
ギルバートは苦笑し、立ち上がる。木の枝と落ち葉を探しに行くようだ。
「私も集めるわ」
エヴリンも何もしないわけにはいかないので、ギルバートの後をついて行き木の枝と落ち葉を集めた。
再び炎の魔力を発動させて火を起こすギルバート。
焚き火の炎は復活し、再び周囲の温度が上がった。
焚き火のお陰でエヴリンとギルバートの服はほとんど乾いていた。
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