自由になる為に
サフィーラ公爵家の屋敷の庭園。その一画にある戦闘フィールでにて。
「お祖父様……シャーロット大叔母様を亡くして……苦しかったのですね」
エヴリンは祖父であるジョンにそう言葉をかける。
「……そうだな」
ジョンは力なく頷いた。
「確かに、東マギーアに大切な存在を奪われたお祖父様が、東マギーアを恨む気持ちを完全にとは言い切れませんが、理解することは出来ます。確かに、許せない気持ちはあるでしょう」
エヴリンはそっとジョンの手を握る。
どうか自分の気持ちが伝わりますようにと願いながら。
「ですが……もう許してみませんか? お祖父様ご自身の為にも」
エヴリンは真っ直ぐジョンを見つめる。
ギルバートはそんなエヴリンを見守っていた。
「私……自身の為……だと?」
ジョンはエヴリンの言葉に驚愕し、目を大きく見開いていた。
「はい」
エヴリンはゆっくりと頷く。
「お祖父様は、東マギーアを憎んでばかりですわ。でも、それだと時間がもったいないと思いませんか?」
エヴリンは穏やかに微笑む。
「時間というものは、有限です。それに……シャーロット大叔母様は、お祖父様がずっと東を恨み続けることを望んでいるのでしょうか?」
すると、その言葉にジョンはハッとする。
「シャーロットが……」
ジョンはしばらく黙り込む。
「シャーロット大叔母様は、お祖父様が幸せであることを望んでいるでしょう」
エヴリンは再びジョンを真っ直ぐ見つめている。
「お祖父様、ご自身が自由になる為にも、東マギーアのことを許してみてはいかがですか? 私は、恨みから解放されたお祖父様を見たいですわ」
エヴリンはふわりと微笑んだ。青い目は強く真っ直ぐである。
「エヴリン……」
ジョンは涙を流す。
「違う……」
ジョンはポツリと呟く。
「違う? お祖父様、違う……とは、どういうことでしょうか?」
エヴリンは不思議そうに首を傾げた。
「私は……東マギーアが許せないわけではない」
ジョンは嗚咽を漏らしながら話し始める。
「私が一番許せないのは……妹を、シャーロットを守ることが出来なかった自分自身だ」
その声からは、ジョンの深い後悔を感じたエヴリン。
エヴリンはそっとジョンの肩に手を置いた。
「私はその事実から目を逸らす為に……東マギーアを恨んでいた……。東を恨んでも……シャーロットはもう戻って来ないのにな……」
ジョンはしばらく涙を流していた。
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改めて、魔力を使った戦いにより傷を負っていたギルバートとジョンの治療が終わった後、エヴリンはジョンにや家族にギルバートを紹介した。
「改めて紹介いたします。彼は東マギーアのルビウス公爵家長男、ギルバート様です。ソルセルリウム帝国で出会いましたの。私の恋人ですわ」
「初めまして。ギルバート・ルビウスです。エヴリン嬢とは懇意にさせていただいております」
エヴリンはやはり家族にギルバートを紹介する時、少しだけ緊張した。
しかし、父、母、兄達はすんなりとギルバートのことを受け入れてくれた。
そのことにホッとするエヴリン。
そして、ジョンがギルバートの元へやって来る。
「エヴリンの祖父、ジョン・サフィーラだ。ギルバート君、色々と申し訳なかったね」
ジョンの表情はすっかり柔らかくなっていた。
ギルバートのことを認めてくれたようである。
「お祖父様……」
エヴリンはそんなジョンの姿を見て嬉しくなった。
「改めて、よろしくお願いします」
ギルバートはジョンに手を差し出した。
ジョンはギルバートを受け入れ、二人は握手を交わした。
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「ギルバート様とお祖父様、仲良くなれて良かったわ」
エヴリンはふわりと微笑む。
「ああ」
ギルバートはフッと笑う。
エヴリンとギルバートは、サフィーラ公爵家の庭園を歩いていた。
色とりどりの花々は、丁度夕日に照らされている。
「ソルセルリウム帝国に留学して、ギルバート様と出会ってから、本当に色々あったわね」
エヴリンは懐かしそうに表情を綻ばせた。
「そうだな。出会ったばかりの頃のエヴリン嬢は……俺に対して警戒心が強かった」
ギルバートは当時のエヴリンを思い出し、苦笑した。
「それは……東マギーアのことをほとんど知らなかったからよ」
エヴリンは複雑そうに目を伏せる。
西マギーアに生まれた者達は、東マギーアのことを悪い国だと教わる。逆に東マギーアに生まれた者達は、西マギーアのことを悪い国だと教わる。そして実際に見たこともないのに、お互いの国を嫌い合う。
西マギーアと東マギーアの対立はこのようにして続いていた。
「この先も、少しずつにはなると思うけれど、東西の融和に向けて変わっていくと良いわね。……いえ、こんな風に祈るだけでなく、私達が東西融和を働きかけるべきよね」
エヴリンは真っ直ぐ前を向く。
その表情は力強いものであった。
青い目も、サファイアのようにキラキラと輝いている。
「その通りだ。俺も、東の人間だから魔道具に関してはやはり抵抗がないわけではない。でも、変わっていきたい。東にも、魔道具の便利さをもっと知ってもらいたい」
ギルバートも真っ直ぐ前を向いていた。
真紅の目はルビーのように力強く輝いている。
「エヴリン嬢」
ギルバートは改めてエヴリンの方を向いた。
「何かしら?」
エヴリンもギルバートの方に向き、首を傾げている。
「これからもよろしく」
優しく真っ直ぐなギルバートからの言葉。
エヴリンはその言葉に自然と笑みがこぼれる。
「こちらこそ」
すると、ギルバートの顔がゆっくりとエヴリンに近付いて来る。
ギルバートのしようとしていることを察したエヴリンは、そっと目を閉じた。
夕日に照らされた二つの影が、一つになる。
その口付けは、まるで未来への誓いのようなものであった。
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