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東マギーアの公爵令息

(東マギーアの人とペアを組むの!?)

 魔獣観察の授業担当の先生からの言葉に驚愕するエヴリン。

 先生も西マギーアと東マギーアの関係は知っていて、言いにくそうな表情になっていた。

 西マギーア出身のエヴリンにとって、東マギーアの人間は敵だとずっと教わって来た。


 東マギーアは野蛮な国家。東マギーアは平民達に不便な生活を強いる非道な国。東マギーアは悪い国。


 その言葉がエヴリンの脳内を占める。

「ああ、えっと彼なんだが……」

 エヴリンは思わず警戒心を露わにして身構える。

 エヴリンの目の前に現れたのは、長身の少年。この授業に参加しているということは、エヴリンと同じ十六歳だろう。

 その漆黒の髪は、東マギーアの特徴的な髪色だ。

 

 東マギーアには黒系や赤系の髪が多い。

 逆に西マギーアはエヴリンのような蜂蜜色やブロンド系、淡褐色など色素が薄めの髪が多いのだ。


「申し訳ないが、西マギーアの彼女と組んでもらうことになるが……」

 先生は同じく遅刻して来た彼にも言いにくそうに説明している。

 すると、東マギーアの彼から予想外の言葉が発せられた。

「別に構いません。それに、他の生徒達はもうペアを見つけているのでしょう? 無理に組み替えたら混乱が生じると思います」

 何と彼は全く気にした様子はなかったのだ。

(え……?)

 エヴリンは驚愕のあまり目を大きく見開いた。

(別に構わないですって……!?)

 思わず彼を凝視しまう。

 彼のルビーのような真紅の目からは一切敵意を感じられなかった。

「俺で良いだろうか? というか、俺しか残っていないみたいだ」

 彼からそう言われ、エヴリンは困惑しつつも頷くしかなかった。

 もう他の生徒達はペアを組んでおり、今更ペアを変更することは難しいということはエヴリンも分かっていたのだ。

 こうしてエヴリンは東マギーアの彼とペアを組むことになった。


「改めて、俺はギルバート。ギルバート・ルビウス。さっき先生から聞いたと思うけど、東マギーアから来たんだ」

 ギルバートは明るい表情をエヴリンに向けている。

 エヴリンは警戒心を露わにしつつも、その家名には聞き覚えがあった。

「……ルビウス公爵家の」

「ああ。知ってるんだ」

「ええ。……東マギーアの主要貴族の家名くらいなら」

 西マギーアと東マギーアは敵国同士だが、お互いの主要な貴族の名前くらいは知っている。

(……何なのこの人? 東マギーアの人なのに、何というか全然悪人ではなさそう。……もしかして、(わたくし)を油断させて危害を加えるつもりなのかしら?)

 エヴリンの目つきは鋭くなる。

「君の名前を教えてもらえるだろうか?」

「え?」

 突然名前を聞かれ、エヴリンは思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

「これから共に魔獣観察をするのだから、君の名前が呼べないと不便だ」

 相変わらず明るく敵意のない表情のギルバート。

 そんなギルバートの態度に、エヴリンは調子を狂わされてしまう。

「エヴリン……。エヴリン・サフィーラよ」

「サフィーラ……西の公爵家の令嬢か」

 どうやらギルバートはサフィーラ公爵家のことを知っているようだ。

 エヴリン同様、ギルバートも西マギーアの貴族の家名を知っているらしい。

「これからよろしく、エヴリン嬢」

 毒気のない笑みでギルバートはエヴリンに手を差し出して来る。

「……ええ。ギルバート様」

 エヴリンは警戒しつつも、恐る恐るギルバートの手を握る。

「そんなに警戒しなくても。別に俺はエヴリン嬢を取って食べたりしない」

 明るい声と表情。お互い敵国の人間同士であるのにも関わらず、拍子抜けする程に感じられない敵意。

(本当にこの人は何なのかしら?)

 エヴリンは心が落ち着かなくなり、ギルバートから目を逸らすのであった。






᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥






 エヴリンはギルバートを警戒しつつも、学園内にいる魔獣の観察を始めた。

「可愛いわ」

 目の前にいる魔獣は小型でふわふわとしており、つぶらな瞳でエヴリンを見つめている。

「確かに見た目は可愛いが、こいつは意外と気性が荒い。手を近付けたら噛みつかれることもあるぞ」

 魔獣に触ろうとしたエヴリンだが、ギルバートの言葉で手を引っ込めた。

「そうなのね」

 ギルバートに対してはどうしてもぎこちない表情になってしまう。

 エヴリンのその態度に対してギルバートは苦笑するだけである。

「その魔獣の特徴をまとめておいてもらえるか? 俺はあっちの魔獣の方をまとめておくから」

「ええ。分かったわ」

 お互いに敵国同士とはいえ、それなりにペアとして協力は出来ていた。

 ギルバートの方も、エヴリンの足を引っ張ってやろうという雰囲気は全く感じられない。

(本当に調子が狂うわ)

 エヴリンは軽くため息をつき、目の前にいるふわふわとしたつぶらな瞳の魔獣について特徴をノートにまとめた。

「出来たみたいだな」

「きゃっ」

 突然背後から声をかけられ、エヴリンは肩をビクリと震わせた。

 その拍子に魔獣はその場から駆け出す。

「いきなり驚くじゃない」

 エヴリンは抗議の意味を込めてギルバートをキッと睨んだ。

「申し訳ない」

 ギルバートは肩をすくめて眉尻を下げた。

(驚かせてきたり、素直に謝ったり、東の人なのに全然敵という感じがしないわ)

 エヴリンは戸惑ってしまう。

「俺達、お互いのことを話さないか? 西マギーアとか東マギーアだから戸惑う気持ちも分かるけど……せっかく同じ学園にいて、同じマギーア語を話す者同士でもあるしさ。それに、母国語を話せないのは結構ストレス溜まるだろう?」


 エヴリンやギルバートの母国語はマギーア語。ソルセルリウム語とは言語体系が少し違う。

 エヴリンとギルバートは実は今までソルセルリウム語で会話をしていたのだ。

 エヴリンも留学してから母国語を話していないので、少し疲れていた。


「……そうね。マギーア語が話せないことに関しては、ストレスが溜まっていたわ」

 エヴリンはゆっくりと母国語を話し始める。

 慣れ親しんだ言語だが、どこか懐かしい気持ちになった。

「慣れない言語は疲れる」

 ギルバートもマギーア語を話し始めた。彼はどこか肩の力が抜けたような雰囲気になる。

「エヴリン嬢は……何が得意なんだ? 得意な学問とかは?」

「魔法薬学よ」

「おお。じゃあ将来は魔法薬の調合師か?」

「その道も考えているわ」

 母国語なので、ポンポン答えが出る。

(わたくし)ばかり答えているわね。……ギルバート様、貴方のことも聞かせてちょうだい。得意なこととか興味のあることとか」

 一瞬ギルバートが敵国の人間であることが頭によぎったが、エヴリンは思い切ってギルバートのことを聞いてみることにした。

「そうだな。俺は魔力強化や剣術だな。己を鍛えることが好きだ」

 ギルバートはニッと歯を見せて笑った。

「それに、無心になって自分の魔力や剣術を鍛えた後の快感が堪らない」

「脳筋ね」

 エヴリンは思わずクスッと笑った。

「……ようやく笑ってくれたな」

 ギルバートは表情を綻ばせる。

「あ……そうかもしれないわ」

 エヴリンは少し肩をすくめた。

 ほんの少しだけ、ギルバートと打ち解けたエヴリンだった。

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