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分かたれた二国、惹かれ合う二人  作者: 宝月 蓮


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24/30

バーバラからの手紙、変わりゆくこと

『親愛なるエヴリンちゃん

お元気かしら? 夏季休暇の時は色々と大変だったわね。だけど、貴女やギルバート達みたいな、若い世代の働きかけのお陰で東マギーアは変わりつつあるわ。多分西マギーアの方も変わっていくでしょうね。もう知っているかもしれないけれど、東マギーアの人間が西マギーアに入国できるようになったの。それで、エヴリンちゃんに頼みたいことがあるのよ。短期間とはいえど、(わたくし)が西マギーアに入国できるようになった今、改めて西マギーアにいるかつての恋人の様子が知りたいと思ったの。もちろん、亡くなった夫のことは愛しているわよ。だけど、かつての恋人にもう一度会えるかもしれないのなら、きちんと会ってあの時も今も幸せであることを伝えたいの。それで、(わたくし)のかつての恋人の名前はヘンリー・アミティスタ。当時はアミティスタ侯爵家の令息だったわ。エヴリンちゃん、もしヘンリーの居場所などの情報を知っているのだとしたら、(わたくし)に教えて欲しいの。無理なお願いかもしれないけれど、西マギーアの方で連絡できるのが貴女しかいなかったわ。どうか、可能な限りでお願いできるかしら?

バーバラ・ルビウス』


「ヘンリー・アミティスタ……!」

 エヴリンはバーバラからの手紙に書いてあった名前を見て、思わず目を大きく見開いた。

 アミティスタという家名は聞き覚えがあり過ぎるのだ。

「恐らく、いえ、確実にスザンナ様のお祖父(じい)様のことだわ! ヘンリー・アミティスタ前侯爵閣下よ! それに、アミティスタ侯爵家の当主の座は引退したけれど、スザンナ様のお祖父様はまだ存命だわ!」

 エヴリンは急いで自室にあるキャビネットから封筒と便箋を取り出した。

「えっと、親愛なるバーバラ様……」

 早速バーバラに返事を書き始めた。






᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥






 翌日、学園のカフェテリアにて。

「お祖母(ばあ)様がエヴリン嬢に手紙で西マギーアにいるかつての恋人についての情報を……!」

 エヴリンはギルバートにバーバラからの手紙の内容を話した。するとギルバートは真紅の目を大きく見開き驚いていた。

「ええ。まさかスザンナ様のお祖父様が元恋人だなんて思わなかったわ。世間は意外と狭いものね」

「確かに俺も驚いた。お祖母様が西マギーアに対して好意的だったのはかつての恋人が理由だったのか」

 ギルバートは幼少期から見てきた祖母の態度に納得したようだ。

「それで、今朝バーバラ様へのお返事の手紙を出したわ。スザンナ様のお祖父様についての情報を可能な限り書いてみたの」

「ありがとう、エヴリン嬢。お祖母様もきっと喜ぶと思う。それで会いにいくつもりなんだな」

「ええ。夏季休暇で東西マギーアは色々あったけれど、そのお陰でバーバラ様が改めて前に進めるかもしれない。(わたくし)達がやったことは、かなり大きな意味があるのね」

 エヴリンは嬉しい気持ちになった。

 自分がやったことが、誰かの一歩に繋がることがこれ程に嬉しいとは思いもしなかったのだ。

「ああ。きっともしかしたら、マギーア王国が東と西に分断されたことで離れ離れになって二度と会えなくなった人達が他にもいるだろう。そういった人達も、今回のことで会えるようになったんだな」

 ギルバートも達成感にあふれる表情だった。

(わたくし)、スザンナ様にも手紙を書いてバーバラ様のことを知らせるわ。その方が、よりスムーズにバーバラ様とスザンナ様のお祖父様が再会出来ると思うから」

「ああ、そうした方が良いだろう」

 ギルバートはフッと笑った。

「ええ。早速今日授業が終わった放課後に書くわ」

 エヴリンは放課後が待ち遠しくなっていた。


 こうして、変化と共に時間は流れていった。






᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥






 日々学園で色々なことを学び、西マギーアと東マギーアの動きも確認していくうちに、季節は冬に近くなった。

 エヴリンは昼休み、カフェテリアでギルバートと一緒にランチを食べていた。

「そういえば、東マギーアでも魔道具が解禁になったそうだ。ルビウス公爵家の家族やジェレマイアから手紙で連絡が来た」

 ギルバートはそう言い、ランチのスープを飲む。

「まあ、良いことだわ」

 エヴリンは食べていたサラダを飲み込み、明るく微笑んだ。

 魔道具の便利さを知っているエヴリンは、東マギーアでも魔道具を使うことが出来るようになったことを、まるで自分のことのように喜んでいた。

 これで東マギーアの魔力を持たない平民達の暮らしも便利になるだろうと思ったのである。

(わたくし)の方にも、サフィーラ公爵家やスザンナ様から手紙が届きました。西マギーアの王族、貴族の間でも東マギーアのように魔力を鍛える方々が増えたようなの」

「おお! 己の魔力を鍛えることは色々とメリットがあるからな」

 自身の魔力強化に力を入れているギルバートとしては、西マギーアのこの変化が嬉しいようだ。

「バーバラ様も、スザンナ様のお祖父様と再会出来たそうよ。話は聞いているかしら?」

「ああ、お祖母様から聞いた。お互いに色々と話せてスッキリしたみたいだ」

「良かったわ」

 エヴリンはまるで自分のことのように嬉しくなった。


 その後二人は会話を楽しみながらランチを食べ終え、食後の紅茶を飲んでいた。

「もうすぐ冬季休暇ね。気温が低くなって来たから、温かい紅茶が身に染みるわ」

 紅茶を一口飲んだエヴリンはホッとしていた。

 口の中に上品な香りが広がり、紅茶の温かさが体の中にじんわりと広がっていく。穏やかに寒さを払い退けてくれそうである。

 ソルセルリウム帝国の学園のカフェテリアには、数多くの種類の紅茶やフレイバーティーがあるが、エヴリンは今日飲んでいる紅茶を選んで正解だったと思った。

「そうだな」

 ギルバートはハーブティーを飲み、フッと笑う。

「エヴリン嬢、冬季休暇はどうするんだ?」

「そうね……」

 エヴリンは少し考え込む。


 夏季休暇はベーテニア王国に立ち寄ったり、実際にこの目で東マギーアを見たりした。また、ギルバートと共に西マギーアも回った。

 その途中で東西対立やデモや闘争に巻き込まれ、ベーテニア王国まで一時避難し、東西融和デモを(おこな)うなど、混乱に巻き込まれて色々と忙しくしたいた。

 しかし東西対立も収まり、大きな変化の中にあるが夏季休暇の頃よりも混乱が少なく穏やかである。


「もし特にこれといった予定がないのなら、また東マギーアに来ないか? ルビウス公爵家の家族にエヴリン嬢のことを紹介したいんだ」

「ルビウス公爵家……ギルバート様のご家族に……!」

 予想していなかったことに、エヴリンは驚いて言葉が出なくなる。

「ああ。その……やっぱり家族には、俺とエヴリン嬢のことを認めて欲しいと思って」

 ギルバートは真っ直ぐエヴリンを見つめている。

 その真紅の目からは真剣さが感じられる。

 エヴリンとの将来を考えてくれているようだ。

 その事実をエヴリンは嬉しく感じると同時に、心臓がトクリと跳ねる。

 エヴリンは思わず首に着けているお気に入りのルビーのネックレスに触れた。

(ギルバート様の家族……。お祖母様であるバーバラ様は実際に会ったことがあるし、どんな方なのかは知っているわ。だけど、バーバラ様以外のギルバート様の家族は……西マギーアの人間である(わたくし)を認めてくださるのかしら?)

 エヴリンは少しだけ不安になった。

 すると、エヴリンの不安を見透かすかのようにギルバートは優しく微笑む。

「エヴリン嬢、大丈夫だ。父上はお祖母様の影響で西マギーアに対して嫌悪感は一切抱いていない。母上も、魔道具に対して抵抗感は持っているものの、西マギーアの人間に対して憎悪を抱くような人じゃない。弟二人も同じできっとエヴリン嬢に対して失礼なことはしない」

「そう……だと良いのだけれど」

「大丈夫だ」

 ギルバートは真紅の目を真っ直ぐエヴリンに向けている。その目は力強かった。

 エヴリンは少し表情を和らげ、右手のルビーのブレスレットに触れる。

 ギルバートが魔力を込め、エヴリンを守ってくれたブレスレットである。

「そうね。ギルバート様の家族だもの。信じるわ」

 エヴリンは真っ直ぐギルバートを見つめた。

「ありがとう。俺も、西マギーアに行って、エヴリン嬢の家族に会ってみても良いだろうか?」

「それは……」

 エヴリンは少し考える。

(お父様とお母様とお兄様達は……多分何とかなるわ。問題は(わたくし)のお祖父様。実の妹を殺されたことで、東マギーアへの憎悪は簡単に消えないだろうし……)

 祖父のことを考えると、エヴリンの表情は曇る。

「もしかして、エヴリン嬢のお祖父様のことか?」

 ギルバートはエヴリンの表情が曇った理由にピンと来たようだ。

「ええ」

 エヴリンは力なく頷く。

「サフィーラ公爵家からの手紙にもお祖父様のことはあまり書いていなかったし……」

「それでも俺は……エヴリン嬢のお祖父様にも会ってみたいんだ」

 ギルバートは覚悟を決めたような表情だった。

 その表情に、エヴリンも勇気付けられる。

「分かったわ」

 エヴリンはサフィーラ公爵家の家族、特に祖父にギルバートを紹介する決心が付いた。


 二人の冬季休暇の予定は決まったのである。

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