混乱の夏季休暇を終えて
エヴリン達の動きもあり、西マギーアと東マギーアの内乱や戦争勃発寸前のところベーテニア王国の介入で事なきを得た。
ベーテニア王国がかなりキツめの処置を取ったらしく、そこからすぐに西マギーアと東マギーアが融和への対話を始めた。
エヴリンとギルバートはそのことに安堵していた。
そしてあっという間に夏季休暇も終わり、エヴリンとギルバートはソルセルリウム帝国の学園に戻ることになった。
「まさか短期間でこんなに色々なことが起こるとは思っていなかったわ」
乗り合い馬車の中で、エヴリンは夏季休暇中にあった一連の出来事を思い出していた。
「本当だな。でも、俺達の行動で東マギーアも西マギーアも変わるかもしれない」
ギルバートは流れる外の景色を見ながら口角を上げた。
サフィーラ公爵家やルビウス公爵家の馬車とは違い、乗り合い馬車なので地面からの衝撃はダイレクトに受けてしまう。
しかし、それももう気にならなくなった。
「私達は、無力ではなかったのね」
満足そうで達成感にあふれている表情のエヴリンである。
自分が行動したことで国が変わるかもしれない事実に、エヴリンは少しだけ自信を付けていた。
「ああ。何事も、諦めずにどんなに些細なことでも行動してみることが大事なんだな」
ギルバートはエヴリンの方を見て微笑み、手を握った。
ゴツゴツとして大きく温かな手に包まれるエヴリン。直接伝わるギルバートの体温が、とても心地良かった。
エヴリンはふふっと表情を綻ばせ、ギルバートに寄りかかった。
颯爽と走る乗り合い馬車とは対照的に、二人の間には、穏やかな時間が流れていた。
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数日かけてたどり着いたソルセルリウム帝国は、夏季休暇前と同じような空気だった。
「西マギーアと東マギーア、それからベーテニア王国で過ごした夏季休暇は変化が大きかったから、夏季休暇前と変わらないソルセルリウム帝国に何だか安心するわね」
ソルセルリウム帝国の街を見渡したエヴリンの表情はどこかホッとしているようだった。
「確かに、変化ばかりだと精神的なストレスが溜まる。こうして変わらないものを見るとそれも少しは和らぐだろうな」
ギルバートもソルセルリウム帝国の街の様子に安心した表情であった。
街にあふれる最新の魔道具、人を乗せたドラゴン型魔獣が飛び交う風景、賑わう店や屋台、人々の明るい表情。
エヴリンはそれらを見て再びソルセルリウム帝国にやって来たことを実感した。
その後、エヴリンはギルバートと手を繋ぎながらソルセルリウム帝国の街をゆっくりと歩き、学園の寮まで向かうのであった。
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夏季休暇が終わり、学園が再び始まった。
エヴリンは以前と同じように授業を受け、友人達と話したりギルバートと共に時間を過ごしている。
「エヴリン様、夏季休暇中に西マギーアと東マギーアが大変なことになっていたようだけど、大丈夫でしたの?」
「そうですわ。私、新聞でそれを知っていてもたってもいられなかったのよ」
「私も、エヴリン様はご無事なのかとずっと心配していたわ」
昼休み、カフェテリアで友人と過ごしていたエヴリン。
西マギーアと東マギーアの内乱や両国一触即発状態だったことは他の生徒達も知っているようで、エヴリンの友人達も心配してくれていた。
「皆様、ありがとう。私はこうして再び、ソルセルリウム帝国の学園に来ることが出来たから大丈夫よ」
エヴリンは皆を安心させるように微笑んだ。
「本当に無事にこうしてエヴリン様に会うことが出来て良かったわ」
「ええ、本当に。でもエヴリン様は確かあの方と恋人なのよね? 東マギーアからの留学生で、確かギルバート様と仰ったかしら」
エヴリンがギルバートと恋人同士であることは、ソルセルリウム帝国の友人達には言ってあるのだ。
「ええ。まだ家族には言えていないけれど、いずれは紹介したいと思っているわ」
これはエヴリンの本心である。
いつかそれが出来る日が来るのを願うのであった。
「敵国同士で恋人同士、何だかドキドキしてロマンチックだわ」
友人の一人はどこかうっとりとしていた。
エヴリンはそんな友人の様子に、ふふっと笑うのであった。
(その為にも、私は出来ることを続けていきましょう)
エヴリンの青い目は、真っ直ぐ未来を見つめていた。
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その日の午後。
昼休み後は、魔獣観察の授業だった。
エヴリンは膝にウサギ型魔獣を乗せて撫でている。
ピンク色の毛並みのフワフワとしたウサギ型魔獣である。
「この子は土の魔力を持つ魔獣だったかしら?」
エヴリンはウサギ型魔獣を撫でながらギルバートに聞いた。
「ああ、そのはずだ」
「ウサギ型魔獣は基本的に魔力が弱いから人間に害を及ぼさないのよね。だけど、噛まれると痛いからむやみにちょっかいを出してはいけないのよね」
エヴリンは相変わらずウサギ型魔獣を撫でている。柔らかくてフワフワしているので何時間でも撫でていられる。エヴリンはウサギ型魔獣の可愛らしさに頬が緩みっぱなしになっってしまう。
ウサギ型魔獣はエヴリンの膝の上で完全にリラックスしながら鼻をヒクヒクさせていた。
ギルバートはそんなエヴリンの様子を見て表情を優しく綻ばせる。
「ギルバート様のところにいるモルモット型魔獣は風の魔力を持っているのよね?」
エヴリンはギルバートの膝の上にいる黄色い毛並みのモルモット型魔獣に目を向けた。
モルモット型魔獣はギルバートの膝の上でプイプイ鳴いている。
「ああ、そうだったな。うわっ」
突然モルモット型魔獣が風の魔力を放ち、ギルバートに悪戯をした。
「あらあら、ギルバート様、大丈夫?」
心配の言葉が出るエヴリンだが、モルモット型魔獣の可愛らしさに頬が緩んでいる。
「まあ弱い魔力の魔獣だから怪我はしていない。ただ、結構悪戯好きだな、こいつは」
ギルバートはモルモット型魔獣を見て苦笑した。
モルモット型魔獣はどこかしたり顔のように見えた。
「時々悪戯をするのよね。夏季休暇前、試験対策をしていた時のリス型魔獣みたいに」
エヴリンは自身のラナンキュラスの髪飾りを取ったリス型魔獣を思い出し苦笑した。
ラナンキュラスの髪飾り、今はきちんとエヴリンの蜂蜜色の髪をまとめてある。
「ああ。小さいからって油断ならない」
ギルバートもクスッと笑うのであった。
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魔獣観察の授業が終わり、エヴリンはギルバートと一緒に学園の廊下を歩いていた。
「エヴリン嬢、最近ジェレマイアから手紙で連絡があったんだ」
「まあ、ジェレマイア様から」
どんな連絡か、エヴリンは気になった。
「東マギーアと西マギーアのことだ。ジェレマイアは隣国のベーテニア王国にいるから、情報がすぐに伝わるみたいでな。それで、ジェレマイアからの手紙によると、もうすぐ東マギーアの人間が西マギーアに西マギーアの人間が東マギーアにそれぞれ入国可能になるそうだ」
「まあ……!」
エヴリンは目を大きく見開いた。
今まで西マギーアの人間であるエヴリンは堂々と東マギーアに入ることが出来なかった。夏季休暇の時も、髪色を染料で染めてこっそりと入国したのである。しかしギルバートがジェレマイアからもらった情報によると、そうしなくても堂々と入国可能になるのである。
「大きな前進じゃないの!」
エヴリンはやや興奮状態になった。
「その通りだ。ただ、滞在可能な期間はかなり短いらしいが」
「それでも、大きな成果よ!」
エヴリンは青い目を輝かせている。
少しずつ変わってきている二国の様子に嬉しくなったのだ。
「この調子でどんどん東西が融和したら良いわね」
エヴリンがそう言うと、ギルバートは力強く頷いた。
「そうだな」
ギルバートの真紅の目は真っ直ぐであった。
ギルバートから嬉しい情報を聞き、明るい気持ちで寮に帰ったエヴリン。
するとエヴリン宛に手紙が届いていた。
(まあ、誰からかしら?)
エヴリンは送り主の名前を確認する。
そこに書かれていた名前は、バーバラ・ルビウス。
(ギルバート様のお祖母様からだわ。一体どういった要件かしら?)
エヴリンは少しワクワクしながら封筒を開いた。
「あら……!」
手紙を読んで、エヴリンは目を大きく見開くことになった。
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