個人同士なら分かり合えるのに
(そろそろギルバート様との合流時間ね)
エヴリンはこっそりとサフィーラ公爵家の屋敷を出て街に向かった。
(お祖父様は手強そうね……)
エヴリンは祖父の東マギーアへの恨む様子をみてため息をつき、やや俯きがちになってしまう。
「エヴリン嬢」
そんなエヴリンの頭上から優しげな声が聞こえた。
ギルバートである。
「西マギーアの街は回れたかしら?」
エヴリンはハッとして顔を上げ、ギルバートに様子を聞いた。
「ああ」
ギルバートは満足そうに頷いた。
「実際に西の様子を見て、ソルセルリウム帝国の学園でエヴリン嬢が言っていたことが理解出来た。やっぱり実際に自分の目で見てみないと分からないものだな」
どこか納得した様子のギルバートである。
「そう」
エヴリンはホッとしたような表情になった。
「ソルセルリウム帝国に来た時もそうだったが西マギーアに来た時、まるで過去から未来に飛ばされたような感覚になった」
「あら、私は東マギーアを実際に見た時、過去に飛ばされた気分になったわ」
エヴリンはクスッと笑う。決して馬鹿にしている様子ではない。
「そうか。まあ、魔道具を禁止している東はやはり技術面が遅れているからな」
ギルバートはフッと苦笑した。
「それから、西の王族、貴族達もきちんと魔力を持たない平民を守ろうとしているということも分かった。平民達は井戸の故障とか何か問題が起こった時、魔道具を使うことで自分達だけでも解決出来るようにしている。東では見られない様子だったな」
ギルバートは街の様子を見渡し、穏やかな表情をしていた。
「私も、東マギーアの方々が真剣に平民達を守ろうとしている姿勢が分かったわ」
エヴリンも東マギーアの街の様子を思い出していた。
「ただ、魔力は鍛えるべきだとは思った」
「確かにそうかもしれないわ。でも東も魔道具を取り入れた方が良いと思った」
「ああ、エヴリン嬢の言う通りだな」
エヴリンとギルバートはそれぞれ思ったことを言い合い、笑っていた。
ふとエヴリンは街に目を向けてみた。エヴリンの目に飛び込んで来たのはプロパガンダポスター。
『東マギーアは最低な国! 悪の国である!』
『東マギーアは発展を拒む怠惰な国!』
『東マギーアの王族、貴族は平民に不自由な生活を強いる悪人だ!』
『東マギーアの平民を救い出せ!』
それを見たエヴリンの表情は曇る。
(東マギーアでも西マギーアに対するそういったプロパガンダポスターはあったわ……。東を見ていた時は、仕方のないことだと思っていたけれど……)
エヴリンは改めて自国のプロパガンダポスターを見て悲しい気持ちになってしまう。
「エヴリン嬢? どうかしたのか?」
ギルバートは心配そうにエヴリンを見ている。
「……ギルバート様と私、個人同士ならちゃんと分かり合えるのに……どうして国家同士になると分かり合えなくなるの? どうして……?」
エヴリンの青い目は、悲しみに染まっていた。
もちろんエヴリンだって、最初は東マギーアに対する抵抗感はあった。
それはサフィーラ公爵家の祖父や西マギーアで受けた教育のせいである。
しかし、ソルセルリウム帝国の学園でギルバートに出会い、少しずつ東マギーアに対して抵抗感は薄れていた。そして実際に東マギーアを目にすることで東マギーアに対する意識が変わった。
おまけに、西マギーア、東マギーア関係なくギルバートの人柄に惹かれているのだ。
「……確かにな」
ギルバートは軽くため息をついた。
その時、エヴリンはふと東マギーアで聞いたギルバートの祖母バーバラの言葉を思い出す。
『だからねエヴリンちゃん、まずは今の貴女に出来ることを全力でやりなさい。そうして全力を出し切ったのならば、後は流れに任せるのよ。どんな結果になったとしても、不思議と後悔はないはずよ』
脳裏に浮かぶのは、バーバラの優しい表情。
(そうよね。バーバラ様が仰った通りだわ)
エヴリンは少しだけ前を向くことが出来た。
「少しずつ……ギルバート様や私、ベーテニア王国にいる西マギーアと東マギーアの留学生達のような人を増やしていきましょう」
エヴリンはふわりと微笑んだ。
「ああ、そうだな」
ギルバートもどこかホッとしたような表情になる。
その時、街が騒がしくなる。
「何かあるのか?」
ギルバートは不思議そうに首を傾げた。
エヴリンはハッと思い出す。
「そういえば、今日は西の王族がこの街を視察しにいらっしゃるとお父様が言っていたわね」
エヴリンはサフィーラ公爵家の屋敷で父から聞いたことを思い出した。
「ああ、だからか」
ギルバートは納得した。
「それにしても、西の王族か……」
ギルバートは視察にやって来た西マギーアの王族に目をむける。
「双子王子の、兄の方の血を引く方々よ」
エヴリンはポツリと呟いた。
西マギーアの王族は西マギーアの貴族を妻に迎え、東マギーアの王族は東マギーアの貴族を妻に迎えた。よって西マギーアと東マギーアの王族の髪色はやはり違う。
西マギーアの王族は西マギーアの貴族と同じように、蜂蜜色やブロンド系の髪であった。
(西マギーアの王家の方々は、魔道具開発に熱心。魔力を持たない平民達のことを考えていらっしゃるわ。だけど、東マギーアに対してのスタンスは……)
エヴリンは視察に来た王族を見ながら表情を曇らせた。
現在の西マギーアの王家は、東マギーアと対立する姿勢を崩していない。
その時、何者かが王族に向かって攻撃を仕掛けた。
しかし王族の中の一人が光魔法で結界を作り、誰も怪我をせずに済んだ。
「おい! あの男が王族の方々に攻撃したぞ! 捕えろ!」
当然ながら、王族を害することは重罪だ。
攻撃した男はあっという間に捕えられる。
しかし問題はここからであった。
「こいつ、染料で髪色を隠しているぞ!」
「何だって! 正体を確かめろ!」
男には水がかけられて、本来の髪色が明らかになる。
東マギーアの貴族の特徴を持つ、赤毛の男だった。
どうやら密かに西マギーアに入ったらしい。
「こいつ……東の奴だ!」
「東の人間が西の王族を害した!」
「やっぱり東はろくでもない!」
街中東マギーアに対する憎悪に染まってしまう。
「嘘でしょう……!?」
「こんなことになるなんてな……!」
エヴリンとギルバートは一連の出来事や街の様子に、言葉では言い表わすことが出来ないくらいのショックを受けた。
(どうして……? どうして国家同士になるとこんなにも分かり合えないの?)
エヴリンの青い目は、再び悲しみに染まっていた。
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