バーバラの過去とアドバイス
エヴリンはバーバラから渡されたドレスに着替えた。
いつも着るドレスとは違った感じであり、鏡に映る姿は新鮮に見えた。
「あら、やっぱり素敵ね。似合うわ」
エヴリンのドレス姿を見たバーバラは楽しそうに目を輝かせている。
「ありがとうございます。素敵なドレスを着ることが出来て光栄です」
エヴリンは鏡に映った自分を見て、自然と口角が上がった。
「フード付きの服の汚れが取れるまではまだ時間がかかりそうなの。せっかくだから、紅茶を飲んで行ってちょうだい。お菓子もあるわよ」
「では、お言葉に甘えて」
こうして、エヴリンはバーバラと二人だけのお茶会を楽しむことにした。
(あ……)
ふと窓の外に目を向けると、森の奥に高い壁がそびえ立っているのが見えた。
(あれは……西マギーアと東マギーアの国境だわ。簡単に入れないように、あるいは簡単に攻め込まれないように高い壁で防衛している……)
この屋敷は国境付近にあるわけではないが、小高い丘の上にあるので国境付近の様子も見えるのだ。
西マギーアにいた頃エヴリンは国境付近にそびえ立つ高い壁など見る機会が一度もなかったので、今回初めて見たのである。
「ここからだとね、あの壁が見えるの。だから私はここを購入して、自分だけの屋敷にしたの。要するに、ここは私の秘密基地よ」
紅茶とお菓子を持って来たバーバラは、茶目っ気たっぷりの表情である。
「国境の壁に何かこだわりがあるのですか?」
エヴリンは疑問に感じたことを素直に聞いてみた。
「そうね……」
バーバラはどこか懐かしそうにその黄色の目を細め、「みゃあ」と鳴きながら擦り寄って来た白猫ニャターシャを撫でる。
「もう五十年以上前の話よ。まだ東マギーアと西マギーアに分断されていない、マギーア王国という一つの国だった頃の話」
バーバラは窓の外の遠くに見える、国境の壁を見つめながらゆっくりと話し始めた。
「私にはね、想い合っている恋人がいたの。その人とは、領地も離れていたけれど、きっと何もなければ私は今の家には嫁がないで、その人と結婚していたと思うわ。だけどね、それが出来ない事態が起こってしまった」
「……何が起こったのですか?」
エヴリンはポツリと聞いてみた。
「当時の王子達による内乱よ」
やや悲しそうに答えるバーバラ。エヴリンはその答えを聞いてハッとした。
「もしかして、マギーア王国が今の東西に分断される原因になった双子王子の……」
「ええ、そうよ」
バーバラは紅茶を飲み、ゆっくりと頷いた。
「やっぱりそうでしたか……」
エヴリンは窓の外から見える国境の壁に再び目を向けて、紅茶を一口飲んだ。
「私の生家は東陣営。彼の家は西陣営だったの。だから、私達が結ばれることは叶わなくなってしまったわ。それでも、私達は密かに交流を続けたわ。西陣営へ送る手紙も、西陣営から届く手紙も検閲されて捨てられかねないけれど、それを掻い潜っての交流はスリルがあったわ」
バーバラは当時を思い出してどこか楽しそうな表情になっていた。
(当時の東陣営と西陣営……敵同士で……。今の私とギルバート様みたいだわ)
エヴリンは自分達の状況と重ねてバーバラの話を聞いていた。
「だけど、ついにマギーア王国は東西に分断されてしまった。それに伴って、彼とは二度と会えなくなってしまったわ。だからこうしてあの日々を思い出せるように、国境の壁が見える屋敷で過ごすことがあるの」
バーバラはどこか遠くを見ていた。
「そう……でしたか……」
エヴリンは少し悲しそうな表情になる。
自分とギルバートの関係はそうなって欲しくない。しかし現状は若い世代以外は東西融和に反対意見が多い。エヴリン達も、バーバラのような結末を迎える可能性はあるのだ。
「バーバラ様は……今でもそのお方のことをお好きなのですか?」
「当初は彼に会えなくなって辛かったけれど、今となっては、青春の思い出かしら。すぐに彼を忘れることはできなかったけれど、時間が解決してくれたわ。それに、嫁ぎ先の夫がとても優しくて、今では夫を愛しているわ。数年前に亡くなってしまったけれど」
バーバラはふふふっと思い出すかのように笑った。そのシトリンのような目は真っ直ぐだった。
「そうですか……」
エヴリンは少し複雑だった。
バーバラがきちんと前を向けていて良かったと思いつつも、自分がギルバートと二度と会えなくなったらどれ程の悲しみに襲われるのか、想像するだけで少し怖くなったのだ。
(ベーテニア王国では東西融和の可能性が見えて、ギルバート様と一緒にいられるかもしれないと前向きになれたわ。だけど、バーバラ様のように離れ離れになる可能性だって否定は出来ない……)
バーバラの話を聞き、改めて現実を知ったエヴリンは表情が少し暗くなる。
エヴリンは思わず右手に着けているルビーのブレスレットを握った。
「エヴリンちゃん、どうかしたの? 大丈夫?」
「バーバラ様……」
エヴリンの不安な気持ちは、バーバラの優しい表情の前では少しだけ和らいだ。
(どうしてかしら? バーバラ様になら、ギルバート様とのことを相談できる気がするわ)
エヴリンは気付けば話し始めていた。
「実は、私は留学先で東マギーアの方とお会いして……色々あって恋仲になったのです」
「あら、素敵ね」
エヴリンはギルバートの名前は出さなかったが、バーバラに自分達のことを話した。
するとバーバラは溌剌とした少女のように目を輝かせた。
「だけど、東西融和が進まないと、彼と一緒にいる未来はない……。諦めたくはないけれど……やっぱりどうなるかは不安なのです」
エヴリンはポツリと不安を吐露して俯く。
そんなエヴリンを慰めるかのように、黒猫レオニャルドは彼女の足元に擦り寄って「みゃあ」と鳴いている。
「そう」
バーバラは穏やかな表情で紅茶を一口飲む。
「エヴリンちゃん、今の貴女に出来ることを全てやって、その後は流れに身を任せてみることも大切よ」
「え?」
バーバラからの言葉にエヴリンはきょとんとした。
「当時の私と今の貴女も、大きなことを目の前にしているのは分かるわよね?」
「はい」
「私もエヴリンちゃんも、多分簡単に世界を変えることは出来ない。だけど、だからといって諦めることは駄目よ。まずは、今出来る全力を出し切るの。当時の私もそうしたわ」
バーバラはそこで紅茶を一口飲む。
「それでもマギーア王国は東西に分断されて、彼とも離れ離れになってしまった。悲しかったけれど、出来ることは全てやったから不思議と後悔はないの。それに、東西が敵対してしまったけれど、かつて愛した人がいる国を嫌うことは出来なかったわ」
バーバラは窓の外を見て懐かしそうに目を細めていた。
そしてエヴリンの方を向く。
「だからねエヴリンちゃん、まずは今の貴女に出来ることを全力でやりなさい。そうして全力を出し切ったのならば、後は流れに任せるのよ。どんな結果になったとしても、不思議と後悔はないはずよ」
「今の私の全力を……」
バーバラの真っ直ぐな言葉がエヴリンの胸にスッと入る。
「バーバラ様、ありがとうございます。何だか胸のつかえが取れた気がしますわ」
エヴリンの表情は明るくなっていた。
「そう。貴女の力になれて光栄だわ」
バーバラは穏やかに微笑んでいる。
二人の足元では、ニャターシャとレオニャルドがじゃれあっていた。
「さあ、まだあのフードの汚れが取れるまでまだ時間はかかるわ。お菓子もたくさん用意したのだから、食べましょう」
「はい。ありがとうございます」
エヴリンはバーバラが用意した焼き菓子に手を伸ばす。
「美味しいです」
エヴリンは表情を綻ばせた。
「それは良かったわ」
バーバラも嬉しそうである。
その時、屋敷の呼び鈴が鳴る。
「そういえば、今日は私の孫もここに来る予定だったわ」
バーバラはハッと思い出したような表情になった。
「バーバラ様のお孫さん。東マギーアの方ですよね。私、隠れた方が良いでしょうか?」
「いいえ、その必要はないわ。孫も西の方に対して敵対心はそんなに抱いていないの。だから大丈夫よ」
少し不安になるエヴリンだが、バーバラの言葉にホッとした。
エヴリンはバーバラの孫がどんな人物なのか少し気になった。
しかし次の瞬間、エヴリンは目を大きく見開く。
「ギルバート様……!?」
何とバーバラの孫はギルバートだったのだ。
(バーバラ様が誰かに似ていると思ったけれど、ギルバート様に似ていたのね)
エヴリンはどこか納得していた。
「エヴリン嬢、どうしてここに? それに、髪色が……!」
ギルバートは蜂蜜色の髪に戻ったエヴリンを見て驚いていた。
「まあ、エヴリンちゃん、ギルバートの知り合いだったのね。……もしかして、エヴリンちゃんと恋仲の東マギーアの男性って」
バーバラは悪戯っぽい表情で二人を交互に見ている。
「……はい、そういうことです」
エヴリンは少し頬を赤く染めて頷いた。
「まあ、エヴリンちゃんとギルバートが! 何だか嬉しいわ。ルビウス公爵家の孫は男ばかりだから、孫娘が出来たみたいね」
バーバラは嬉しそうに笑っている。
「まさかエヴリン嬢がお祖母様と知り合いになっているとは驚きだ」
「私も、ギルバート様がバーバラ様の孫だとは思いもしなかったわ。今思えば、ギルバート様は確かに顔の雰囲気がバーバラ様と似ているわね」
二人は顔を見合わせてクスクスと笑っていた。
その後、エヴリンのフード付きの服の汚れが取れ、新たな染料も手に入れた。
エヴリンは再び髪を漆黒に染め、ギルバートと一緒に東マギーアを見て回るのであった。
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