いざ、東マギーアへ
ベーテニア王国に数日間滞在した後は、いよいよ東マギーアへ行くエヴリン。
「どうかしら?」
エヴリンの髪色は蜂蜜色から漆黒に変わっていた。
エヴリンの蜂蜜色の髪は、西マギーアの貴族の特徴でもある。よって東マギーアへ行くと一発で西マギーアの人間だとバレて攻撃されかねない。
そうなることを防ぐ為に今回エヴリンは髪を染料でギルバートと同じ漆黒に染めたのである。
「その髪色も似合うな」
ギルバートはフッと笑った。
「ありがとう、ギルバート様。この染料、雨とか水にさえ濡れなければ落ちないのよね?」
「ああ、そうだ」
エヴリンの疑問にギルバートはそう頷いた。
エヴリンは念の為フードを被る。
万が一髪が濡れたりしないように、フード付きの服を着ているのだ。
「東マギーア……ギルバート様の祖国……」
エヴリンの胸の中には楽しみな気持ちと少しの不安があった。
「行こうか、エヴリン嬢」
ギルバートの言葉に頷き、エヴリンは乗り合い馬車でベーテニア王国から東マギーアに向かうのであった。
᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥
(ここが……東マギーア……!)
いよいよ東マギーアに入ったエヴリンは、乗り合い馬車の窓から見える景色に釘付けになっていた。
エヴリンの祖国である西マギーアとは違い、本当に魔道具がなく、建物などは古めかしいものばかり。
しかし、道行く人々の表情は明るく楽しそうである。
(何というか……過去にやって来たみたいだわ)
エヴリンにとってそれはある意味予想通りだった。
(だけど……みんな不幸ではなさそう……。西では、東の平民達は魔道具を禁止されて不自由な生活を強いられていると習ったけれど……)
エヴリンはそれが意外に感じた。
改めて、自国で教わってきたことがガラガラと崩れ落ちる感じがした。
乗り合い馬車の窓から見える光景だけでも、エヴリンにとって驚きのものばかりだった。
エヴリン達が乗った乗り合い馬車は、東マギーアの王都に到着した。
「エヴリン嬢、俺の祖国、東マギーアへようこそ」
ギルバートはフッと笑っていた。
「私……東マギーアにいるのね……」
エヴリンは信じられないと言うかのような表情である。
初めての東マギーアの地を踏みしめるエヴリン。
「くれぐれも君が西の人間であることはバレないよう気を付けるんだぞ」
「ええ。分かっているわ」
エヴリンは改めてフードを深く被った。
『西マギーアは怠惰な国! 悪の国である!』
『西マギーアは光の女神ポース様と闇の神スコタディ様から直々に授かった魔力を捨てた! 神を冒涜している国だ!』
『西マギーアの王族、貴族は平民を守らない悪人だ!』
『西マギーアの平民を救い出せ!』
改めて周囲を見渡すと、そういったプロパガンダポスターが至る所に貼られてある。
(やっぱり、東では西が嫌われているのね。敵対国だから、仕方がないことなのかもしれないわ)
エヴリンは苦笑した。
西マギーアも東マギーアに対して同じことをしているので文句は言えない。
「エヴリン嬢、俺は一旦ルビウス公爵家に行くが……本当にこの街を一人で回るんだな?」
ギルバートは心配そうである。
「ええ。ギルバート様からも、ジェレマイア様やベーテニア王国に留学している東マギーアの方々からも、ここでどのように振る舞えばいいか、注意事項や禁止事項は聞いているから、多分大丈夫よ。それに、素性を明かせない私がギルバート様の生家、ルビウス公爵家に行くわけにはいかないのだから」
後半エヴリンは苦笑した。
東マギーアの中でも力を持つルビウス公爵家のギルバートが西マギーアの人間、ましてや西マギーアで力を持つサフィーラ公爵家の娘であるエヴリンを屋敷に連れて行くわけにはいかないのだ。下手したら国家反逆の疑いがかけられたり、売国奴と呼ばれかねない。
「分かった。くれぐれも気を付けるんだぞ。俺も後で合流するから」
「ええ。ありがとう、ギルバート様」
エヴリンはふふっと微笑み、一旦ギルバートと別行動になった。
᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥
「鍛錬場……?」
エヴリンは大きな建物の前で立ち止まり、首を傾げる。
すると、建物の受付らしき場所にいた中年男性からエヴリンは声をかけられる。
「おや? お嬢ちゃん、見かけない顔だね。見学かい?」
「……! あ、えっと、その……」
いきなり声をかけられて、エヴリンはビクッと肩を振るわせた。
「ここは鍛錬場だよ。その名の通り、お貴族様が魔力を鍛える場所だ。見学はいつでも大歓迎だよ。お嬢ちゃん、見学するかい?」
「……はい」
エヴリンは思わず頷いていた。
(鍛錬場……魔力を鍛える場所……。西マギーアにはない場所だわ)
鍛錬場の者に案内されながら、エヴリンは建物内をキョロキョロと見渡していた。
東マギーアの貴族達が自身の魔力を鍛えていた。
すると、いきなり大きな爆発音が響く。
(え……何!?)
エヴリンはビクッと驚いていた。
音がした場所には貴族が倒れていた。
「あのお方は……大丈夫なのですか?」
エヴリンは恐る恐る聞いてみた。
「ああ、よくあることです。どうやら魔力の加減を間違えてしまったのでしょうね」
鍛錬場の者がそう説明しているうちに、倒れていた貴族は鍛錬場の救護担当者から適切な処置が施されて再び立ち上がる。
「だけど、そうやってお貴族様達はご自身の魔力を強めるのですよ。我々平民を守る為にお貴族様は頑張っていらっしゃいますから、我々もお貴族様達の為に頑張りたいのです」
エヴリンを案内している者は東マギーアの貴族達に尊敬の眼差しを向けていた。
(心から東の貴族を尊敬して信じているのね)
エヴリンは意外そうに目を丸くしていた。
「貴女もそうでしょう?」
「え……ええ、そうですね」
話を振られたエヴリンは戸惑いつつも頷いてみた。
(東の貴族の方々は……一生懸命なのね)
鍛錬場を一通り見学したエヴリンはそう感じた。
᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥
鍛錬場を出たエヴリンは街を歩いていた。
西マギーアと違って魔道具が一切なく、エヴリンにとっては確実に不便な生活であることには違いないが、それでも街の平民達は明るく楽しそうだった。
(西では東の平民を救わなければならないと言われてきたけれど……ここの方々は心から生活を楽しんでいる感じだわ)
建物の雰囲気も、売られている商品も古いものばかり。それでも皆満足そうであった。
エヴリンにとってそれらの光景は非常に新鮮だった。
「おや、お嬢ちゃん、この品に興味あるかい?」
「ええ。一つくださるかしら?」
エヴリンはせっかくなので屋台で売られている品を買ってみることにした。
ちなみに、西マギーアと東マギーアは通貨が同じである。
「はい、毎度あり!」
店主が豪快に笑い、エヴリンに品を差し出した。
「ありがとう」
エヴリンは購入品を受け取り、懐にしまう。
その時、少し離れた場所で騒ぎが起こる。
「大変だ! 道が崩れちまったよ! 物流の馬車がこれじゃ通れねえ!」
一人の男性がそう叫んでいた。
どうやら道が陥没したようだ。
(まあ、トラブル……。西だと魔道具を使って解決するのだけれど、魔道具がない東はどうするのかしら? かなり大規模な陥没よ)
エヴリンはそれが気になった。
すると、一人の女性の声が響く。
「みんな、土の魔力を持つお貴族様を連れて来たわよ!」
「皆さん、危ないから下がって! 後は私に任せてくれたまえ!」
女性が連れて来た貴族男性はそう言い、すぐに土の魔力を発動させる。
すると、陥没した道が盛り上がり、みるみるうちに元通りに戻るのであった。
それを見た者達は「おお!」と喜びの声をあげる。
「ありがとうございます!」
「これで物流が止まらずに済みます!」
「流石はお貴族様! 頼りになります!」
皆、口々に貴族の男性に感謝の言葉を述べる。
「私は当たり前のことをしただけだ。私には光の女神ポース様と闇の神スコタディ様が作り出した魔力が与えられた。だからそれを人々の為に生かす使命があるのだ」
貴族男性のその言葉に平民達は更に盛り上がった。
(凄いわ……!)
エヴリンは一連の様子から目が離せなかった。
(多分西には、あの陥没を一人で対処出来る魔力を持つ貴族はいない。きっと鍛錬の賜物ね)
先程の貴族男性の魔力にエヴリンは感心していた。
(それに、貴族は平民を守ることが当たり前とされている。魔道具を禁止して平民を虐げているわけではない。おまけに平民達も貴族を信じている。……西では見られない光景だわ)
実際に見た東マギーアの日常に、今まで西マギーアで教わった常識は何度も覆されるエヴリン。
東マギーアに対する認識は変わりつつあった。
(だけど……)
エヴリンは少しだけ表情を曇らせる。
(魔道具はあった方が良いと思うわ。いつでも適切な魔力を持つ貴族がいるとは限らない。貴族が直接平民を守ることも確かに必要だけど、平民にも自分達の生活を守る術を教えるべきだと思うわ)
東マギーアの良い面と、改善した方が良いのではないかと思う面が見え始めるエヴリンであった。
読んでくださりありがとうございます!
少しでも「面白い!」「続きが読みたい!」と思った方は、是非ブックマークと高評価をしていただけたら嬉しいです!
皆様の応援が励みになります!




