それぞれの友人達
エヴリンとギルバートはサロンの者達に向かって恋仲であると宣言した。
「まあ……!」
「おお……!」
スザンナとジェレマイアはエヴリンとギルバートの宣言に驚いたように目を見開いている。
「西と東で恋人同士だと!?」
「何というか……凄いわね!」
「まだ東西の未来がどうなるかは分からないのに」
サロンにいた者達も驚いている様子だ。
しかし、反対したり文句を言う者は誰もいなかった。
ベーテニア王国へ留学する者達はやはり東西融和の考えが浸透しているようだ。
「エヴリン様、ですが貴女のお祖父様は確か、東マギーアに対して大きな嫌悪を抱いているはずですわ」
スザンナはエヴリンの生家サフィーラ公爵家のことを知っているようで、少し心配そうな表情になっていた。
「ええ。お祖父様は絶対反対なさるわ。だけど、根気良く説得するつもりよ。それに、ギルバート様と一緒にいられるのなら、世界を変えたい」
エヴリンは前を向く。
確実にサフィーラ公爵家の祖父から反対されることは見えているが、未来を諦めていない表情だ。
「エヴリン様、少し変わられましたわね。西マギーアにいた頃には考えられないことでしたわ」
スザンナは今のエヴリンを見てクスクスと楽しそうに笑っている。
「そうね」
エヴリンはチラリとギルバートの方を見て微笑んだ。
「私も、ベーテニア王国に来て変わることが出来ましたわ」
スザンナはサロン全体を見渡して穏やかな表情になっていた。
その後、エヴリンとギルバートはサロン内で行われている東西融和への動きを聞いた。
西マギーアと東マギーアの融和は主にエヴリン達のような若い世代で進めようとしていることである。
しかし、まだ大きなことは出来ていない状況だ。
東西融和が若い世代の間で語られるようになったのは、ここ数年の話らしい。
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「私の知らないところでここまで東西の壁が薄くなっていたなんて、驚きよ」
エヴリンは目を丸くしながら得た情報のメモを見ている。
「ああ、俺もだ」
ギルバートは頷いた。
「エヴリン様、私も、ベーテニア王国へ留学しなければ東マギーアに対して偏見を持ったままでしたわ」
「東にも、西に対して偏見を持つ奴はまだ多い」
スザンナの言葉に対し、ジェレマイアがポツリと呟いた。
「エヴリン嬢、色々情報も得られたことだ。せっかくベーテニア王国へ来たのだから、街を歩いてみないか? もちろん、スザンナ嬢とジェレマイアも」
ギルバートは明るくそう提案した。
「まあ、ギルバート様、それ素敵ね」
ギルバートの提案にエヴリンは目を輝かせた。
「確かに良い提案だ」
「楽しそうですわ」
ジェレマイアとスザンナも乗り気のようだ。
こうして、四人はベーテニア王国の街へ行くことになった。
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「そうか、スザンナ嬢はそのようなことに興味があるのか」
「ええ。それにしても、やはり東の方は魔力強化を重点的に学ぶ方が多いのですね」
街を歩きながら、ギルバートとスザンナが仲良さそうに話をしている。
(ギルバート様とスザンナ様……もう仲良くなっているのね。……ギルバート様も楽しそうだわ)
エヴリンは二人の後ろ姿を見ながら少しモヤモヤしていた。
「気になりますか?」
不意に横から声をかけられ、エヴリンは肩をピクリと震わせた。
「ジェレマイア様……」
「驚かせてしまい申し訳ないです」
ジェレマイアは困ったように微笑んでいた。
「いえ」
エヴリンは表情を和らげる。
「エヴリン嬢、安心してください。ギルバートは浮気など不誠実なことはしません。幼馴染である僕が保証します」
「まあ」
その言葉に、エヴリンは思わずクスッと笑う。
「そうですわね。ギルバート様は出会った時から真っ直ぐでしたわ。それに、スザンナ様も、私の恋人を奪うような真似はしませんわね」
エヴリンはギルバートとスザンナの後ろ姿を見ながら微笑んだ。
「ジェレマイア様、せっかくですし、ギルバート様の幼い頃などを教えていただけますか?」
「良いですよ」
ジェレマイアは話し始める。
「僕とギルバートがまだ八歳だった時です。僕達は川に溺れている子猫を発見しました」
エヴリンは黙って話を聞いている。
ギルバートのどんなエピソードが聞けるのかワクワクしていた。
「ちょうどそこには水の魔力を扱える人がいませんでした。ギルバートは炎の魔力ですし、僕は風の魔力でしたから。だから、水の魔力を扱える人を呼んで、溺れている子猫を助けようとしたんです。だけどギルバートは……」
そこでジェレマイアは懐かしそうに微笑む。
「自ら川に入って溺れている子猫を助けようとしたんです」
「まあ、ギルバート様らしいわ」
エヴリンは表情を綻ばせて前を歩くギルバートをチラリと見る。
「それで、子猫は助かりましたが、今度は逆にギルバートが溺れました」
「あらまあ……」
「まあ、そこに水の魔力を持つ者がやって来たから、ギルバートは助かりましたけど」
ジェレマイアは懐かしそうに苦笑した。
「やっぱりギルバート様は昔から真っ直ぐで正義感が強いですわね」
エヴリンは子供の頃のギルバートを想像し、愛おしそうに目を細めた。
「その表情は、僕ではなくギルバートに見せてあげてください。それに、ギルバートはああ見えて意外と嫉妬深かったりもしますから」
ジェレマイアはクスッと笑う。
「ギルバート様が嫉妬深い……。想像がつきませんわ」
エヴリンはふふっと笑った。
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一方、ギルバートとスザンナは少しだけ不穏な雰囲気になっていた。
「ギルバート様よりも私の方がエヴリン様との付き合いは長いのですが、貴方はエヴリン様の何を知っておりますの?」
スザンナはやや挑発的な口調である。
(スザンナ嬢はエヴリン嬢のことを大切な友人として思っているのだな)
ギルバートは思わず苦笑してしまう。しかし、スザンナに対して悪印象は抱かなかった。
スザンナはギルバートよりもエヴリンとの付き合いが長い。だから恐らくその分エヴリンのより深い部分も知っているだろう。
そう考えると、ギルバートの中に少しだけ対抗心が生まれた。
(俺だって、エヴリン嬢のことが大切だ。正直、スザンナ嬢には負けたくないかもしれない)
ギルバートの脳裏には様々なエヴリンの姿が浮かぶ。
出会った当初の、ギルバートを警戒するエヴリン。当時の彼女の目つきは鋭かった。しかし、ギルバートを害する気はなかったようで、その後はぎこちない態度ではあるが比較的協力的だった。
エヴリンと打ち解け始めたのは、魔獣観察のフィールドワークでドラゴン型魔獣に襲われた時。ギルバートが咄嗟にエヴリンを助けてから、彼女は少しずつ心を開いてくれた。
ギルバートにとってはそれが嬉しかった。
更に、その時はエヴリンが左足を捻挫し、ギルバートが横抱きにして運ぶ必要があった。
その時、エヴリンの華奢な体をダイレクトに感じ、ドキッとしたことは秘密である。
ギルバートがエヴリンに好意を寄せ始めたのはその頃からだった。
(エヴリン嬢と出会ってから、色々あったな)
ギルバートはフッと笑う。
「そうだな……エヴリン嬢は、好奇心旺盛で真っ直ぐだ。俺は、彼女のそういう部分に惹かれた。叶うのならば、この先もエヴリン嬢と一緒にいたいんだ。この気持ちは、誰にも負ける気がしないな。たとえエヴリン嬢の友人であっても」
ギルバートの真紅の目は真っ直ぐ力強かった。
「……左様でございますか。私だって、エヴリン様が大切ですから。正直、ぽっと出の方に横取りされたくはありませんわ」
スザンナはややムスッとした表情だった。
「エヴリン嬢は愛されているな」
「それはもちろん。ただ……エヴリン様とこの先も付き合う覚悟があるのなら、彼女のお祖父様と対峙することは確かですわ。エヴリン様のお祖父様は、東マギーアを心底憎んでいるようですから」
スザンナの紫の目は、どこか複雑そうだった。
しかしエヴリンを案じ、ギルバートを認めていることは確かである。
「ああ」
ギルバートは頷いた。
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エヴリンはジェレマイアからギルバートの話を聞いて、クスクスと楽しそうに笑っている。
すると、前を歩いていたギルバートがエヴリン達の方を振り返る。
「二人共、何の話をしていたんだ?」
「ギルバートに言う義理はない話かな」
ジェレマイアは少し挑発したように言う。
するとギルバートはムッとした表情になり、エヴリンの横に来てエヴリンをジェレマイアから引き離した。
「エヴリン嬢、少しジェレマイアと距離が近いぞ」
その言葉に、エヴリンは思わずクスッと笑ってしまう。
確かにジェレマイアが言った通り、ギルバートには嫉妬深い一面があった。
「ギルバート様は可愛らしいところがあるわね」
「可愛い……俺がか……?」
ギルバートは嬉しそうな、複雑そうな表情をしていた。
「ええ。ギルバート様、安心してちょうだい。ただギルバート様のことを話していただけよ」
エヴリンはギルバートを安心させるように優しく微笑んだ。
「嫉妬深い男は嫌われるぞ、ギルバート」
「煩いぞ、ジェレマイア」
冷やかし気味のジェレマイアを軽く叩くギルバート。
「エヴリン様、愛されていますわね」
「スザンナ様ったら」
エヴリンはスザンナの言葉に赤面するのであった。
四人はその後、ベーテニア王国の街にあるカフェに入り、色々と談笑しながら楽しむのであった。
(西マギーアのスザンナ様と私、東マギーアのギルバート様とジェレマイア様……。改めて考えると、何だか不思議な感じね。だけど、いつの日かこれが日常になれば良いわ)
エヴリンはそう願うのであった。
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