試験勉強とトラブル
ソルセルリウム帝国の魔法学園の雰囲気は試験に向けてややピリピリとしていた。
学園の中には落第点を取ったら強制退学になる生徒や祖国に強制送還されかねない留学生もいるのだ。
幸い、エヴリンとギルバートはまだ留学したばかりで落第点を取ってもそういった扱いにはならない。
しかし、なるべく落第点を取ってしまうことだけは避けたいところである。
(魔法薬学はほとんど完璧だけど、油断は禁物ね)
エヴリンは寮の自室で魔法薬学の教科書やノートをじっくりと読み込み、気を引き締めている。
その集中力は見事なものだった。
(他の科目もしっかりやらないと)
エヴリンはキリの良いところで魔法薬学の勉強を切り上げ、他の科目の勉強に移った。
魔獣観察、魔力強化の座学など、取っている科目をエヴリンはまんべんなく勉強していた。
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一方、ギルバートも寮の自室で試験勉強に励んでいた。
(魔力強化の座学はこんなものだな。後は実践あるのみだ。魔力強化は実践試験の方が重視されているみたいだからな)
ギルバートは満足した表情で魔力強化の教科書とノートを閉じ、別の勉強に移る。
(そうだ、魔法薬学でいまいちよく分かっていない部分がある。明日、エヴリン嬢に聞いてみよう。放課後一緒に勉強する約束をしていたのだからな。彼女の魔力強化の実践試験対策も)
ギルバートは恋人になったエヴリンのことを思い浮かべ、フッと表情を綻ばせた。
エヴリンとギルバート、試験勉強は順調である。
᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥ ᪥
翌日の放課後、訓練所にて。
「エヴリン嬢、もう少し力を入れるんだ」
「……こうかしら?」
エヴリンは体に力を入れて水魔法を発動させた。
エヴリンの手からはそこそこの量の水が発せられ、離れた場所にある的に当たる。
現在エヴリンはギルバートに教えてもらいながら、魔力強化の実践試験対策をしているのだ。
「ああ。ただ、体全体ではなく重心部分に力を入れた方が魔力を発動させやすい」
ギルバートはそう言い、手を伸ばして炎の魔力を発動させた。
ギルバートの手からは勢い良く火炎放射のように炎が出て、的を焦がす。
「相変わらず凄いわね」
エヴリンはギルバートの魔力に感心していた。
以前魔獣観察のフィールドワークでドラゴン型魔獣襲来により他の生徒達と逸れた時も、ギルバートの魔力は強力だったのだ。
「私ももう一度……!」
エヴリンはギルバートの助言通り、体の重心に力を入れてみる。
すると、先程よりも魔力が操りやすい感じがした。
(あ……! 何だか体が軽いわ)
エヴリンはそのまま水の魔力を発動させる。
エヴリンの手からは先程よりも多く、勢いのある水が飛び出した。
その水は、見事に的の中央に命中。
「良い感じだ。これなら及第点は簡単に超えるだろう」
「ありがとう。ギルバート様にそう言ってもらえると自信になるわ」
エヴリンは表情を明るくした。
そこまで得意ではなかった魔力強化。
ギルバートのお陰で試験を乗り越えそうである。
「良かった。それからこれは試験には関係ないが、水の魔力を派生させたら氷や雪を作ることも出来るぞ」
「まあ、氷や雪。初めて知ったわ」
「東の人間は当たり前のように魔力強化で己の魔力を鍛えるから、水の魔力の持ち主は当然のように氷や雪も発生させる」
「東はそうなのね。……試験が終わったら、私もやってみようかしら? 夏に氷や雪を発生させたら面白そうだわ」
エヴリンはクスッと笑う。
「確かにな」
ギルバートも夏に降る雪を想像したようで、面白そうに笑った。
「ギルバート様、教えてちょうだいね」
「もちろんだ」
二人は微笑み合う。
「エヴリン嬢、君の実践練習が終わった後、図書室に移動しよう。魔法薬学の試験範囲で少し分からないところがあるんだ」
「ええ。魔法薬学は得意分野だから、任せてちょうだい」
エヴリンは得意げな表情になった。
自分の得意なことをギルバートから頼られて、少し嬉しくなったのだ。
その時、周囲が騒がしくなる。
「大変だ! 魔獣研究クラブで飼育されている小型魔獣が大量に脱走した! みんな、手分けして捕まえてくれ!」
眼鏡をかけ、白衣を着た男子生徒が走りながらそう叫ぶ。
どうやら彼は魔獣研究クラブに所属しているようだ。
「魔獣脱走……!?」
「人間を襲う魔獣ではないよな……!?」
エヴリンとギルバートは少し身構える。
すると、二人の足元をリス型魔獣やウサギ型魔獣、更にはモルモット型魔獣などが大量に走っていた。
「可愛いわね」
エヴリンは思わず頬を緩める。
「確かに。だが魔獣だから注意は必要だな」
ギルバートは近くを走っていたピンク色の毛並みのウサギ型魔獣をひょいと捕まえた。
魔獣は基本的に普通の動物ではあり得ない毛色である。
「ああ、ご協力ありがとうございます」
エヴリン達の近くにいた魔獣研究クラブに所属している生徒はギルバートからウサギ型魔獣を受け取り檻に入れた。
しかし、まだまだ脱走した魔獣はたくさんいる。
他の生徒達も四苦八苦しながら小型の可愛らしい魔獣達を捕まえていた。
エヴリンも近くにいた水色の毛並みのモルモット型魔獣を捕まえた。
モルモット型魔獣はエヴリンの手の中でプイプイ鳴いている。
「ふわふわしていて可愛い……」
思わず頬を擦り寄せるエヴリンだった。
「あの、その魔獣をこちらの檻に……」
「あ、そうでしたわね」
魔獣研究クラブ員の者の言葉にハッとし、エヴリンはモルモット型魔獣を檻に入れた。
その時、エヴリンは自身の髪に違和感を抱いた。
(あら……?)
エヴリンの長い蜂蜜色の髪がハラリと肩にかかる。
ギルバートからプレゼントされたラナンキュラスの髪飾りで髪をアップにしていたエヴリン。
肩にかかった髪に触れ、まさかと思い髪飾りを着けていた場所に触れる。
エヴリンの予想通り、そこには何も着いていなかった。
「私の髪飾り!」
エヴリンは慌てて周囲を探す。
すると、白い毛並みにピンクのハート模様のリス型魔獣がエヴリンの髪飾りを持っていた。
「ああ! あいつは人懐っこいけれどすばしっこくておまけに悪戯好きの魔獣です!」
「そんな……!」
エヴリンは魔獣研究クラブ員の言葉に青ざめる。
リス型魔獣はエヴリンの髪飾りを持ったまま駆け出した。
恋人であるギルバートからプレゼントされた大切な髪飾り。何としてでも取り返したい。
エヴリンはその思いと共にリス型魔獣を追いかけた。
「エヴリン嬢! 中庭の方に行ってるぞ!」
ギルバートもエヴリンと一緒にリス型魔獣を追いかける。
エヴリンの髪飾りを持って素早く駆け抜けるリス型魔獣はそのまま中庭の木に登る。
「木登りは得意よ。幼い頃、お兄様達とよく木登りをしていたのだから」
エヴリンはリス型魔獣がいる木に登り始める。
そこそこ運動神経が良いエヴリンは、難なくリス型魔獣がいる場所まで登った。
「エヴリン嬢、凄いな。でも、気をつけるんだぞ」
ギルバートはそんなエヴリンに感心していた。
「ええ。大丈夫よ」
エヴリンは木の下にいるギルバートにふふっと笑った後、リス型魔獣に目を向ける。
枝の先端にいるリス型魔獣。隣の木との距離もかなりあるので飛んで逃げることは不可能だ。
エヴリンは勢い良く手を伸ばし、リス型魔獣を捕まえた。
「さあ、私の髪飾りを返してちょうだい。それは大切なものなのよ」
エヴリンはリス型魔獣が持っていたラナンキュラスの髪飾りを取る。
すると、リス型魔獣は残念そうな表情になっていた。
「綺麗なものが欲しいのなら、代わりにこれはどうかしら?」
エヴリンは木に咲いていた赤く艶やかな花をリス型魔獣に渡す。
すると、リス型魔獣は満足した様子だった。
「やっぱり可愛いわね」
エヴリンは自身の手の平にリス型魔獣を乗せて頬を擦り寄せた。
リス型魔獣も満更ではない様子である。
その時、エヴリンがいた太い枝の部分が折れる。
「嘘……!?」
エヴリンはリス型魔獣を守るように包み、受け身の体制を取る。
「エヴリン嬢!」
ギルバートは血相を変えてエヴリンが落ちて来る場所に駆け寄った。
いずれ来るであろう痛みに目を瞑るエヴリン。
(光の女神ポース様、闇の神スコタディ様、どうかご加護を……!)
思わず信仰している神達にすがるエヴリン。
しかし痛みは来ず、温かな何かに包まれた。
恐る恐る目を開けると、至近距離にギルバートの顔があった。
「ギルバート様……!」
思わず顔を赤く染めるエヴリン。
エヴリンはギルバートに抱き止められ、横抱きにされていた。
「エヴリン嬢、大丈夫か?」
優しい声のギルバート。
「ええ。ありがとう。ギルバート様のお陰で私もこの子も無事よ」
エヴリンは手の平に包んでいたリス型魔獣を見せる。
リス型魔獣はエヴリンの手の平にからひょこっと顔を出していた。
「髪飾りも取り返したわ」
エヴリンはリス型魔獣と一緒に手の平に包んでいたラナンキュラスの髪飾りをギルバートに見せる。
「そうか。とにかく、エヴリン嬢が無事で良かった」
「ありがとう、ギルバート様」
エヴリンはふわりと笑った。
リス型魔獣を魔獣研究クラブ員が持つ檻に戻してたエヴリンとギルバート。
予期せぬトラブルに巻き込まれたが、その後二人は図書室に向かい、魔法薬学の勉強をするのであった。
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