分かたれた国
公爵令嬢エヴリン・サフィーラの朝は、祈りから始まる。
暖かな、新しい朝の光を浴びながら、エヴリンは胸の前で指を組み、サファイアのような青い目ををそっと閉じる。
「光の女神ポース様、闇の神スコタディ様。新しい朝をありがとうございます。本日も我々をお導きください」
この世界の者は皆、光の女神ポースと闇の神スコタディを信仰している。
光と闇、対になる二人の神は二人で一つ、夫婦神と言われているのだ。
遥か昔、この世界に光の女神ポースと闇の神スコタディが降り立った。
二人の神は魔力を作り出し人間に授け、この世界を発展させた。
その為、この世界の人々は皆光の女神ポースと闇の神スコタディを信仰するようになった。
そして魔力を持つ者達は貴族、王族となり、世界を更に発展させたのだ。
「エヴリンお嬢様、おはようございます」
エヴリンの部屋の扉がノックされる音が聞こえた。
エヴリンの侍女が朝の支度を手伝いに部屋に入って来る。
いつもベストなタイミングに来てくれるので、エヴリンは思わず笑みがこぼれた。
「いつもありがとう。だけど、今日留学先のソルセルリウム帝国に行くのだから、一人で出来るようにならないと」
エヴリンは身支度を手伝ってくれる侍女に対してそう微笑む。
蜂蜜色の髪はハーフアップにされ、青いリボンの髪飾りで結ってある。
エヴリンの目と同じ、サファイアのような青だ。
身支度を終えたエヴリンは、家族がいるダイニングに向かい、朝食を取る。
「いよいよエヴリンは今日から留学か」
「寂しくなるわね」
「エヴリン、向こうの国でもしっかりやるんだぞ」
「長期休暇の時は帰って来いよ」
父、母、二人の兄はエヴリンが留学することをまるで自分のことのように喜んだり、寂しがったりしていた。
「ええ。ソルセルリウム帝国で精一杯学んで参りますわ。特に、最先端の魔法薬学が学べることが楽しみです」
エヴリンは特に魔法薬学に興味を持っているのだ。
エヴリンは留学生活に思いを馳せながらナイフでオムレツを一口サイズに切り、口に運ぶ。
洗練された動作である。
「エヴリンよ」
やや重々しい声に呼ばれるエヴリン。
「はい、お祖父様、何でしょう?」
エヴリンはフォークとナイフを置き、祖父の方へ体を向ける。
エヴリンの祖父はもうサフィーラ公爵家当主を引退しているが、まだまだ心身共に元気であるようだ。
ちなみに、エヴリンの祖母は彼女が幼い頃に亡くなっている。
「ソルセルリウム帝国には東マギーアの奴らも留学しているかもしれん。東マギーアの奴らにはくれぐれも気をつけることだ。奴らは我々西マギーアの敵だからな」
「承知しておりますわ。東マギーアは魔力を持つ王族、貴族達が平民を押さえつけている。東マギーアは魔力を持たない平民を虐げている野蛮な国家である。ですわよね」
「ああ、その通りだ」
エヴリンの答えに祖父は満足したようだ。
エヴリン達が暮らしている国は西マギーア。
王族、貴族達は魔力と共に魔道具も発展させた。
魔道具とは、魔力を動力源とする道具のこと。普通の道具よりも長持ちし、便利である。
魔道具のお陰で、西マギーアの魔力を持たない平民の生活の質も高いのだ。
そして西マギーアは隣接する東マギーアと敵対している。
西マギーアと東マギーアは、かつてマギーア王国という一つの国だった。
ある時、当時のマギーア王国に双子の王子が誕生した。
二人はとても仲が良く、優秀だったので当時の国王はどちらを時期国王にするか迷っていた。
しかし次第に二人は考え方の違いにより衝突してしまう。
兄は魔道具を用いて、魔力を持たない平民の生活の質を向上させようとした。
一方弟は魔力至上主義。光の女神ポースと闇の神スコタディにより与えられた力を重視し、魔力を持つ者が上に立つことを重視していた。
国王は双子のどちらの言い分も理解出来た為、どちらを時期国王に指名するか悩んだ。その後どちらかを指名する前に病気で亡くなってしまった。
当然ながら、残された双子の王子の間でどちらが王位を継ぐか争いが起き、ついには内乱にまで発展してしまう。双方が拮抗しており内乱は長期に渡った。マギーア王国の内乱はどんどん激しくなり、隣国にまで火の粉が降りかかりそうな事態に陥った。
そこで隣国ベーテニア王国が介入し、兄はマギーア王国西側を、弟はマギーア王国東側を治めることに決まった。
これにより、西マギーアと東マギーアが誕生した。
ちなみに、ベーテニア王国は西マギーアと東マギーアに対して中立的な立場である。
西マギーアと東マギーアはいがみ合う関係となり、国境には高い壁がそびえ立つ。
かつて一つの国だっだマギーア王国は、こうして二つに分かたれてしまった。
そして五十年が経過し、現在に至る。
「東マギーアの王族貴族共はならず者。我々西マギーアは東マギーアの平民達を助けねばならぬ。東の平民達は貧しい暮らしを強いられているのだからな。東マギーアの王族貴族共は人ではない! 下等生物だ! 一人残らず駆逐すべきだ!」
まるで自分が正義であるかのような態度の祖父。
ちなみに、東マギーアのことを東、西マギーアのことを西と略す時がある。
「父上、分かっていますから。今は朝食を楽しみましょう」
「お義父様、冷めないうちにスープをいただきましょうよ」
苦笑しながら祖父を宥める父。母もやんわりと祖父を宥めていた。
「兄上、確かマギーアが東西に分裂したのはお祖父様が十五歳の時でしたよね?」
「ああ。お祖父様はその時の内乱で今の東陣営に妹を殺されたらしいから、東への恨みは強いんだろう」
兄達はそう話している。
東マギーアは野蛮なならず者国家。東マギーアは悪い国。
エヴリンは祖父からも、西マギーアの学園でもそう教わっていた。
(東マギーア……壁で隔たれた、近くて遠い隣国……。便利な魔道具を認めず、平民に苦労を強いる国……。少し怖いわ。ソルセルリウム帝国で東の方に会うことがなければ良いけれど……)
エヴリンは少し眉をひそめ、スープを飲むのであった。
エヴリンが留学するソルセルリウム帝国は、西マギーアから複数の国を隔てた場所にある大国だ。この世界の覇権国家と言っても過言ではない。
ソルセルリウム帝国は、マギーア王国が西東に分かれる際に介入したベーテニア王国同様、中立的な国家である。
(ソルセルリウム帝国は魔力だけでなく魔法薬学の最先端の知識や技術が学べるわ。会うかも分からない東マギーアの方々のことを恐れていては、何も出来ないじゃない)
エヴリンは少し感じた恐怖や不安を振り払い、再びソルセルリウム帝国で学べる魔法薬学に思いを馳せるのであった。
読んでくださりありがとうございます!
少しでも「面白い!」「続きが読みたい!」と思った方は、是非ブックマークと高評価をしていただけたら嬉しいです!
皆様の応援が励みになります!