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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

みそぎ道

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんのまわりで、ここのところ交通事故などはあったかい?

 まあ、ないに越したことはないよねえ。昨今の発達した交通手段は簡単に人を壊しうるからなあ。

 車は大質量と高速度を併せ持った、おそるべき危険物である……という実態をいちいち気にする人はそう多くないかもしれない。いざとなれば、オートマチック車なぞは子供にも運転できてしまう代物だろう。

 それほど簡単で危ういものだからこそ、免許がいる。許しなくいろいろできてしまったら、何がきっかけで悲劇が巻き起こるか分からないからねえ。法と治安の守り手としてはおろそかにできないところさ。


 そして事故が恐れられるのは、直接的な命や物品の危機をもたらすから、ばかりじゃあない。他の恐ろしい力の呼び水たりえる可能性を持っているゆえだ。

 それに出くわさずにいられたなら、幸運なこと。しかし出会ってしまうときのそなえは、しといて損じゃないかもね。

 私の昔の話なのだが、聞いてみないかい?


 みそぎ道の事故というと、私たちの地元ではちょいと知られた話なんだ。

 みそぎ道というのは、私の地元のとある観音様へお参りするときに利用された、昔ながらの道路を指している。

 かつてその観音様へ参拝しようとするものは、みそぎ道を通る途中、水で身体を清めながら歩いたのだという。およそ江戸時代まではこの風習があったのだとか。

 明治以降の近代化の波で、これも廃れていったのだけど、やや上り坂になっているその道は、長らくガードレールのたぐいが設置されていない場所だったんだ。


 はっきりとした理由は、私には分からない。

 ただ、そこを行き来する車たちは道の高低差と、交互に行き来しなくてはならないほどの細さに気を配らざるを得ない。

 バスの通り道でもあったから、私もバスを使うときなど何度も目にしている。最高点では地面まで数メートルほどの高さになり、車などが転げ落ちたら惨事になるだろう。

 いつかきっと、ここで事故が起こる。子供ながらにそう感じていたものさ。

 だから、みそぎ道の事故に関して学校で伝えられたときには、内心「とうとう来たか」と半分やれやれ気味だったよ。


 が、その後の注意ごとが少し妙だ。

 事故現場に近寄らないようにする、というのは至極当然なのだけど、それにくわえて、ここ数日で鼻血が出た人は、その血をできる限り飲み込んで、外へ出すなとのことだった。

 事故と鼻血というギャップある話題転換に、私だけじゃなくクラスの全員がとまどって、ざわつき始めたよ。それを先生が制し、話をしてくれる。

 みそぎ道のことについての話がおさらいされるも、そこにはまだ続きがあったんだ。


 みそぎ道は長く人々を清め続けたために、自分自身もまた清いことが尊いことと認識するようになってしまった。

 そこへ血のような穢れの気配を感じると、それを外へ追い出さんとする。

 いかなる人工物も、その歴史において「血」にかなうものはなく、他のものがいくら自分を汚すマネをしようと、笑って許すほどの器量がある。

 だが血に関してのみは例外で、いわば不倶戴天の敵。それをみそぎ道は追い払おうと力を使うのだと。


「犠牲となった者たちへ、戻すことがかなわないとき。みそぎ道は誰かしらにその血をよこすわ。それは元あった血を追い出して入り込まんとするの。

 鼻血以外にも、くれぐれも出血しないようにつとめなさい」


 この不可解な先生の忠告を、私はほどなく実感することになる。


 自宅を目前にして。不意に私は猫じゃらしでイタズラされたようなむずがゆさを、鼻の奥から感じた。

 思わず出る、盛大なくしゃみ。それとともに、びしゃりと音を立てて足元のアスファルトへ赤い飛沫が飛んだ。

 むずがゆさは、たちまち痛みと化して私の鼻の入り口へ殺到。暖かいものと一緒に次々と追加分を出していく。

 鼻血だ。ハンカチ、ティッシュを出す時間も惜しく、とっさに手で抑え込む。

 鼻を両手の指でぎゅっとつまんだ。こうしてしまえば血が垂れることもないだろう。片手でだってシャットアウトできた経験があるんだし、オーバーパワ―だ……そう思っていた。


 血は止まらない。

 バカな、と顔をあおむけにした。こうすれば口に回ってくることはまだしも、鼻から出ようとすることなど、ないはず。

 血は止まらない。

 重力などないかのごとく、上向いた顔面。その内なる傾斜を駆けのぼり、なおも鼻腔から顔を出さんとする勢い。

 たまらず、すぐそばの自宅に逃げ込んだ。家族の手を借りなきゃとうてい無理だ。

 おそらく、連絡網がすでに回っていたのだろう。玄関で待ち受けていた母に、しこたま鼻を冷やされたよ。

 水をたっぷりたたえた洗面器には氷がいくつも浮かばされてあったが、それだけじゃあない。

 塩気だ。鼻を冷やす際に垂れたその冷水は、塩の味がふんだんに含まれていたんだよ。

 みそぎ道のことを思い出す。あそこは行く人をことごとく清めるために使われていたとのことだった。

 ならば、こちらも身を清めることで、みそぎ道の心ある者だと思わせねばならない。

 事実、塩水で冷やし始めてしばらくすると、鼻血はおさまったのだけど……妙なことがある。


 私の血液型が変わってしまったんだよ。

 父母の血液型からして、その子供はA型かO型しか生まれない。私は当初A型だったはずなんだが、O型に変わってしまったんだよ。

 あのとき、出てしまった血をきっかけにして、事故に遭った者の血が混じってしまったのかもねえ。

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