3. 領地学を学ぶ
カランが私の肩を軽く叩きました。
何かあったのでしょうか?
「姫様、もう少しで領地学の時間でございます」
「もうそのような時間なのですか!?」
慌ててカランに時計を見せてもらうと、もう授業まで20分をきっていました。お姉さまとお話するのが楽しくてすっかり忘れておりました。
着替えもしなければならないのに大変です。
「お姉さま、私この後授業があるのでこのへんでおいとまさせていただきます」
「はい。エルム、では私達もそろそろ刺繍の授業に参りましょう」
お姉さまにご挨拶をしたあと、急いで自室に向かいます。本当は走って向かいたいところですが、そんなところが誰かに見つかれば叱られて逆にたくさんの時間を使ってしまうでしょう。
部屋に着くとすぐ服を着替えます。
「カランがもう少し早く教えてくだされば良かったのに」
カランに身をゆだねながらつい恨み言を洩らしてしまいます。
「いけませんよ、姫様。もう4歳になったのです。ご自分で時間の管理が出来るようにならなくては」
カランは悪戯っぽくそう忠告しました。カランはいつも叱るのではなくそうやって私を諭します。
だからでしょうか。
不思議な説得力があります。
「はい、カランのせいにして申し訳ございません」
カランの言う通りで、人のせいにしてしまった自分が恥ずかしく、少し落ち込みます。
「大丈夫ですよ。それより姫様。私のような下のものに謝ってはいけませんよ。そこは華麗に口に手を当てて『分かりましたわ』とお答えください」
「はい、じゃなくて、わ、分かりましたわ」
「相変わらず姫様は素直でいい子ですね」
「もしかして私をからかってはいません!?」
そうこうしている内に準備は終わったようです。
「カラン、あとどれほどですか?」
「あと5分程ございます」
「良かった。では、隣の机の間に参りましょう」
ぎりぎりでしたが間に合ったようです。
衣装の間の隣の机の間に移動します。といっても、自室の一つなので繋がっていて直ぐに着くのですが。
机の引き出しから筆記用具を取り出して待っていると、しばらくして扉を叩く音が聞こえました。カランに目配せして開けもらいます。
「どうぞお入りください」
「失礼致します。お初にお目にかかります、ルメリア様。私、シルバと申します」
「お初にお目にかかります。どうぞよろしくお願い致します」
さっそく今日習ったお辞儀が披露できて嬉しいです。なかなか上手にご挨拶出来たのではないでしょうか。
始めてお会いした領地学の先生は緑色の目に、白髪の白い髭を貯えた優しそうな老爺でした。
「これは丁寧にありがとうございます。では、本日は最初の授業ということで領地学についてお教えいたしましょう。領地学というのは、貴方の御父君であらせられるクリム様が、お子様方にこのラカルト領について伝えようとお考えになり、私がお教えするように頼まれたものです」
「お父様が…」
「はい、ルメリア様は将来的にこの領地を納め、そうでなく地領に嫁ぐことになるでしょう。その時、この領地について知っていなければ領地のためにはならない、というのが御父君のお言葉です」
「なるほど。私、頑張って学びますわ」
どうやら領地学はとても大事な授業のようです。
お父様もお母様も領地のため、領民のために言って頑張っているのはお話していると分かります。私もそんなお父様とお母様みたいになりたいのです。
だからか、つい気合いが入ってしまいます。
「ふふ。それは何よりです。では、本日は貴方様の御父君が治められるラカルト領についてざっくりとお教えいたしますね。ラカルト領はアウロガリシュタ王国の中にある一つの領地です。代々ルメリア様のお家が納めていらっしゃいます。」
「勉強不足で申し訳ありません。その、領地とはいたい何でしょう?」
「あぁ、私の方こそ申し訳ございません。大事なことなのに伝え忘れてしまいました。領地というのは、はるか昔王家のご先祖様がこのアウロガリシュタに降り立ち、治めた始めたときに従ていた9人臣下に土地を与え、治めるように託したのが始まりです。これによって、アウロガリシュタには王家が直々に治める領地と、王が各々の家に統治を託した9の領地という体制ができたのです。」
「なるほど、ではラカルトも王家から与えられた領地なのですね」
「はい、そのとおりでございます。では、ここで一つルメリア様に考えていただきたいと思います。我々のような治める側に与えられた責任は何だと思いますか?」
「責任…」
「はい」
責任は、やらなければならないことですよね。
何でしょうか?
領地を持つと、ですよね…。
そういえば、よくお父様とお母様はお夕食を食べ終わると、ぼうえいが…とか守りを強めるのが…とか話をしています。
それにカランは防衛は守ることだと、言っていました。
きっと守ることが責任なのですよ。
そう思ったときには弾くように答えていました。
「領地を守ることではないですか!」
「正解、ではありますが少し惜しいですね。我々は領地を守ることがもちろん役目ではあります。それは、外の敵だけではなく、大雨や病気など領民に被害をもたらす、すべてのものからです。」
「雨や病気からも守ることができるのですか?」
「無くすことはできませんが、なるべく抑えることは出来るのです。それはこれからの授業で学んでいきましょう。さぁ、これで一番大事なことは何か分かりましたか?」
外の敵、大雨、病気から領民を守る…。
あっ!
「領民の過ごしやすい地にすることですね!」
「はい、その通りです。」
先生はよくできましたと、でもいうようにそう言いました。
「我々はラカルトに住む領民のおかげで生活が出来ています。そして、我々は力を持っています。だからこそ、領民を守り、彼らが自由に楽しく暮らせるようにする義務が我々にはあるのです」
「そうなのですね。領民というのは、屋敷の外にお住まいの方々ですよね。どんな方々なのですか?」
「領民というのは、ラカルトに住むすべての人を言うのです。ですが、領民にもいろいろな方がいるのですよ。ざっくり分けると、野菜や穀物を作っている農民、服や家具なんかを色々なものを作る方々、その物を売る町人、など様々な方々がいらっしゃいます」
「そんなにたくさんのことをしていらっしゃるのですか!?」
「一人一人が別のことを専門にしていらっしゃるのです。ですが、それぞれが大切で、なくてはならない仕事なのです」
「そして、それを助けるのが私たち治める側の責任ということですね」
「そういうことです。領民は我々とは違った生活をしているのですよ。例えば−−−」
それからも、領地や領民について教えてもらいました。
「では、最後に課題を出しますね。この地には25年前に、大雨が降りそそぎました。それをどのように解決したでしょう?次の授業は、3日後ですね。それまでに答えを出しておいてください。もちろん、本の間で本を読んだり、誰かに聞いてもかまいませんよ」
「はい、分かりました」
「では、これにてこの授業は終わりとなります」
「ありがとうございました」
部屋の奥に控えていたカランに目を向けて扉を開けてもらいます。
「では、失礼」
先生は恭しく頭を下げたあと、部屋から下がりました。
今日はたくさん新しいことを学べたと思います。