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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

謎のうろ

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 なんと、日本で一日に4000人が亡くなられているのか。これって、多いと思う? 少ないと思う?

 確か神話でイザナミは一日に1000人を殺すといい、イザナギは一日に1500人を産もうと話したらしいけれど、いま日本で一日に生まれる子供は3000人程度みたいだね。

 多くの人に知られる、少子高齢の社会ってやつだ。ある意味、イザナミが残した呪いというのが、じわじわと効いてきている時期が来たといえるかもしれないな。


 いざ大きい数を並べられても、個人によってはイメージがつきづらいものは多いだろう。

 僕たちが視野におさめられているのは、この国のほんの一部に過ぎない。

 そこに住んでいる人が、目の前で亡くなったとなればおおごとだろうけど、多くは犠牲者なき穏やかな時間。ひょっとしたら、身内以外の死に居合わせることがない……なんて人も出てくるかもしれない。

 けれど中には、あまりに死と近すぎて、感覚がマヒしてしまう……なんて景色もあったりね。

 私が以前に聞いた話なんだが、耳に入れてみないかい?



 むかしむかし。

 あるところに住んでいた少年は、たいそうな木登り好きで、高い木を見つけると、ついつい登りたくなる衝動に駆られていたらしい。

 村近辺にある高木たちは、およそ登りつくしてしまった。となれば、振り返ることなく、次から次へと新しい獲物を探していくのは、無理のない話。

 子供の足は平地部分を抜けて、山の一角にまで伸びていった。その気になれば、子供の足でも一刻、二刻程度で行って帰ってこれるような小山が、近辺には多かったからだ。


 その山の奥へと分け入っていったとき。

 子供の目の前にふと、一本の杉が立ちはだかったそうだ。

 他の木々を圧倒し、首が痛くなるほど見上げても、木のてっぺんは満足に確かめられない。

 身震いするほど期待がかかる一本だが、子供にはいささか疑問。

 これほど背が高い木であったなら、村のみんなが目にし、少しはうわさにしそうなものだ。子供たちにも、注意をうながすために話がまわってきてもおかしくない。

 とはいえ、そのとまどいもほんのわずかな間だけ。子供はすぐ、木を登りつめたいという衝動のまま、木の幹へ足をかけていたんだ。


 枝が何本も左右に突き出ているも、低いところでは体重を支えるに足らない、細々としたものばかり。ヘタに踏めば、そのまま落下道一直線だろう。

 その子はひたすらにじり登った。やがて葉々は茂る緑が、肌を撫でてくる。

 とがった葉は、ときおり服のすき間からも肌へ入り込んできて、チクチクとそこかしこを刺激してきた。

 でも、これくらいは他の木でも経験済み。子供はおじず、なおも上を目指していき、ようやくぶっとい枝を見つけて、腰をかけたらしい。


 ひと息つける場所を見つけると、高さの確認もかねて、そこからあたりを一望するのが、子供のお約束となっていた。

 しかし、今回はいつもと様子が違う。

 特に葉たちにさえぎられているわけでもないのに、あたりがやたらと暗いんだ。

 並び立つ木々たちこそないが、遠くにあるはずだろう山々は、ただ黒い輪郭による、いくつもの凹凸を織りなすのみ。

 登り始めたのは、まだ昼前だったはず。光は満ち満ちていた。なのに、これだけの時間をかけたというのだろうか。

 奇妙なのは、この木そのものははっきりと葉の緑から樹皮の茶色に至るまで、はっきりと色がとらえられるということ。

 いかに自分がそばにいるとはいえ、ただの夜なら、こうも色の判別がつくはずない。


 ――もしや、自分は木と思って、木とは違う何かに登ってしまったんじゃないか?


 そう思うや、しっかり腰を支えてくれていた枝が、ぶるりと大きく揺れた。

 不意を打たれて落ちかけた子供は、とっさに手を伸ばす。

 がりっと音を立てて、右腕がつかんだものがある。この幹と思しき側にぽっかりと開いていた穴のふち。自分の親指をのぞいた四本の指が、そこをがっちりと握りこんでいたんだ。

 枝はもう揺れていない。

 子供はぐっと力を籠め、いったんは枝に座り直して姿勢を整えるも、その右手を見直して、ぎょっとする。



 自分が指をかけたのは、木の「うろ」のごとき穴だった。

 その中にいま、米を思わせる小さな白い粒たちが無数に散らばっていたんだ。

 子供の見ている前で、それらはうにうにと、自ら身体を震わせるばかりか、気づいてぱっと離した子供の手からも、ぽろぽろと米粒がこぼれ落ちる。

 つぶれたり、細くなったりと形をとどめないまま、うろの中へ転げる粒たち。

 その数、しめて16粒。彼らは他の連中とは違い、もはや動くこともなく、うろの中へ横たわるばかりだった。

 今度こそ、子供はその木らしきものを、滑るように下っていく。

 一刻も早く、この場から離れなくてはいけない。そう、自分の身体の奥の奥から、せっつくようにささやいてくるものを、子供はしきりに感じていたとか。


 その木をほぼ降りきったとき、子供の目のまわりには登りはじめたときと変わりない、明るい昼の空が広がっていたらしい。

 同時に、草木の香りに混ざって耳へ届くのは、目に涙がにじみかけるような煙の臭い。

 それをたどって帰り着いた村では、蔵のひとつが火に包まれている様子だったという。

 近くの家屋にも飛び火し、すっかりそれらを炭と焦がしてしまったのちに、犠牲となったと判明したのは、合計16人。あのうろの中で、子供が握りつぶしてしまった粒と同数だったんだ。


 あの木らしきものは、命を抱くゆりかごのようなものだったのか。

 その中の粒を潰したがために、かようなことが起こったのか。

 関係は分からずとも、ついそのつながりを考えてしまうようなことであったらしい。

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