守護
次の日の昼休みに深山は桜井に声をかける。
「ちょっと、いい?」
「いいけど、どうした?」
桜井は笑顔で返事をする。
「ここじゃちょっと」
といって人気のない屋上階段に行く。
「どうしたんだよ」
桜井が聞くと、深山は桜井を見る。深山の凍り付くような冷たい目に桜井は後ずさりする。
「早田に嫌がらせするのやめてくれない」
「早田が何言ったか知らないけど、お前の気を引こうと嘘ついてるんじゃないか。おれ何にもしてねぇよ。」
「早田はそんな駆け引きできるほど器用じゃない。」
「お前どうしちゃったんだよ。あんな奴のどこがいいんだよ。もっとつりあう女なんて周りにたくさんいるだろ?俺はお前の格が落ちるって心配してるんだよ」
「俺の格なんてどうでもいい。早田の邪魔するようなことはしないでほしい」
「あいつ見た目も微妙だし、編入組だぞ?庶民と付き合うなんてどうかしてるよ。深山はさ、俺とか西園寺とかそういう同じ人種と関わった方がいい」
こういうことはよくあった。
深山のためだとかいうやつは大体自分のことしか考えていない。
編入組はいわゆる一般的な家庭が多いため、この学校にいること自体許せないという人間が一定数いる。
それだけでなく、おそらく深山と仲良くすることで何らかの得が桜井にはあるのだろう。
自分に近づいてくる奴なんてそんなやつばかりだ。
「あんながり勉ブスのどこがいいんだか。」
桜井のその言葉に今まで感じたことのない怒りを深山は感じ、桜井をにらみつける。
あまりにも冷たい目に桜井は恐怖で硬直する。
「お前もう早田の前に現れるな」
驚くほどに冷たい声だった。
絶句している桜井を残して深山は去る。
花菜に会うまで、深山には世界がグレーに見えていた。
特に楽しみもなく、寄ってくるのは親の肩書とお金か、たまたま恵まれた容姿に目がくらんだ奴らばかりだった。
自分の顔色ばかりうかがってくる奴、わかりやすくお世辞を言ってくる奴、怖がられることもしょっちゅうで、うんざりしていた。
そんな深山に、花菜はふわふわして居心地が良いといった。
それがどういう意味なのか深山の理解の範疇を超えていたが、不思議な感覚を感じた。
それが良いことなのかその時はわからなかったが、興味をもった。
明確な目標をもって、それに向かってひたすらに努力する花菜の姿は新鮮だった。
深山には花菜の周りが色づいて見えてまぶしかった。
いつの間にか、こんなにも心動かす存在になっていた。
放課後、深山が花菜のクラスまでやってきた。
決して来ることのないだろう来訪者にみんなが注目する。
「早田、帰ろ」
「あ、うん」
「深山君だ」「え、あの二人付き合ってるの?」「深山君が早田さんと付き合うなんてショック」「格差ありすぎでしょ」とコソコソ話している声が聞こえてくる。
「じゃあね、瞳子」
花菜が瞳子に手を振ると瞳子も笑顔で振り返す。
深山は瞳子に軽く会釈をする。
深山と並んで歩いていると向こうからあの5人がやって来る。
明らかに動揺しているようだった。
すれ違いざまに深山は花菜の腰に手をまわして5人とは反対側に誘導する。
花菜はドキドキが止まらず、深山君の手が当たっていた場所が熱く感じる。
後ろのほうで5人のうちの一人が声をあげて泣いているのが聞こえる。
花菜の心は複雑だった。
あの子たちは深山が好きだっただけなのだ。
私みたいな凡人と付き合っていると知れば、なぜ自分じゃないんだと思うのは当然のように花菜は思った。
深山の気遣いがうれしい気持ちと、深山が好きだという気持ちが痛いほどわかるために5人を思うと心が痛むのとでどうにもならない気持ちになる。
思った以上に深山のことが好きになっている、と花菜は気が付く。
「深山君、ありがとう」
「うん」
「私ね、」
「うん」
「深山君のこと、前よりもっと大好きだよ。」
自分でもびっくりするくらいに自然に言葉が出てきた。
「…」
深山は花菜の頭をくしゃくしゃと優しくなでる。
頭で感じるやさしい感触と、幸せな心臓の鼓動を花菜は感じていた。