格差
次の日、お昼ご飯に向かう途中に、佐伯さんに呼び止められる。
「昨日は邪魔してごめんなさいね」
花菜の心はざわついている。
「私深山君のこと好きになっちゃったの。彼優しいのね。勉強教えるのも上手だし」
落ち着いて、落ち着いてと花菜は自分に言い聞かせる。
「今は自分と違う珍しさからあなたを選ぶかもしれないけれど、最後に彼が選ぶのはあなたじゃないことは確かよ。住む世界が違うもの」
これまでいろんなことがあって、花菜は痛いほどわかっている。
このままずっと深山を好きでいても、佐伯さんの言う通り、最後に深山は瞳子や佐伯さんのような人を選ぶかもしれない。
「私の父は医者だし、母は大手製薬会社の会長の娘だから、将来彼の役に立てるわ。深山君が医者になる以上、そういった視点で最後は相手を選ぶのよ。今は学生だから真剣に付き合ったりはしないわ。いずれ彼に選ばれるのは私や西園寺瞳子みたいな人間よ」
どこかで聞いた話だ。
みんな、同じことを言う。
そして恐ろしいことに誰も悪意がない。
そういうものだと、何も知らないであろう花菜に教えてあげることが親切だと心から思っている。
「それでも、深山君が私を選んでくれる限りは一緒にいます」
できる限りの強い口調で花菜は佐伯に伝える。
「正気なの?最後に泣くのは間違いなくあなたなのよ。かわいそうに。こちらの世界を知らないって気の毒だわ。」
佐伯さんは心から同情するように言い残し去っていく。
気持ちが落ち着かず、花菜は剣道場に走る。
竹刀をもって何度も打ち込みをする。
このもやもやした気持ちを打ち消したい。
どうしたら安心できるだろうか。
動きを止めると涙があふれてくる。
先のことを心配したってしょうがない。
自分と深山の違いはどうにもならない。
それに高校生で付き合って一生一緒にいられることの方がレアだ。
結婚したいとか考えているわけではない。
それでも、深山との未来はないと思うとどうしようもなく悲しい。
告白するときはこんな思いをするとは思っていなかった。
花菜はこれまで知らなかったがこの国にもいまだに家柄の違いというものがあるんだ、と痛感する。
「花菜、どこに行っていたの?」
お昼になっても現れない花菜を心配して瞳子は探し回っていたようだった。
「瞳子、ごめんね。ありがとう。ぼーっとしていたらお昼食べそこなっちゃった」
花菜は精いっぱい笑った。
「目が、腫れてるわ」
瞳子は心配そうに言う。
「そう?あくびたくさんしたからかな。お腹すいた。午後の授業お腹鳴ったら恥ずかしいな」
瞳子には話せない。話しちゃいけないことだと花菜は思った。
次の日、花菜・瞳子・深山・穂高は4人でお昼ご飯を食べていると2組の京極と金城がやって来る。
「早田さんちょっといいかしら」
花菜は笑顔で応対する。少し離れたところで3人で話をした後、花菜は戻ってきた。
「私ちょっと席外すね」
3人が理由を聞く間もなく、花菜は食べかけのお弁当をもって
「じゃあ、またあとでね」
と笑顔で去っていった。
そこに京極と金城がやって来る。
「今度、内部生だけでパーティーしようって話になってて」
3人はすべてを悟った。
内部生とは、幼稚園から桜林に通っている生徒のことをいう。
「日曜日で都合のいい日を教えてほしいの」
二人が差し出したパンフレットには主催が佐伯であることが書かれている。
「佐伯さんのお母様が帝国ホテルの会場をおさえてくれるそうなの。3人にはぜひ来てほしいわ。」
3人は無言でパンフレットを見ている。
「今すぐに返事は難しいかもしれないから、LINE教えてくれない?内部生でグループライン作ろうと思うの」
瞳子と深山は花菜が気になるのと、正直めんどくさいと思った。
「悪いけど、俺はやめとく。」
深山がパンフレットを机に置く。
「どうして?」
京極が不思議そうに聞く。
「あんまり知らないやつに連絡先知られるの嫌なんだ。日曜日も予定あること多いし」
深山がはっきり言う。
「ごめんなさい、私も連絡先はちょっと…」
瞳子が申し訳なさそうに言う。
「俺、日曜日部活か道場だからそのパーティーには参加はできないけど、グループラインは入るよ。なんか二人に伝えるときは俺が伝えるし。どうかな」
穂高が言う。
穂高君はすごく周りに気を使える人なんだな、と瞳子は感心する。
「分かった。じゃあ、日程決まったらグループラインで報告するから、穂高君よろしくね」
そのあと、ほかの内部生も加わって話を始めてしまう。
その場を去りたそうにしている様子の瞳子に気が付いた穂高は
「西園寺さん、お昼予定あるって言ってたけど大丈夫?」
ときっかけを作る。
「そうだったわ。穂高君ありがとう」
そういって瞳子は去る。
席を外した花菜は食べかけのお弁当をもって理科準備室に行く。
一人でお弁当を食べるのは去年瞳子が体調を崩したとき以来だ。
京極と金城には
「内部生のイベントの話がしたいから席を外してほしい」
と言われた。最近自分と深山たちとの差を感じる出来事が続いて、花菜は少し寂しく思った。
さっきまですごくおいしそうに見えたお弁当も、なんだか悲しく見える。
あの3人の中に自分がいるのは場違いなんだろう、と花菜は思わざるを得なかった。
なんとなく急いでお弁当を食べて、勉強をすることにする。
英語のノートを開くと瞳子の字が見える。
英語が得意な瞳子はいつも嫌な顔一つせず教えてくれる。
数学のノートを開けば深山の字が見える。深山はいつだって丁寧に教えてくれる。
どうして二人は私なんかと仲良くしてくれるのか、といまさらながら不思議に思ってしまう。
自分は二人にそう思ってもらえるほどの価値なんてないのに、とネガティブな方向に考えがいってしまう。
「やっぱりここにいた」
と瞳子が入ってくる。
「話終わったの?」
「えぇ、終わったわ」
「そっか」
花菜は少し寂し気に瞳子には見えた。
「勉強してたの?」
「うん、瞳子に教えてもらったとこ見直してた」
「そう」
と瞳子は優しく微笑む。
「最近元気がないように思うのだけど」
瞳子は心配そうに聞く。
「そんなことないよ。ちょっと疲れているのかな。県大会も近いし」
「…。花菜。私、何があっても花菜の味方よ。それだけは忘れないで」
瞳子は花菜をまっすぐに見つめる。
花菜も瞳子を見つめる。
真剣な表情から、自分を心から心配してくれることが伝わる。
「ありがとう、瞳子。話、聞いてくれる?」
そういって、佐伯とのことを瞳子に伝える。
「佐伯さんって私なんてまるで眼中にないって感じだったの。ただ、親切で教えてくれてるって思った。住む世界が違うっていうのは本当にあるんだなって思って。今はただのお付き合いだからよくても、この先ずっと深山君と一緒にいたいって願ってもそれはもう自分ではどうしようもない理由で無理なんじゃないかって思うと、なんだか悲しくて。」
瞳子は悲しそうに花菜を見ている。
「ごめんね、嫌な思いさせちゃったかな。別に深山君と結婚したいとかそんな大それたことを今から望んでるわけでもないんだ。ただ、そんな未来は望めないって思うと、どうしようもなく悲しくなるっていうか。」
瞳子は真剣表情で花菜をみて言う。
「少なくとも、深山君はただのお付き合いとは思ってないと思うわ。真剣に付き合ってると思う。あんなに一人の人のことを大事にできる人だと思わなかった。花菜のことを本気で思ってくれているように私には見えるわ。先のことは分からないけれど、こういう壁が出てきたときは、一緒に乗り越えてほしいと私は願ってる。」
瞳子はどうしてこんな自分にここまで行ってくれるのだろうか、と花菜は不思議に思う。
「瞳子、私ずっと不思議なんだけど、瞳子はどうして私とこんなに仲良くしてくれるの?」
花菜は真剣に聞く。
瞳子は穏やかな表情でゆっくりと話す。
「私の周りに寄ってくる人達はね、私のことじゃなくて、私の家や親を見て寄ってくる人たちばかりだったわ。だけど、花菜は私自身を見てくれてる気がしたの。利用しようともしない、ただ、一緒に笑ってくれる。それが心地よくて、安心できてうれしかったの。」
花菜はまっすぐに瞳子を見る。
「深山君もね、一緒なんじゃないかな。私たち、似てるから」
「瞳子…」
「佐伯さんのことは気にしないでほしいの。あの人は、花菜の言う通り悪気はなくて、でもそういう考えに育てられてしまっただけなの。佐伯さんはそう思うんだな、くらいに流してほしいわ」
それに、と瞳子は付け足す。
「私たちと距離を感じないでほしいの。少なくとも私も深山君も穂高君もそんなこと思ってないし、花菜にも思ってほしくないと思ってるわ。」
瞳子は真剣に言った。




