告白
昨日の夜、花菜は決心していた。
明日晴れたら告白する、と。
天気予報は50%の確率で雨。おそらく晴れないと安心して眠りについたがカーテンを開けて花菜は後悔する。外は快晴だったのだ。
後悔したのは、フラれることが分かっているからだ。それならばしなければよいのに、と思われるかもしれない。でも、気持ちがもうどうにも落ち着かず、このままだと勉強も手につかなくなりそうなのだ。
もういっそ振られて、もう好きにならないようにと言い聞かせて心を落ち着けたい。こんな自分勝手な理由で、相手には迷惑かもしれないが、そうする選択肢しか花菜には思いつかなかった。
相手は同じ高校で氷の王子と言われている深山だ。色白で切れ長の目をしたとてもきれいな顔をしていて、成績も学年1位。当然モテるが、無表情で無口で人を寄せ付けない空気があり、周りからは怖いと思われている。それでも告白する女子は後を絶たず、皆バッサリ断られているというのは有名な話だった。
深山の第一印象は花菜も周りと一緒で近づきがたい印象だったが、ほんの数回だが話をしていくうちに彼のことが好きになった。見かけるとドキドキするし、ごくまれに話ができたときはその日1日は何度も彼の言葉や声を反芻しながらぼーっとしてしまう。
告白するなら金曜日と決めていた。
彼は毎週金曜日の晴れた日の放課後は裏庭のベンチで本を読んでいるから呼び出さなくて良い。図書室の一番奥の窓から見える場所なので花菜は知っていた。
「私、今日深山君に告白しようと思ってるの」
親友の瞳子にそう伝えた。
「そう、頑張ってね」
落ち着いていて、大人の雰囲気がある瞳子は穏やかな笑顔で花菜に言った。
「絶対フラれるから、終わったら話聞いてくれる?」
花菜が涙目で瞳子にそう伝えると、まだ分からないじゃない、と微笑んだ後、
「大丈夫だと思うけど、いつでも電話して。とことん付き合うわ」
瞳子の落ち着いたトーンの声と笑顔に花菜の緊張は少し和らいだ。
放課後、緊張しながら花菜が裏庭に向かうと、深山はいつも通りベンチにいた。
その姿をみて、心臓がもう音が聞こえるのではないかと思うくらいに激しく鼓動している。
動き出そうとしない足を決死の思いで動かし、深山のほうへ向かう。
「み、深山君」
緊張のあまりどもってしまう。
深山はゆっくりと視線を花菜に向け、何?といった。
無表情だけれど、この人は本当にきれいな顔をしている。
「あ、あの、私、隣のクラスの早田花菜です。」
話したことはあるけれど認識されているか分からなくて一応名乗ってみる。
「知ってる」
認識されていたことがうれしくてつい笑顔になってしまったが、すぐにものすごい緊張が戻ってくる。
深山の無表情を見ていると早く用件を話さなければと焦ってくる。
「私、…その深山君のことが、好きで」
好きで、とは言ったが後の言葉が出てこない。
付き合ってくれというのはなんだか図々しい気がして言えずにいると、深山が口を開いた。
「・・・俺のどこが好きなの?」
速攻フラれると思っていたので何も用意しておらず花菜は混乱してしまう。どぎまぎしている花菜に深山君がポンポンとベンチをたたいて言った。
「とりあえず、ここ、座ったら?」
花菜はその言葉としぐさにもドキッとしてしまう。何も気の利いた言葉が浮かばず、無言で彼の隣に座る。こんなに近づいたのが初めてでさらに緊張が増していく。
「時間取らせちゃって、ごめんね、あの、緊張して言葉が出てこなくて」
やっとの思いでそう言った。
「ゆっくりでいいよ。待つ」
深山君は無表情のまま横目で花菜を見て言った。
「私の大好きな友達になんとなく似てて、しゃべってるとふわふわするから、かな」
深山は不思議そうな顔をしている。
「友達っていつも一緒にいる西園寺?」
「うん、西園寺瞳子。うーん、ふわふわ、じゃ伝わらないか、なんだか裏がなさそうで安心するっていうか・・・」
「怖くないの?」
「話したことなかった時ははちょっと怖い印象だったけど、でも前に少しだけ話したとき、なんだか気持ちがほわほわ…ふわふわ…うまく言えないけどなんだか心地よくてそれからずっと気になってて。ごめんね、分かりづらいよね」
緊張と混乱で言葉がうまく出てこない。
せっかく気持ちを伝えるチャンスだったのに、自分のふがいなさに花菜は落ち込んだ。
「いいよ」
「ありがとう。私語彙力無くて説明とか上手じゃなくて、苦手で」
へへへ、と花菜は申し訳なさそうに笑う。
「そうじゃなくて」
「そうじゃない?」
花菜はきょとんとしている。
ふっと風が吹き、花菜の髪が顔にかかって深山が見えなくなる。
次の瞬間に、深山の手が花菜の顔のほうに近づいて、花菜の髪を耳にかけた。
どうしようもなくドキドキして、深山のふれたところが熱くて、恥ずかしくて、花菜は下を向いてしまう。
心臓の音が体中に響き渡るほどドキドキしている。
「付き合おうか、ってこと」
花菜は驚いて深山のほうを見る。
一瞬何が起きたのか分からず沈黙が流れる。
「え、付き合うって、私と深山君が?え、えっとあの、それはさすがにつり合わないんじゃないかな。わたし、庶民だし、成績もそんなに良くないし、なにより顔も…かわいくないし、背も低くて…」
動揺して自分でも何を言っているのか分からなくなる。
深山はふっと静かに笑った。花菜は深山が笑うところを初めて見て驚く。
きれいに笑うんだな、と花菜は思う。
「ひどいな、告白しといてつり合わないって」
「あ、ちが、ごめんなさい。えっと、だって、だって、わたしこんなの想定してなくて。あっさりフラれて立ち去るつもりだったの。え、もう何言ってるか自分でも分からない・・・」
あせって両手で自分の顔を覆うと驚くほど熱くなっていたことに気が付く。
「好きだけど、付き合うのは嫌ってこと?」
「ううん、嫌なわけ…ない…」
じゃあいいよね、と言って深山は携帯電話を取り出す。
「とりあえず連絡先交換」
連絡先を交換すると、深山はじゃあまた、と言ってあっさりと帰っていった。
花菜は何が起きたのか理解するのに時間がかかり、しばらくベンチから立ち上がることができず呆然としていた。
我に返って瞳子に電話をする。
「今どこ?」
と瞳子が聞く。花菜が自分の居場所を瞳子に伝えると瞳子はすぐに駆け付けてくれた。
「あのね、信じてもらえないかもだけど、付き合うことになったみたい、深山君と」
「そう、良かったね、花菜。」
瞳子がきれいに微笑んだ。
「驚かないの?」
「どうして驚くの?」
不思議そうに瞳子が聞く。
「私と深山君じゃつり合わないきがして」
瞳子はゆっくりと花菜の肩に手を置いてまっすぐ目を見た。
「驚かないわ。だって深山君が花菜と付き合おうと思う気持ち、私にはわかるもの。」
なんとなくだが、花菜は瞳子と深山がかぶる瞬間があるので、瞳子がそういうならもしかしてそうなのだろうか、と言う気持ちになってくる。
花菜はうれしそうに笑う。