6,血の契約と血の眷属
黒曜石の居城にある一番高い塔の一室では微かな月灯りが部屋をうっすらと照らしていた。
その部屋の主アメリアは、魔窟の森で瀕死のディーンを自分の部屋に寝かせ、銀色の髪をそっと撫でながら何度も何度も後悔の念に駆られていた。
(ディーン、ごめんなさい。私があなたの目を離していたから)
あのパーティーでディーンの婚約者を目にしたときから辛すぎて水鏡を通してさえディーンの顔を見ることができなかった。
そのせいで又ディーンを失っていたのかも知れないことに気付いたアメリアは自分の愚かさを戒めていた。
(あなたが私を覚えていなくても私があなたを覚えているから大丈夫よ)
そう自分に言い聞かせ、ディーンが目覚めたときどんな反応をしても受け入れようと心に誓った。
すると、長いすに横たわっていたディーンが微かに動いた。
「ん……う〜ん」
眉間に皺を寄せながらディーンはゆっくりと瞼を上げた。
数秒の間、周りを見渡した深い蒼色の瞳がアメリアを捉えた。
アメイアは長いすの前に膝をつき、微笑を浮かべながらディーンの顔を覗いた。
「君は……あの時のパーティーで会った……」
ディーンは上体を起こしながらアメリアに問いかけた。
「そう、私はアメリア。ディーン殿下」
ディーンの瞳がゆっくり部屋を見渡した。
「心配しないで、私はあなたの味方だから」
アメリアがそう言いながらディーンの頬に触れようとすると、ディーンは身体をビクッとさせて強ばらせた。
「ごめんなさい。そうは言ってもあなたにとって私は得体が知れない女よね。」
アメリアは悲しそうに目を伏せた。
ディーンはアメリアを凝視するとハッとして自分の横腹に手を当てた。
「傷が塞がってる……? これは……君が?」
「ええ……」
ディーンの疑問にアメリアはどこか柔らかな微笑みを向けた。
「君は治癒魔法が使えるのか?」
「いいえ、これは治癒魔法じゃないわ」
ディーンの問いをアメリアは否定した。
「ではどうやって……傷がすっかり治っているではないか?あの傷は致命傷だった。あのままでは俺は命が無かったはずだ」
「こうやってよ」
被りぎみに答えるとアメリアは自分の唇でディーンの口を塞いだ。
アメリアが顔を離すと耳まで真っ赤に染まったディーンが片手で口を抑えたまま金縛りに会ったように固まっていた。
「ふふふ、もう遠慮はしないことにしたの。だって又あなたを失ったら哀しいもの」
そう言って、アメリアは妖艶に笑った。
だが、ディーンはそれどころではなかった。
突然の口づけに一瞬は戸惑い胸が高鳴るのを覚えたが、その瞬間膨大な記憶がディーンの頭に流れ込んできたのだ。
その記憶の中にある金髪に翡翠の瞳の愛する女性の記憶はディーンの心を覆い尽くし目の前のアメリアと重なった。
髪の色や瞳の色は違うが顔かたちはまさに愛する女性のものだった。
魂に刻まれた記憶はアメリアこそが愛する女性だと謂うことを如実に示していた。
「ディーン?ご、ごめんなさい。揶揄った分けではないのよ。ただ会えて嬉しくて我慢出来なくなったの」
暫く微動だにしないディーンに忌避感抱かれたのではないかと不安になったアメリアは戸惑うように問いかけた。
その瞬間、ディーンはアメリアを強く抱きしめた。
「アメリア、会いたかった」
その声が耳に届いた途端、アメリアは全てを理解した。
そして、アメリアの頬に一筋の涙が流れた。
「ディーン、思い出してくれたのね」
アメリアの心は歓喜に震え涙が止め処なく流れた。
アメリアは自分が既に人外で有ることを告白すると不安げにディーンを見つめた。
「心配することはない、俺はどんなアメリアでも受け入れられる。ああ、本当に君に会えたことは暁光だよ。アメリア、もう二度と離さないよ」
「ディーン……」
ディーンに抱きしめられたアメリアはホッとして更に涙が溢れてきた。
「ねぇ、ディーン聞いて、もう一つ話さなきゃならない事があるの。さっきも言ったとおり、ディーンにかけたのは治癒魔法じゃないの。私はディーンの時間を戻しただけなの」
アメリアは、自分の異能のことについてディーンに説明する。
アメリアの異能は、時間を操ること。
それは時間その物ではなく生き物や物質に対してしか出来ないこと。
ディーンの身体は3日前に戻しただけだと言うこと。
時間は操作出来るが、生死は操作出来ないので傷を負ったとき死ぬ運命だったならディーンは3日後に死んでしまうこと。
「このカプセルの中に私の血が入っているの。これを呑めばあなたも私と同じになれる。でもそれは人であることを捨てること」
アメリアは摘んだカプセルを見せ、ディーンの表情を確認しながら恐る恐る話し始めた。
ディーンは何も言わず只アメリアの不安に揺れる瞳を見つめていた。
「だからね、ディーンこれから一緒に生きる為に私と血の契約を結んで欲しいの。でも、それは人間ではいられなくなること、異能は授かるけど魔力は消滅して魔法が使えなくなるの。それに、この契約は私の血の眷属になるのよ。だから万が一私がこの世から消えたときあなたも一緒に消えることになるのよ。だから、よく考えて……」
「!! えっ?」
アメリアが言い終わらないうちにディーンはアメリアの手から即座にカプセルを奪い飲み込んでしまった。
深い蒼色の双眸はしっかりとアメリアの瞳を覗き込み優しく微笑んだ。
「アメリア、さっきも言っただろう、心配することはないと。君と生き、君と死ねるなら願ってもないことだ……」
ディーンはアメリアを安心させるように諭した。
「ディーン……」
アメリアは、気持ちが高まり言葉に詰まった。
「ああ、疲れたのだろうか……何だか眠気が……」
そう呟いたと同時にディーンの身体がゆっくりと傾いて行く。
アメリアは急いで支え長いすにディーンを横たえた。
「ディーン……」
アメリアは、穏やかに眠るディーンの顔を見て、これまで待ち続けた長い年月に思いを巡らせた。
逸る気持ちを抑えこれからのディーンとの生活を思い描いた。