5,惹かれ合う魂と戸惑う心
アメリアは、そのパーティーに参加すべく準備を整えていた。
(人間界から抹消されていてもパーティーに参加する人数を考えれば私1人紛れても分からないわね。それに万が一の場合は異能で記憶を消しちゃいましょ)
アメリアは、ディーンに会いたいが為だけにパーティーに参加することにしたのだった。
コンコン。
ノック音に反応してアメリアは扉を開けた。
そこにはアメリアの母であるミルドレッドが微笑んでいた。
「アメリア、楽しんで来なさい。どんな事が有っても私たちはみんなあなたの味方よ。あなたの思うとおりにしないさい」
薄水色のドレスを纏うアメリアに微笑みながら励ますミルドレッドの言葉はどこまでも優しかった。
これまでずっとこの日を待っていたアメリアをミルドレッドだけではなく一族みんなが知っていたためである。
「お母様、ありがとうございます」
そう一言告げると、アメリアは心に勇気がわき上がるのを感じた。
アメリアは人の目に止まらない速さで皇宮に向けて駆けていった。
正面から行くことは出来ないため、自分の背の3倍以上もある皇宮の塀を跳び越えパーティー会場に向かった。
徐々に人のざわめきが聞こえてきた。
会場に続く庭にはまだ人の影が見あたらなかった。
アメリアはその会場からそっと会場内に潜り込んだ。
煌びやかなドレスやタキシードを身に纏い貴族だった頃の苦い記憶が一瞬アメリアの頭を掠めた。
どうやらまだパーティーは開始していないようだ。
そろそろ皇族の入場が始まるらしく、人々は正面を向いており幸いにも後ろから入ってきたアメリアには気付かないようだった。
数分後、ファンファーレと共に皇族達が会場内に入場してきた。
金髪に蒼色の瞳を持つ皇帝陛下、第一皇子、第二皇子はその血のつながりを確かに感じさせていた。
その中でも第二皇子のディーンの瞳が一番濃く、海の色のように深い蒼色をしていた。
会場が静まり、誰もが皇帝の声に注目していた。
皇帝が参加者に向かってなにやら話しているがアメリアはディーンの姿に囚われ何も耳に入ってこなかった。
(これだけ離れているんだもの、私に気付かなくて当然よね・・・うううん、例え気付いてもディーンにとっては有ったことも無い私なんて目にも止めないわね)
自嘲気味に考えながらもアメリアはディーンから目を離すことが出来なかった。
すると、ドキンとアメリアの胸の鼓動が一瞬跳ねた。ディーンがこちらに視線を向けているような気がしたのだ。
(えっ? こっちを見てる? ……気のせいよね)
そう思おうとしたが、やはりディーンの視線がこっちを見ているような気がして落ち着かない。
後ろの人を見ているのかと思って振り返って見てもアメリアの後ろには誰も居なかった。
居たたまれなくなったアメリアは先ほどの庭の入り口から一旦外に出ることにした。
手入れが十分に行き届いてるせいか庭には様々な花が咲き乱れその美しさが心の動揺を落ち着かせてくれた。
右手を見ると綺麗に剪定された灌木が並んであり、その奥の小高い丘には薔薇の花に囲われた四阿が見えた。
アメリアはその四阿に向かって歩き、そこで暫く気持ちを落ち着かせることにした。
椅子に腰掛けこれまでのことを反芻しながら溜息を零す。
何とか意を決し、立ち上がろうとしたとき煌びやかな衣装に身を包んだ懐かしい顔がこちらに向かってくることに気付いた。
「どうして……」
アメリアは我を忘れ、咄嗟に立ち上がり呟いた。
「やぁ、君、以前私と会ったことはない?」
「えっ?」
近づきながら問いかけるディーンの問いにアメリアは言葉を詰まらせた。
「あっ、心配することはない。別に口説いているわけではないから。でもどうしても君を見た瞬間話さなければならないと思ってしまったんだ。」
「私、殿下にお会いしたことは無いと思います」
アメリアは、ディーンの言葉に呟くように答えた。
ディーンは思案げにアメリアの瞳の奥を見つめた。
(なぜ、彼女の瞳は懐かしい…………)
アメリアの緋色の瞳はディーンの中にある何かを呼び覚ますようだった。
あまりにも見つめられて居たたまれなくなったアメリアはそっとディーンから視線を逸らした。
「そうか、では一曲だけでもダンスを踊ってくれないだろうか?」
我に返ったディーンは意を決して懇願した。
「ええ、喜んで」
アメリアが微笑んで答えるとディーンは一瞬息を呑んだが、ハッとしてアメリアをダンスフロアにエスコートした。
ディーンにエスコートされたアメリアは夢心地でフワフワしながらダンスに没頭した。
「綺麗な子ねぇ、どちらのご令嬢かしら?」
「ほぅ、中々美しいご令嬢ではないか?でも余り見ぬ顔だな」
と言う声が彼方此方から上がっているのだが、アメリアの耳には届かなかった。
不思議とディーンのダンスは前世と違わぬステップでアメリアの気持ちをあの頃に誘っていった。
楽しいひとときは儚くディーンとのダンスはあっという間に終わっていた。
「ご令嬢、君の名は?」
ダンスが終わり手を離す前にディーンがアメリアに問うた。
「ディーン殿下、こちらの方何方?」
アメリアが答えようとした瞬間、甲高い声が遮った。
ディーンの瞳の色と同じ深い蒼色のドレスを纏った金髪に大きな榛色の瞳の令嬢はにこやかに微笑んでいるが明らかにアメリアを牽制していた。
「はじめまして、わたくしディーン殿下の婚約者のマクベイ公爵家の長女ヒルデと申します。あなたは?」
「こ、婚約者……」
アメリアは、動揺して言葉が出てこなかった。
ディーンの顔を見ることも出来ない。
「名乗るほどの者ではございませんわ」
咄嗟にそう言うだけで精一杯で気がついたら走り出していた。
(婚約者……、その一言で動揺してしまった。でも当然よね。今世ではディーンはもう私と違った人生を送っているのですもの。結婚すれば幸せな人生が待っているかも知れないし、ましてや既に婚約者がいるのなら私の入る余地はないのかもしれないわ)
今世でアメリアはディーンにとって部外者で有ることに間違いない。
何度も考えた。
私にはディーンの人生に干渉することは出来ないのかも知れないと。
この100年近くディーンを待っている内にディーンに愛されている筈だという自身は徐々に薄れていった。
(それに私はもう人では無いわ。このことをディーンが知ってしまったら私を恐れるかも知れない)
ディーンに恐れられるかも知れないこと。
そんな考えが頭によぎるとアメリアの心を哀しみが覆っていった。
アメリアの瞳には涙が滲み、後から後から頬を伝っていった。
(仕方ないわ、ディーンは私を知らないもの)
何度も何度もそう言い聞かせた。
ディーンへの想いを断ち切るように…………
それからアメリアは水鏡を覗くことができなかった。
そう、水鏡が突然光を放つまでは。