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吸血鬼に口付けを  作者: 梅丸
4/13

4,王国の崩壊と巡る魂

 「なんだと?! ドラキュリア一族が消えただと?」


 レスターは怒りに震えていた。

 レイナードの風魔法に攻撃されたとき重傷を負ったものの騎士達を盾に何とかその場から逃げ出したレスターは、王宮の筆頭治癒師の治療を受け、何とか回復していた。

 そして、即座に放った命がアメリアの確保とドラキュリア一族の殲滅だった。


 しかし、ドラキュリア伯爵の本邸はもぬけの殻。

 当主の弟であるファルク子爵はおろかその家族さえ行方が掴めぬ有様だった。


 「チッ」

 レスターは思わず舌打ちしながら考えを巡らせた。


 (あの様子ではディーンは助からなかっただろう。しかし、それにしてもドラキュリア一族はどこに行ったんだ? 消えたのは9人。突然その人数が跡形もなく消えるなんてあり得ない。他国に行ったとしても検問にさえ引っかからないなんておかしい。いったいどこに隠れているというのか?)


 邪魔なドラキュリア一族がいなくなったのはレスターにしても願ってもないことだったが、その行方がどんなに調べても掴めないがの不気味だった。


 レイナードに襲撃された場所を後で確認に行かせたが、ディーンの亡骸も消えていたことが気がかりだ。剣で胸をひと突きにしたのだから間違っても生きていることは無いだろうが、死体を確認しないことには安心できない。


 中々捗らない捜索にレスターの心の中にはいも言われぬ不安が押し寄せてくる。拳を握りしめ、僅かにワインが残っていたグラスを壁に投げつけた。グラスが飛び散り、白い壁が流れ出た血のように赤く染まった。



「あらあら、子供じゃないんだから、癇癪を起こしてもあなたの憂いが消えることはありませんよ」

 その声の方にレスターはゆっくり振り向いた。


 バルコニーの扉を背に見覚えのある女性が立っていた。


「おっ、お前は……まさか……アメリア……なのか?」

 半信半疑でレスターは問いかけた。何故なら、見慣れた金髪と翠の瞳は黒髪と紅い瞳に変化していたからだ。しかし、顔立ちはどう見てもアメリアだった。


「ええ、私よ。でも以前の私とちょっと違うかもね。ふふふ……」

 妖艶に微笑むアメリアは、以前の清純さが消え何故か背筋が凍るほどの脅威を感じた。


 それでも、レスターは怯まない。この邸にすんなり侵入するために変装したのだろう、そう思った。


「やあ、アメリア待っていたよ。でも驚いたな、まさか君から来てくれるなんてね」

 そう言って、魔方陣を展開しアメリアの周りに結界を張った。


「さあ、これで君はもう逃げられないよ」

 

「あら、それはどうかしら?」

 レスターは勝利を確信し顔に愉悦が浮かんだが、アメリアは答えるや否や魔方陣から外に移動した。


「なんだと?」

 レスターの瞳が驚きに見開いた。


「クスクス……ごめんなさいね、あなたの魔法、私には聞かないみたい、うふふ、じゃあ次は私の番ね」

 アメリアは右手を挙げ、レスターに向かって掌を翳した。するとレスターの力がどんどん抜けて床に跪き、片手をついた。


「こっ、これはっ! 力が入らない……何をした?」

 震える声で問い詰めるレスター。


「あら、ちょっと生命エネルギーを頂いただけよ。まだ何もしていないわ、まだね……ふふふ」

 アメリアの口が弧を描き憎しみの瞳は獲物を捕らえたように紅く光った。


「さあ、それでは本番と行きましょうか?」


「何をする?!」

「だってね、私の大切なディーンを殺したあなたを放って置くほど私は聖人じゃないのよ」

 掠れた声を上げるレスターをよそに容赦なくアメリアは神の恩寵である異能を発動すると、どこからともなく漂ってきた黒い霧がレスターを覆った。


「クスクス……あなたの身体の時を100年程進めたのよ。でも大丈夫、直ぐには死なないわ。あと50年位は寿命があるみたいだもの。残念だけど、それまでその姿で頑張ってね」

 

 黒い霧が晴れると、そこには骸骨とも思えるほどの今にも死にそうな老人が呆然と床に座っていた。その姿は、髪の毛が殆ど抜け、目はくぼみ宛らアンデッドと見紛う程だった。

 


 一方、王城の会議室ではドラキュリア一族が消えたことに対して主要貴族の代表が集合していた。


 「陛下、ドラキュリア一族は類い希な魔法技術を持っています。我々の考えもよらぬ方法で逃げ出したのに違いありません」


 「待て、あのドラキュリア一族がおめおめ逃げるとは思えぬ。何か良からぬことを考えているに違いない。我々も対処しなくてはならない。最高峰の魔導師を集め奇襲に備えよ」

 エンディバルロ13世はの予想は的中していた。しかし、どんなに精強な魔導師でも彼らに適わないことに思いも寄らなかった。


 そう、この時エンディバルロ13世どころかこの城に集う者誰にも予測は出来なかった。最悪の時を迎えることを…………

 



 暫くすると、場内が慌ただしくなってきた。


「まて!!!! これ以上中に進むことを禁じる!」

「第一級魔導騎士団に即時連絡を!!」


 緊迫する指示が遠くで聞こえ、直ぐにバタバタと廊下を走る音がすると供に会議室の扉が強く開け放たれた。


「何事だ!!」

 エンディバルロ13世が立ち上がり開け放たれた扉の前に跪く近衛兵に言葉を投げた。


「ご無礼をお許し下さい。ドラキュリア一族と思われる者達が侵入し、ここに向かっていると思われます!」

「これはこれは、皆さんお揃いで、探す手間がはぶけましたよ」

 近衛兵の報告の直ぐ後に聞こえてきたのは、ドラキュリア家当主フレデリックの声だった。


 それを皮切りに会議室の入り口には、嫡男のレイナード、弟のダニエルの姿があった。


「この者等を捉えよ!」

 3人の姿が見えるやいなや命を唱えるエンディバルロ13世。しかし、近衛兵が駆けつけ捉えようとしても見えぬ速さでその場所から他の場所へ移動する3人だった。


「何だと? 転移魔法か?」

「いや、しかし転移魔方陣は発動してないぞ!」

「どういうことだ?」

 口々に会議に参加していた貴族達は疑問を上げる。


「そんな事はどうでもいい! 第一級魔導騎士団はどうした?」

 業を煮やしたエンディバルロ13世は声を荒げた。すると、その瞬間魔方陣が現れ5人の魔導師が転移してきた。魔導師達は即座に魔法を放ち3人に攻撃を仕掛けた。



 1人は光り魔法を、1人は水魔法を、1人は氷魔法を、1人は風邪魔法を、1人は雷魔法を……


 5人の魔導師達が放つ魔法は確かにドラキュリア一族の3人に届いていたはずだった。しかし、彼らは何のダメージも受けていなかった。


「私達は魔法はもう使えないんですよ、魔力をもう持っていませんからね」

「そう、でも同時に私達に魔法も効かないんですよ」

「さあ、それでは次は私達の番ですね」

 フレデリック、レイナード、ダニエルの3人がそう言うと右手を上げ掌を彼らに向けると、エンディバルロ13世を初め貴族達が床に倒れた。


   

アテナ王国は王家を中心に原因不明の疫病が蔓延した。

 その結果、魔力が弱まり国政が徐々に乱れて行き、数年後には国力が無くなりついには隣国であるスレイル帝國に呑まれて行った。


 実は、その裏にドラキュリア一族の暗躍が有った。

 冥府の神と血の契約を交わして吸血鬼(ヴァンパイア)となったドラキュリア一族は王族やバラリアン公爵筆頭とした貴族を中心に生命エネルギーを吸い取っていった。


 エネルギーを吸い取られた人々は精気を失い、床に伏せるようになった。

 原因不明で多くの人が倒れたが王宮に従事するどんな凄腕の医師でもその原因を解明することができなかった。



 それに伴い、悪政を強いていたアテナ王国の王族それに追随するアテナ王国の貴族達は淘汰されていった。










 ーーーー時が流れ新たな歴史が積み重なるーーーー




 アメリアを含め、ドラキュリア一族達は吸血鬼(ヴァンパイア)になった時に髪の色が漆黒に変化し、そして年を取ることは無くなった。


 更に、異能の力を使うときと月の光を浴びたときに限り今までの瞳の色は緋色に変化する。



 

 そして、ドラキュリア一族が冥界の神と血の契約直後、森の中は黒い霧に包まれその中心に黒曜石(オブシディアン)の城が土中から顕現した。ドラキュリア一族が吸血鬼(ヴァンパイア)となり冥界の神の眷属として活動する為の拠点の為に冥界の神ハデスから下賜されたのだ。


 黒い霧に覆われた森は人々からは「魔窟の森」と呼ばれ昼間さえ近づくものはいなくなった。


 アメリアは時折、魔窟の森の入り口にある湖の近くへ足を向けた。湖の脇にある小さな丘の上には1本のセコイアの木が立っている。ディーンとの思い出の場所だった。


「そう、この木の下で…………」

 気付けば誰に話す訳でもなく言葉が零れていた。


 甘く切ないディーンとの思い出が頭に蘇ってくる。



 ーーーー



 アメリアとディーンが初めて出会ったのは、アテナ王国の王都ユストアにあるスターレン国立魔法学園の入学式の時だった。この魔法学校は大昔に存在した大魔導師グレイ・スターレンに因んで創立された由緒ある学校だった。殆どの貴族は14才から17才で成人するまでこの学校に通うことになっていた。


 最初、アメリアはディーンのことをライバル視していた。首席で入学したと思ったら、入学試験でディーンに負けていたことを知ってショックを受けた。


「ディーン・バラリアン! 次は絶対に負けませんわ!」

 それが最初にディーンに放った言葉だった。


 それからディーンに何かと突っかかって行った。座学でも実技でも何度挑戦しても勝つことは出来なかったからだ。


 ある日、アメリアは1年生の最終試験でもディーンに勝てなかったことに悔しさを滲ませて学園の裏庭にある大きなハルニエの木の下で1人唇を噛みしめていた。


「なんだ、こんな所にいたのか? 探したよ」

 声のする方に顔を向けるとディーンがゆっくりとアメリアの方に近づいて来た。


「どうしてあなたが私を捜してるのよ?」

 アメリアは訳が分からず棘のある声を出した。


(誰のせいで私がこんな所にいると思っているのよ! あなたの顔を見ると悔しくて仕方がないから避けていたのに何で来るのよ! そりゃあ、ディーンが悪い訳じゃないけど、少しは私の気持ちを思いやっても良いんじゃない?)


 そんな思いが頭を巡り、ついつい突慳貪な物言いになってしまうのを抑えることが出来なかった。


「どうしてって、君を修了パーティーに誘おうと思ってだけど」

「えっ?…………」

 その意味がアメリアの脳内に到達するまで辺りはシーンとなった。ディーンはニコニコしながら吸い込まれそうな群青色の瞳でアメリアを見つめていた。


 毎年、年末試験が終了すると修了パーティーが開かれる。必ずしもパートナーは必要ではなく、婚約者や恋人がいない人は通常1人で出席する。もちろん出欠は自由なので欠席することも構わない。アメリアは婚約者も恋人もいないから1人で出席するつもりだった。友人達がいるから大丈夫だろう、そんな安易な考えもあった。


「なっ、なんで……」

「なんでって、ずっと前から君のことが好きだから……」

 やっと押し出した言葉にディーンが躊躇なく答えた。


「うっ、うそ……」

 アメリアは思わず後ずると背中に木が当たった。これ以上、後ずさることは出来ない。徐々に顔に熱が集まってくるのを感じる。まともにディーンの顔を見ることが出来ない。アメリアはそれを隠すために顔をうつむけた。


「なんで俺が嘘を付かなきゃならないの?」

 見なくても分かる。直ぐ目の前にディーンが立っていることが…………。


(だって、ディーンは成績が良いだけじゃなくて見た目もかなり良くって、女子からはかなり人気があって、告白されていたことだって知っているし、私の事なんてライバルとしか視ていなくって…………だから、ドキッとした時だって気のせいだと思って…………)


 アメリアはグルグルと駆け巡る様々な思いを何とか整理しようと試みていた。


(あっ、私今ドキッとした時って思った。そう、認めるわ。ディーンにときめいたことがあることを。それを封印していたことを)


 アメリアはそっと上目遣いにディーンの顔を見上げた。火照った顔を隠す事は出来ない。

「うっ……」

 目が合った瞬間、ディーンが右手で口を覆い顔を背け、蹲った。

「えっ? ディーン、どうしたの?」


「なっ、なんだ? この破壊力。普段勝ち気なくせに、その顔は反則だろ? 不味い、落ち着け、俺…………」

 蹲ったままブツブツと呟くディーンの耳が赤く染まっていた。

「大丈夫?」

 アメリアがディーンに近づくと、ディーンはハッとして立ち上がった。

「でっ、返事は?」

「あっ、あの……よろしくお願いします」

 復活したディーンに、アメリアは小さな声で答えたのだった。



 それから2人は徐々に愛を育んでいった。

 時にはライバルとして、時には恋人同士として周囲も公然の事実として認めていた。


 最終学年に進級して間もなくのことだった。アメリアはいつもの様にディーンとデートをしていた。そして、その帰りにディーンはアメリアを森の近くの湖まで連れて行った。その湖の周りには星を模った小さな白い花、スノーエトワールが咲き乱れていた。その直ぐ傍にある小高い丘の上には1本の大きなセコイアの木が立っていた。


 太陽が姿を隠し、辺りが薄暗くなってくると満月が空に浮かんだ。月の光を浴びたスノーエトワールはキラキラと輝き、湖を幻想的に飾っている。丘の上から街の方を見下ろすと次第にポツポツと灯りが増えていった。

 

 セコイアの木の下で2人は周りの景色に見とれていた。すると、ディーンはアメリアに向き合い、真剣な顔で跪き、アメリアの手を取った。


「アメリア、君を心から愛している。一生、俺の傍にいてくれ。結婚しよう」

 そう言って、サファイアの石が付いた指輪をアメリアの薬指に嵌めてくれた。

「あぁ、ディーン、嬉しいわ。私もあなたを心から愛しているわ」

 一滴の涙がアメリアの頬を伝った。


 そうして2人は初めての口づけを交わした。





 アメリアの中に眠る思い出は心を澄ませば昨日のことの様に蘇る。

 今でもディーンを思い、ディーンを求めている。

 心にポッカリと空いた暗い穴を埋め尽くすために……。


 ディーンの温もりを思い出し自分自身を抱きしめる。

 吸血鬼(ヴァンパイア)になったときから涙は流れなくなった。

 それでも心の中では涙を流す。


 もう一度あなたに会いたい…………



 ただそれだけを願って…………

 


 ーーーー



 今日もアメリアはその一室である自分の部屋の水鏡を眺めていた。愛しい人の魂の顕現を期待しながら……。


 水鏡には亡くなった時のディーンの身体から採取した血液が数滴垂らされている。


 魂と深い繋がりをある血液を水鏡に含ませることによってその魂を持つ者を特定してくれる。


 血の導きを辿り愛しい人の魂を宿す転生者を捜す。


 それが吸血鬼(ヴァンパイア)になってから100年近く経った今も続いているアメリアの日課だった。




 ところが、この日は水鏡の輝きがいつもと違ってた。


 徐に水鏡が光り出すと、そこには一人の赤子が映し出されていた。


 最初に目についたのは輝かんばかりの銀髪だった。




 アメリアの心の奥がザワザワした。


 吸血鬼(ヴァンパイア)になってしまってもアメリアの魂はディーンを求めていた。狂気を含む程のその思いはどんなに月日を重ねても消えることはなかった。


 そして、その魂は間違いなく水鏡に映る赤子に引き継がれているのが分かった。




「あぁ、ディーン……あなたなのね……」


 アメリアの頬を涙が伝った。




 それからアメリアは毎日何度も水鏡を覗くようになった。




 スレイル帝國の第二王子ディーン・ラルク・スレイル。


 それが今世でのディーンの名前だった。


 前世と同じファーストネーム。


 そこには何らかの因縁めいたものが隠されているのか、それとも只の偶然なのか。


 それはアメリアにも分からなかった。




 毎日ディーンの成長を見守るアメリア。


「ふふっ、可愛いわね」


 微笑ましげに零した後、アメリアはふと思った。




(これってのぞき見よね。なんか私って危ない人みたい……ストーカーとか)




 背徳感が募るアメリアは首を左右に降り、


(でも、これはディーンを守るためだわ)


 そう自分に言い聞かせながらも少しだけ水鏡を見る回数を減らすようにした。

 とは言え、1日に20回を18回にしただけなのであまり変わりがないだろうが……。


 そして、その代わりにディーンに命の危険が及んだときに水鏡が反応するように自分の血を垂らした。




 アメリアは迷っていた。

 ずっとディーンを待ち続けてきたけれど、今世のディーンは前世のディーンと違う生がある。


 だから、もしディーンが今世で幸せを掴むのならアメリアの出る幕は無い。

 アメリアの瞳に哀愁が漂い始めていた。


 ディーンの転生を知った時は喜びに溢れていたのにアメリアは度々ディーンを水鏡で見る内に見た目は同じでも前世と違う立場であることを知り戸惑っていた。




 しかし、次第にディーンにとってそれ程今の生が幸せでは無いことにアメリアは気が付いていた。


 それは、第二皇妃であるディーンの母親やその母親に付き従っていた乳母が何者かによって毒殺されたことからも明らかだった。


 犯人が誰か気がついていたアメリアだったが、それを皇宮に知らせる術は無かった。


 しかも、その犯人は皇宮内にいる高位の人物であったため、追求するのは確固たる証拠が必要であることもそれを困難にさせる理由だった。




 ディーンの母親である第二皇妃は即効性の毒物ではなく遅効性の毒物によって死に至った。


 そのため、皇宮内での第二皇妃の死因は病気による物だと判定されてしまった。


 真実を知るのはアメリアのみであった。


 第二皇妃が無くなるとディーンの生活は益々辛いものになった。




 ディーンが体調不良に見舞われることも何度もあった。乳母が何とかディーンを守っていた様だが、その乳母もディーンが10才の時に亡くなってしまった。


 ディーンの体調不良の原因が第二皇妃が亡くなった時の毒物による物であることをアメリアは知った。巷では第二皇子は身体が弱いと言われていたが、そうではない。体調を崩していたのは、度々毒物を飲まされていたのが原因だ。


 アメリアは、ディーンが体調不良になる度に夜中にディーンの部屋まで行き解毒薬を飲ませて事なきを得ていた。




 ある夜、アメリアは例によってディーンの部屋を訪れていた。

 その日は、満月のためいつもより部屋の中の様子が明るく感じられた。皇子であるかの如く部屋には品の良い調度品が置かれている。


 部屋の奥には天蓋付きの大きめのベッドが置かれていた。天蓋から下ろされた薄いカーテンの奥からはハァハァと荒い息づかいが聞こえてきた。

 苦しそうに呼吸するディーンは額に汗を浮かべながら苦しそうに顔を歪めて寝ていた。


 アメリアの記憶の中に居る17歳のディーンよりも3歳も若いせいかとても幼く見える。


 アメリアは小さな小瓶に入った液体を口に含み、眠っているディーンの唇に自分の唇を合わせ流し込んだ。口端から僅かに零れる液体をハンカチで拭う。


「これでもう大丈夫ね」


 そう呟き立ち去ろうとした瞬間、手首を掴まれた。


 驚き振り向くとアメリアの赤い瞳とディーンの見開いた深蒼の瞳の視線がぶつかった。



「君は……だれ?」

「誰でもないわ」


 アメリアは微笑を携えて答えるとディーンの額に唇を落とした。


 深蒼の瞳は更に見開き、アメリアを凝視したまま固まった。


「今は眠りなさい」


 アメリアがそう言ってディーンの目の前に手を翳すとディーンの瞼はゆっくりと閉じ深い眠りの中に沈んでいった。


 アメリアは異能によってディーンの記憶を消し去った。


(これで私と今日会ったことは覚えてないわね)


 安心してアメリアはその場を立ち去った。




(根本的な対策が必要だわ)


 アメリアはそう考えていたが、貴族界は疎か人間界からさえも抹消されているアメリアには為す術がなかった。

(いっそのこと、ディーンに害為す者どもを全て消し去りたいわ。でも、余り人間界に干渉するとバランスを崩しすぎるってお父様が言っていたし。とりあえず、出来る限りディーンのことを見守るしかないわね)

 そう心に決めるアリシアだった。




 少しずつ時が流れ、スレイル帝國では第二王子の成人を祝うパーティーが行われる日となった。

 スレイル帝國の成人は17歳。

 前世で17歳で亡くなったディーンは、この時には転生前と同じ姿に成長していた。

 そして、アメリアは只の令嬢としてディーンに会うべく計画を立てていた。


 ディーンに再会するまであと少し。

 アメリアの心は期待に胸を膨らませていた。

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