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吸血鬼に口付けを  作者: 梅丸
2/13

2,裏切り

 約100年前。



 17歳を迎えたばかりのアメリアは絶望に打ちひしがれていた。

「ディーン、私の為に…… 」


 冷たくなった亡骸に縋り付き、身を震わせて慟哭していた。



 ーーーー


 

 王家の裏切り。




 それが全ての発端だった。


 今のスレイル帝國が有る場所はアテナ王国として栄えていた。


 その中で最も魔力量が高いと評価されていたドラキュリア伯爵家は伯爵と謂えどアテナ王国では、高い地位を確立していた。




 ドラキュリア伯爵家に生まれてくる子供は全て他の貴族を凌駕するほどの魔力量を誇り、その地位を徐々に高めていった。


 一方、王家や高位貴族にに生まれてくる子供は何故か魔力量に恵まれず、それが年々謙虚に現れてきていた。その為、常にドラキュリア伯爵の発言を無視することができなかった。


 階級制度に比重を置き、全てのことに於いて貴族は優遇される。高官は高位貴族で固められ、法に対しても貴族は優遇されることが多い、それがアテナ王国の常識だった。この古い体質に対し、ドラキュリア伯爵は貴族も平民も平等にすることを進言していた。


 つまり、役職は全て身分に偏らず、能力で配属する、罪に於いても平民と同じように貴族ばかりか王族に対しても平等に裁かれるべきだと主張していた。



 それを面白く思わなかったのは王族だけではなく、殆どの貴族達だった。その為、王族や高位貴族がドラキュリア伯爵を排除するよう結託しするようになった。そのことをドラキュリア伯爵当主であるフレデリックもうすうす感づいていたが、8割以上の貴族が王家に荷担していたためどうすることも出来なかった。



 その中でもアテナ王国で王族の次に権力を誇るバラリアン公爵家がこの陰謀の中心となっていた。



 王家の策略は秘密裏に進められとうとうドラキュリア一族を滅ばすために動き始めた。


 アテナ王国国王エンディバルロ13世は、”影”の情報でバラリアン公爵家を継いだばかりのレスターが弟ディーンの婚約者であるドラキュリア伯爵令嬢長女アメリアに懸想していることを掴んだ。王家はこれを利用してレスターにドラキュリア伯爵家を排除するよう勅命した。


 褒美はアメリアとバラリアン公爵家の優遇。

 ドラキュリア伯爵家が断絶となってもアメリアだけには何の咎も受けさせずレスターとの婚姻を約束された。



 レスターは他の貴族達の協力も仰ぎ、王家にドラキュリア伯爵家が謀反を企んでいると架空の証拠を捏造した。

 王家はその証拠を真実であると公表し、ドラキュリア伯爵一族を捉えるよう周りを固めた。

 


 アメリアの婚約者、ディーン・バラリアンはレスターの行動を怪しんでいた。しかし、次男であるディーンには中々その真意が掴めなかったため、レスターの動向を監視することしか出来なかった。




 ある夜、ドラキュリア伯爵邸では結界が張られた本邸の地下室から秘密路で繋がれた場所にある会議室で親族会議が開かれていた。


 冥界神ハデスによってもたらされた神の書である「玄の書」が光りを帯びドラキュリア一族の危機を示したからだ。「玄の書」はドラキュリア一族の当主のみに伝わる神書であり、その本が光るとき一族の消滅を避けるべく冥界神との血の契約について示されていると言われていた。


 しかし、封印により今までは本を開くことができなかった。それが突然神書の封印が解かれたのだ。これは由々しき事態だった。もし、このまま何もしなければドラキュリア一族は滅びの一途を辿るだろう。


 ドラキュリア一族の直系とその家族が顔を揃えていた。当主が本当に信頼の置ける直系とその家族だけが。



 そこに座するのは、ドラキュリア伯爵家当主フレデリック、その夫人のミルドレッド、嫡男でありアメリアの兄のレイナード、ドラキュリア伯の弟でアメリアの叔父であるダニエル・ファルク子爵、その夫人であるティタニア、その子供でアメリアの従姉妹のメイファとその妹のリゼッタ、弟のダルクそしてアメリアの9人である。


 白い壁で覆われた会議室には10人程が座れる楕円形の黒いテーブルがあり、その奥には「玄の祭壇」があった。

 玄の祭壇は、中央の高い位置に黒曜石で造られた冥界の神像があり、その両側には同じく黒曜石で造られた柱がある。その中央にある腰ほどの高さのガラスの棚の上には神書である「玄の書」が置かれていた。

 会議室のテーブルの席に付いたのは6人。

 上座には短めの金髪に深緑の瞳を持つドラキュリア伯爵家当主フレデリックが座っている。アメリアの容貌はフレデリックの血を濃く受け継いでいた。


 隣に麻色の髪と薄茶の瞳のドラキュリア伯爵夫人ミルドレット、向側にはフレデリックと同じ色を持つダニエル、その隣には赤みがかった金髪に薄緑の瞳のティタニアが席に着いた。


 続いて、その後に麻色の髪と深緑の瞳のレイナードとアメリアが向かい合って座った。

 アメリアの従兄弟のメイファ、リゼッタ、ダルクは14歳、12歳、11歳とまだ成人に達していないため、奥のソファーで待機することになった。


 フレデリックが席に着いた面々を見回しながら話し始めた。


「さて、諸君らももう既に気付いているだろうが、私達は没落の危機にいる。王家が私達一族の力を恐れ、潰そうと策略しているのが明らかになった。然も詳細は定かではないが、バラリアン公爵家もそれに加担していることも判明している。反撃する事も考えたが、そうすると私達も無傷では済まないだろう。あの計画を実行……」



「待って!!」



 フレデリックの言葉を突然遮ったのはアメリアだった。ディーンはアメリアの幼馴染みであり婚約者だ。絶対に裏切るわけがない。

 普段は思慮深いアメリアでも、愛するディーンのことになると途端に浅慮になってしまう。直ぐにでも確かめずにはいられなかった。


「うそよ! ディーンはそんな事をする人じゃないわ」

「アメリア、落ち着きなさい」

「私、ディーンに会いに行くわ!」


 フレデリックは立ち上がり憤慨するアメリアを宥めたが、頭に血が上ったアメリアは会議室から走り去ってしまった。


「父上、俺が止めに行きます」



 アメリアの兄のレイナードは即座に追いかけた。



「ディーンに限ってそんな事が有るわけがない……」

 ディーンを信じる気持ちに迷いはないがアメリアの心は不安に覆われていた。

(何としてでもディーンに会って確かめないと。)


 その想いを胸に抱え、馬車に乗ってバラリアン公爵家に向かった。





「ディーンに、ディーンに会わせて下さい」

 バラリアン公爵家の門の前に辿り着くと馬車から降りたアメリアは門兵に向かって声を上げた。

 すると門の奥から見知った人が近づいてきた。

 金髪に榛色の瞳がはディーンと異なるものの、顔立ちはその血の繋がりを如実に表している。


「レスター様……」

「これはこれは、アメリア嬢ではないですか」


 アメリアが呟くとディーンの兄であるレスターは門に近づきながら邪な笑顔を向けた。

 レスターにとってアメリアが来るのは想定内のことだった。

 ディーンのことになると周りが見えなくなることを幼い頃から見ていたレスターは知っていた。

 だから、その準備もしっかりとしていたのだ。


「レスター様、ディーンに会わせて下さい、お願いします」


 すると徐に門が開きレスターがアメリアの手を取った瞬間、予め準備していた黒い魔石と魔方陣が施された腕輪を嵌めた。

 アメリアは咄嗟に手を引いたが遅かった。


 もう既にその腕輪はアメリアの腕にしっかりと嵌っていた。


「なっ、何を……」

「あなたの風邪魔法は中々に威力が強いとの噂ですからね。念のための措置ですよ」


 目を見開きレスターを凝視するアメリアに事も無げにレスターは宣った。


「何をしているんだ? 兄上?」


 長めの銀髪を揺らしながらディーンが駆けてきてレスターを咎めた。


「こっこれは、封魔の腕輪……何故兄上が……」

 アメリアの手を取ると直ぐにそれに気がついたディーンの深蒼の瞳が訝しげにレスターを凝視した。


「ああ、ディーン丁度良かった。アメリアは今日から僕の婚約者になる。おいたをしないようにそれを付けさせてもらった。さあ、アメリアこっちに来るんだ」



 厳しい口調のレスターがそう宣うと匿うようにディーンはアメリアの手を引き後ろに隠した。


「兄上、何を言っているの? アメリアはずっと前から俺の婚約者じゃないか。いくら兄上でも許されることじゃないだろ?」


「こいつを捉えよ! 」


 鋭い視線でディーンがアメリアを背にかばいながら咎めると、レスターは後ろに控えていた騎士達に向かって叫んだ。



「なっ何を! 」




 ディーンは得意な氷魔法を放ち必至に抵抗し、アメリアを伴いその場から逃走した。




 しかし、後からレスターが騎士を伴い追いかけてきた。




 魔法を放ち応戦するディーン。

 多勢に無勢、しかも魔法を封じられているアメリアを守りながら闘うのは目に見えて不利だった。


「ディーン、降伏しましょう、このままではあなたが殺されてしまう……」

「大丈夫だよ。いくら兄上でも流石に俺を殺すことはないだろうからね」

 だが、それが甘い言葉であることは身をもって知る事になった。


 ーーーー


 一瞬の隙。


 その刹那、ディーンの胸を貫く鋭い剣先。

「兄…………上……なぜっ……」



 胸から血を噴き、アメリアの方に倒れてくるディーン。

 アメリアには全てがスローモーションに見えるなか信じられない思いが駆け巡っていた。


 後妻の子供とは言え、レスターとディーンは半分は血のつながりが有るはずだ。それなのにそう簡単に実の弟を殺せるはずがない。その考えは、現実に起こった光景がまるで全てが幻だったように消し去っていった。


「まったく、昔からじゃまだったんですよ」

 アメリアにはレスターの忌々しげに発した言葉さえ届かなかった。


 ディーンの身体を受け止め、ドレスが赤く染まっていく。アメリアは目の前の光景を直ぐには受け止められなかった。


「いやぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 地の底から響くような声が辺りに谺した。




 ゴォォォォォォォ


 アメリアの叫び声が辺りに響いたと同時に魔力の波が押し寄せた。


 アメリアとディーンだけを避けるように強風が吹き荒れた。




「私の妹に害を為すとは万死に値する」

 冷たく言い放ったのはアメリアの兄のレイナードだった。


 怒りにまかせて放った風魔法は、辺りを容赦なく蹂躙し尽くしていた。


 周辺には、衣服が切り裂け体中から血が噴き出している騎士達がそこら中に倒れていた。


 レイナードの風魔法は凄まじい威力であることはこの光景を見るからに明らかだった。


「アメリア、大丈夫か?」


「ディーン、ああディーン、どうして……私のせいだわ……」


 レイナードは、アメリアの傍に駆けつけ声をかけるがアメリアはその声に反応することもなく傷ついたディーンの身体を抱きしめ涙を流しながら譫言のように呟き続けていた。




 何とかアメリアを宥め、虫の息のディーンとアメリアを馬車の乗せたレイナードは森の方に向かって馬車を走らせていた。




 アメリアはワンピースの裾を引きちぎり、ディーンの胸を押さえるが血が止まる気配は無い。


「ディーン、お願い死なないで、お願い、どうか…………」


 アメリアの頬を涙が伝い静かな森に慟哭だけが響いていた。

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