1,プロローグ
初投稿です。
10話以内の短編の予定です。
宜しくお願いします。
死にたくない……
こんな所で……
ディーンは意識が朦朧とする中、崩れそうになりながら歩を進めていた。
肩にかかるくらいの銀髪は流れる汗のせいで頬に張り付いている。
腹部は大きく抉れており、温かい血液がそこから流れ続けている。
耐えがたい痛みのせいか表情は歪んでいるが海の様に深い蒼色の瞳と整った鼻梁はそれでも高貴な生まれである事を示していた。
フラフラと覚束ない足取りで闇に埋もれる木々を伝い森の中を彷徨う。
朧気な月明かりだけがそこに地面があることを示していた。
魔窟の森。
巷ではそう呼ばれ、夜は疎か昼間でさえも人を寄せ付けない。
(俺は何でこんな所にいるんだ?)
ディーンの頭は朦朧としているためか中々状況を把握することができなかった。
半刻程前、この森の草原の中で目覚めた。
状況が掴めないまま周辺を見回し自分がどこかの森の中に居ることを漸く把握した途端に突然魔獣に襲われた。
オオカミ型の魔獣だった。
何とか今出せる渾身の力で氷魔法を放ち掃滅することに成功したが、深い傷を負ってしまった。
血は止めどなく流れ続けている。
もうこれ以上進むことは難しい。
そう頭の中を過ったと同時にディーンの虚ろだった目は瞼が落ち、闇に沈むように意識が薄れ崩れていった。
ーーーー
黒い霧に覆われて闇に埋もれるように佇む黒曜石の居城。
それは、人が踏み入れることがない魔窟の森の奥深くに在った。
外からは黒い霧に覆われその姿を露わにすることはないが、城の中から見える外界は全てがクリアに見えていた。
そこに住むのは人外で有る冥府の神の眷属吸血鬼ドラキュリア一族。
そして、その一番高い塔の最上階にある一室でアンティーク調のロッキングチェアにアメリアは腰掛けて瞑想していた。
漆黒の絹糸のような髪に赤い双眸は月明かりのせいで一層妖艶に輝きを放っている。黒いシンプルなドレスを纏っているにも関わらず、その美貌は輝くばかりだった。
右手に持つワイングラスを揺らすと深紅の液体を口に含んだ。
その瞬間部屋の隅の台座の上にある水鏡が光を帯びた。
アメリアは慌てて水鏡を覗いた。
そこには、この森を背に複数のオオカミ型魔獣に襲われる銀色の髪の男が映っていた。
「まさか……」
アメリアの顔が青ざめる。地面を濡らすのは赤い血であることに気づいた。致命傷を負っているのかもしれない。
「でもどうしてこんな場所に……」
森がざわめいている…………
「彼の気配が消えかかっている……」
そう呟くと、窓を開け徐に飛び出した。
地表に着地すると、即座に目的地に向かう。
木々を伝い、常人にはあり得ない速さで森をかけ抜けていく。
(さっきよりも気配を感じる事ができない……)
アメリアの心を不安の影が覆う。
(早く……あの人の元へ…………)
鼓動が早くなり焦りが滲んできた。
程なくするとアメリアはハッとして立ち止まった。
血の臭い……。
血の臭いを辿り、高い木の上から見下ろすと月明かりに照らされてキラキラ輝く銀髪が目に入った。
それを持つ俯せに倒れている男の顔を視認すると明らかに意識がない。
目を凝らすと夥しい血が地面を赤く染めていた。
アメリアは一瞬、絶望に染まりそうになり白くなるほど唇を噛みしめたが、思い直して即座に傍に降り立った。
「ディーン……なぜ……」
その男の名が口から零れた。
(だめよディーン、今又あなたが死んだら私は後何年あなたを待たなければならないの?・・・)
アメリアは涙を堪えディーンに近寄ると身体を仰向けにして、胸に耳を当てた。
まだ心臓の鼓動の音にホッと安堵の息をもらした。
どうやら辛うじて生きているようだった。
「まだ間に合う……」
そう呟くと、ディーンの頭を持ち上げ顔を近づけた。
僅かに感じる浅く早い呼吸。
腹部を見ると服が破れ肉が見え、今だにそこからは血が流れて続けていた。
アメリアはそっとディーンの唇に自分のそれを近づけ息を吹き込んだ。
すると、呼吸が次第に安定し、傷がみるみる塞がって行った。
アメリアは安心したように嘆息すると、黒曜石の居城へとディーンを抱きかかえて踵を返した。
(誰がディーンをこんな目に合わせたのか大体察しが付いてる。ディーンをこんな目に遭わせた人を決して許さないわ!)
新たなる決意を胸に抱いたまま……。
「首尾は上手く行ったのかしら?」
スレイル帝國皇居にある皇妃の部屋では、この部屋の主であるヘレン・ジゼル・スレイルが専属の従者に向かって確認する。
濃いめの金髪は緩く結い上げて豪奢な髪飾りが施されている。
水色の瞳はどこか冷たげで視線の鋭さが一層その冷たさを際立たせていた。
「滞りなく。あの状態では生きて森を脱出するのは不可能かと。死体さえも魔獣によって残らないものと思われます。」
「そう、上手く行ったのね」
従者の答えに機嫌良くヘレンは答えた。
ヘレンは第一皇子クラウス・マルク・スレイルの母親である。
クラウスは現在19歳になるが、皇帝グラント・ジェンセン・スレイルはクラウスを皇太子に決めかねていた。
と言うのも、側室が産んだ2歳下の17歳の第二皇子ディーン・ラルク・スレイルの方が皇帝の資質があるのではないかと考えていたからだ。
自分の息子であるクラウスよりも魔力量も多く、知略もあるディーンをヘレンは疎ましく思っていた。
これまで様々な策略を練ってディーンを亡き者しようと企んでいたが何故か悉く失敗に終わっていた。
何としてでも自分の息子を何れは皇帝にしたいヘレンは、ディーンを今度こそ暗殺すべく動いていた。
そして、先ほどの従者の報告を聞いた限り、暗殺計画は成功したかに思えた。
しかし、ヘレンには何とも言えぬ不安の影が心に差している気がしていたが、
(気のせいね)
そう思うことによって、その不安に蓋をした。
「アメリア!」
その声の主は黒曜石の居城の一番高い塔にある最上階の部屋の扉を勢いよく開けた。
「お父様、娘とは言え淑女の部屋にノックもせずお入りになるのは止めて下さい」
アメリアは、扉の方に振り返るとこの城の当主であり父親のフレデリック・オーレス・ドラキュリアに顔を向け眉を顰めた。
「ほう、淑女と言うのは見ず知らずの男を自室に連れ込むのか?」
フレデリックは、揶揄うように頬を緩めて切り返す。
「見ず知らずではありません。この方はずっと前からの私の思い人。命の危機から救ったのです」
「そうか……」
(大体察しはついているクセに……)
アメリアは内心そう思いながら説示するとフレデリックは訳知り顔で返事をして立ち去った。
フレデリックが立ち去るとアメリアは、ホッと息をつき、長いすに横たわるディーンの傍に膝をついて顔を覗き込んだ。
「ディーン……ごめんなさい、あなたを守ると誓ったのに……もう少しであなたを死なせるところだったわ」
ディーンの頬に手を添えながら呟くアメリアは後悔の念に囚われていた。
アメリアが知っている懐かしい輝く銀髪、そして閉じられた瞼の奥には深い海のような瞳が隠れていることを知っている。
その懐かしい瞳が再度アメリアを写すことに期待しながら、苦渋に満ちた表情でその寝顔を見つめた。
(はたしてディーンは今の自分を受け入れてくれるのだろうか?)
不安な気持ちが後から後からこみ上がってくる。その気持ちを何とか抑えながらディーンの目覚めを待つ。
今世に出会う前のディーンに思いを馳せながら‥‥‥‥
ここまで読んで頂きありがとうございました。