マチガイ
呼吸を整え何とか落ち着きを取り戻した俺は
香織に事の経緯を細かく説明した。
扉の前に居たのは確かにあの女だったが
外を確認すると居なくなっていたこと。
そして今ドアを閉め振り返った時
香織が香織じゃなくなっており
口角を上げ目を見開きとんでもない形相で
俺の腕を掴んでいたこと。
そしてその相手がやはりあの女だったこと。
一通り話し終えると案の定、香織は怯えており
とにかく大家さんに聞いてみようと俺に懇願した。
断る理由も無いので香織の意見に賛同し、
部屋着のまま俺達は急いで1階へと降りた。
「ああ、小林さん。こんにちは。
お急ぎのようですがどうかされましたか?」
管理人室へ向かおうとしたが
庭掃除中の大家さんと鉢合わせになった。
俺は挨拶もそこそこに
隣り、つまり207号室だ。
そこに越してきた坂本という人物について、
これまでの経緯も織り交ぜながら訊ねた。
しかし、大家さんから返ってきた言葉に
俺は全身の血の気が引いていくのを感じた
「えっとね…君がここに越してきた時にも
説明させてもらったとは思いますが…
207号室は暫く空き家ですよ。」
横で聞いていた香織と目を合わせるが
彼女の顔も引き攣り、みるみるうちに青ざめていった。
「いや、でも…本当に見たんです…」
小さく頼りない声になっていくのが
自分でも分かった。
自信が無くなったわけではないが
あまりに心配そうな大家さんの視線に
最早恥ずかしくなってきたのである。
思えば姿をはっきり見ているのは俺だけだ。
一度目"坂本さん"が姿を現した時
香織は学校で居なかった。
今回も俺しか見ていない。
唯一菓子折りの異変を一緒に目撃した
香織という証人がいなければ
俺だけがただの狂った奴になっていたかもしれない。
いや、狂っているのだろうか。