ホウモン
俺と香織は半同棲状態にあった。
約一ヶ月前に起きた現象は恐ろしかったが
その後は何事も無かったかのように
物音もピタリと止み、実際今日まで何も無かった。
気のせいだったのか。何か別の音だったのか。
ピンポーン━━━━━
1、2限の授業だけ終え
部屋でレポート課題に集中していた俺は
突如鳴り響いたインターホンに驚き
勢いよくドアを振り返る。
今日、香織は大学とバイトで
来るのは夜遅くなると言っていたこともあり
予定には無かった昼時の訪問に
俺は不覚にもバタバタと慌てた。
セールスか何かだったら面倒だなと思いながら
重い腰を上げドアスコープを覗く。
そこには全く見知らぬ女の姿。
長い黒髪に同じく長く黒いワンピースを
纏っているのがなんとなく見て取れる。
俯き気味で顔はよく見えない。
ゆっくりドアを開けると当たり前だが
ドアスコープに映っていた女が立っていた。
まず俺の目に飛び込んできたのは
髪や服とは正反対の非常に白い肌。
白すぎるくらいだ。
女は軽く会釈をし一瞬だけ俺と目が合うと
口角を上げ笑った、のか…?
これが何とも奇妙な表情だった。
口元だけ見てもニッと笑っている様子が
実に不気味なのだが、
目元を見てさらに違和感を覚えた。
しっかり開かれた目元は力が入っているようで、
しかし口元と相反して全く笑っていなかった。
「隣りに越してきました。
これ…」
そう一言だけ言うと
女は一つの箱を差し出してきた。
あの不気味な表情が脳内に何度も浮かび上がる。
何だかよく分からないまま
差し出されたものを受け取り礼を言った。
それが菓子折りだと改めて認識したのは
扉を閉め自分の手元を確認してからのことだった。
俺は女に対し
陰気臭いというか挙動不審というか
とにかく良くない印象を抱いていた。
そしてその思いは翌日、
香織の小さな悲鳴をきっかけに
さらに色濃くドス黒いものへと
変化していくこととなる。