第三話:さして特別ではない私たち
「……ところで殿下、留学……となりますとそちらにお伺いするのは年度末の年の瀬だとして……」
「あ、その時に僕も帰るから」
「え」
「僕の代わり……かどうかはわからないんだけど、僕の従兄弟がね、強い魔法を学びに留学に来るんだ」
「なる……ほど?殿下はご帰国されてもよいと……?」
「まぁ元々半分の四年のつもりだったからね」
ならそっちを先に言ってくれ。
殿下の提案を受け、クロンディウムへ留学を決めた私と殿下は教員室へ向かっている。
お互いそちらに用があるのだという後ろめたくない理由があるのと、残っている生徒は基本特待生であることが大きい。
入学早々やらかして後ろ指を指されてはいるが、入学前に父へのアドバイスという形で行った領地の整備は、該当地域の住民にはとても有難かったそうだ。
私が首都より遠い地域をメインに行ったのが理由だろう。首都より遠い、という事は、有力貴族や軍の到着が遅くなるということだ。
つまり、例え他国の侵略が無い地域でも、ひとたび天災が起こればただ自然の前に斃れるのみ。貴族の助けなど基本的に待っていられないのだ。
なので、一部の特待生からは人気がある。首都や近郊の都市出身の方には、他の皆様同様謗りを受けておりますが……まぁこの後教師という公平な立場(私のことは気に食わない様子だが、教師の立場は保っているのだから大人だと感じる)の人間の証拠が生まれるので、そこまで気にしなくてもいい。多分。自信無いな……。
「まぁそんな訳なので、帰国の手続きで残っていたんだ。そうしたら驚いたよ、特待生しかいないのに賑わっていたんだから」
そ、それは……まさか……いや絶対まさかじゃないな……。
「君とリンデン殿が婚約破棄したって話をしているんだから」
やっぱりね……。
どこかで特待生の子が見ていたんだろう。瞬く間に広まったに違いない。あー、今から新学期がやだなー、視線が嫌だなー。
「僕の国には聖女……ではないけれど、愛し子という名前で呼ばれる人間がたまにいる」
「愛し子……」
「そう。妖精の愛し子、露葉の愛し子、湖の愛し子……という風に。基本的に王族以外で王族に匹敵する程魔力が多い者に付けられる」
「ああ……なるほど、愛し子と言うのは、神が魔力を多く与えた者、という意味でしょうか」
「そうだね、妖精、とか湖、なんてのは使える魔法や出身地とか、まぁ特徴的なものをつけて判別してるって感じするなぁ」
「その、愛し子というのは多く生まれるのですか?」
「割と。だから愛し子の前に別の言葉が付いてるんだと思う。特別感あんまり無くなっちゃうね」
あはは、と笑いながら殿下は話す。
多分あの聖女って子もウチじゃその類だよと笑った。
それは……そうだろう。一応外交官の多いハーヴィンド家の娘ですので、他国の王族のことも知っている。
クロンディウム帝国は、クロンディウム皇国を中心とした複数の国家から成る。基本的には宗教教典の教えに沿って生きているが、その教典が我が国のものと違う。
そう。クロンディウム帝国とイスノヴィア王国の神は同じ。神の教えが原文ママ載っているという原聖典というものを元に、それぞれが別の教典を信仰の基にしているのだ。
よくそれで宗教戦争が起きないものである。
まぁそれも、特に原点に近い教えを説いているクロンディウム帝国と、魔法についての部分が篤いイスノヴィア王国、という大分意味が違うところをピックアップした教典なので、一応争いは起きていない。それもイスノヴィア王国の「同じ属性魔法を使う者は血の絆を持つ」という考え方があるおかげだと思う。
尚、東の大寒連合国はもっと血族主義で選民主義的だ。あそこは氷の属性魔法を使う人間が多いから、他属性への差別が強いと言う。根本から神話体系が違うのかな、調べてみたいけど、大寒連合国の資料は少なく、国家の成り立ちだなんだという資料は他国の市井には流れてこないのだ。
南のシュヴァリア王国は、我が国と近いが、特筆すべきは歌魔法や筋肉強化魔法等、四大元素魔法でない魔法を使う者の方が重宝される。ちなみに光魔法も同じ扱いだが、一家だけ貴族階級の光属性の一族があったことと、あちらの王国は闇魔法という心を和らげたり、夢に関する魔法を王族が持つという。
シュヴァリア王国の王族の方とはお会いしたことがないから、気になる。
ちなみに我が国に闇属性を持つ人間は生まれない。一年のある時期に日が沈まない期間があるからかしら。逆の日が昇らない日は無いのにね。
さて、説明が長くなってしまったが、要は愛し子が多いクロンディウム帝国では聖女の扱いなどその程度らしい。
そりゃ王族からしか発現しない治癒魔法を使えたらここでは大わらわだが。
「ウチは治癒魔法自体は珍しくはないから」
そう。クロンディウム帝国はあまり血によって発現する魔法が限られないのだ。
水魔法を使う者の子供が水魔法を使うことも、火魔法も使うこともある。
風魔法と土魔法の夫婦から生まれた子が、そのどちらも使わずに闇魔法を使うなんてこともある。
「皇族はただ、純粋に教典に向き合い続けたからかもね?……冗談だよ」
いやあながちそうでもないかもしれない。原聖典の教えに近いのはクロンディウム帝国の教えだ。深い解釈は無いが浅すぎる解釈もない。不平等はなくただただ公平な教えを説いている。
因みにクロンディウム帝国は多民族国家である。
「経典の教えを守るものは誰でも帝国民である」という法の下、誰でも受け入れている。ちなみに立憲君主制?というもの(サクラの記憶の中の言葉だ)に近いらしく、皇帝陛下の周りの政に関わる人間は一部の重要職や帝国内の属国の君主を除き家柄や家の規模に関係なく能力のある物が市民の中から選ばれるそうだ。様々な試験や資格が必要とのこと。
「ふふ、教典の教えを説く皇族以外は皆平等である……でしたっけ?」
「惜しいな、教典の教えを守り、解釈を拡げ、民に説くのが皇族の役目。あくまでも教典の番人なんだ。議会で上がってきた政策が教典から外れていないか……そういう事を決める最終決定権を持ってはいるけれど、なんでも決められるわけじゃないよ」
「なるほど。では皇族の皆様も経典の下に平等……ということでしょうか?」
「そう!教典ではなく、これは帝国の成り立ちに関わってくるんだけど、皇族は帝国が興る際に教典の番人として決められた人間の一族なんだ。それも当時満場一致でそうなったからということで、そうじゃなかったら多分国の形は違ってたよ」
「そう……そうだったんですか……!」
嬉しい。今までは魔女と謗りを受けていたから話を聞くことなど終ぞ叶わないだろうと思っていた隣国の皇族に話を聞くことが出来た。これは大きな前進だ。
原典を同じとする国の在り方の違いは、基になる教典は違えど、原典は同じと言う根拠になるかもしれない。
俄然やる気が出てきた。あと数ヶ月、絶対に留学に行ってやる。
……そう、思ってたんですけどね。
「ハーヴィンド……お前にすぐ留学していいとは、今は言えない」
おっとおっとどういう事だ〜……?
教員室にいる担当員に書類を出しに行ったところ、殿下のは受け取られたが私のは突っ返された。
殿下も隣で笑顔のままフリーズしている。面白い人だな……。
……さて、落ち着かないと先生に逆上してしまいそうだ。私は大人だと言い聞かせて、ひとつ深呼吸をした。
とりあえず3話分になります。
以前別の投稿サイトで万の文字数を1話分として打ってしまったことがあるため、
今回はシリーズ物ということで細かい小分けをしております。
誤字脱字などがありましたらこっそり教えていただけるとありがたいです!
次話は……できてから!
いえ、冗談です。今週はなるべく投稿できたらと思います。